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『ジョン・ウィック4』はひどい?酷評の理由を徹底検証

映画・ドラマ

皆さんは『ジョン・ウィック4』こと『ジョン・ウィック:コンセクエンス』について知っていますか?

シリーズ屈指のアクション映画として支持される一方で、ジョン・ウィック4はひどい、上映時間が長い、防弾スーツが万能すぎる、階段シーンがしつこい、日本描写が変といった声もかなり目立つ作品です。

さらに、盲目の殺し屋ケインはなぜあれほど戦えるのか、ラストはどういう意味なのか、ジョンは死亡したのか、続編はあるのかまで、見終わったあとに検索したくなるポイントが異様に多いんすよね。

私自身、アクションの撮り方にはめちゃくちゃ興奮した反面、さすがにこれは長いだろと感じる場面もありました。

ただ、そこで単純に駄作と切ってしまうと、この映画が狙った異常なまでの身体性や、ゲームのような反復を映画として成立させる撮影設計まで見落としてしまいます。

この記事では、なぜひどいと感じる人がいるのかを正面から拾いつつ、それでもシリーズ最高峰と評価される理由を、カメラワークやアクション設計まで踏み込んで見ていきます。

  • 『ジョン・ウィック4』がひどいと言われる理由
  • 上映時間や防弾スーツへの違和感
  • ケインやラストが評価される理由
  • 続編とジョンの生死をめぐる最新状況

『ジョン・ウィック4』はひどい?不評の理由

まず触れたいのは、否定的な感想が出るポイントです。

本作はアクションの完成度が高い一方、シリーズが積み上げてきた様式美を限界まで巨大化させたことで、その魅力がそのまま欠点にもなっています。

特に上映時間、防弾スーツ、階段、日本描写、アクション量の5点は、面白いと感じる人と疲れる人を真っ二つに分けやすい部分です。

上映時間が長い

『ジョン・ウィック:コンセクエンス』の本編は169分です。

シリーズ第1作が比較的コンパクトだったことを考えると、4作目はほぼ別ジャンルと言っていいほど巨大化しています。

ここがひどいと言われる最大の理由の一つで、ネット上でも長すぎる、途中で疲れる、アクションをもう少し削れたのではという反応が出るのはかなり理解できます。

ぶっちゃけ、私も全部の戦闘が同じ密度で必要だったかと聞かれると、そこは首をかしげます。

ただし、本作の長さは脚本が説明過多だから長いというより、一つの戦闘を途中で細かく切らず、身体が動き切るところまで見せるから長いんです。

普通のハリウッド大作なら、パンチ、銃撃、転倒を短いカットに分解して速度を出します。

一方の本作は、キアヌ・リーブスやスタントチームの動作をなるべく同じ画面の中で追い、攻撃が決まるまでの手順そのものを見世物にしています。

その結果、観客は戦闘を眺めるというより、ほぼ現場に立ち会わされる。

さらに編集のリズムも独特です。

普通なら銃を抜いた瞬間、発砲した瞬間、相手が倒れた瞬間を別々のカットでつなぎ、情報を圧縮します。

本作はその一連をなるべく連続した運動として見せるため、観客の視線が「何が起きたか」ではなく「どうやって起こしたか」に向かいます。

これってアクション映画としてかなりマニアックです。

物語を早く進める編集より、スタントの技術を読ませる編集を優先しているからです。

169分という長さは欠点であると同時に、このシリーズがアクションを省略しないために払った代償でもあります。

テンポの良い復讐劇を期待すると、後半の反復はかなり重たく感じます。

逆にスタント、殺陣、カメラ移動をじっくり見たい人には、この過剰さ自体がご褒美です。

防弾スーツ問題

もう一つツッコまれやすいのが、防弾スーツの便利さです。

シリーズを追うほどスーツの防御性能が前面に出てきて、本作では撃たれた瞬間にジャケットで顔を覆う動作まで、ほぼ戦闘フォームの一部になっています。

ここまで来ると、銃撃戦なのに弾が当たる怖さが薄いという批判は避けにくいです。

アクション映画で大事なのは、主人公が最終的に勝つかではなく、今この瞬間にやられるかもしれないと観客が感じられることです。

防弾スーツが何度も機能すると、その危機感が少しずつ摩耗していきます。

しかもジョンは転落や衝突までかなり受けるので、途中から人間というより耐久値の高いゲームキャラに見えてくるんすよね。

でも私は、ここを単なるご都合主義だけでは片づけたくないです。

本作はリアルな銃撃戦からかなり離れ、防弾スーツを盾として使う独自の格闘ルールを完成させています。

つまり銃弾を避ける映画ではなく、銃弾を受けながら間合いを詰める映画へ変化したわけです。

現実味は後退しましたが、その代わりにシルエットだけでジョン・ウィックだと分かる動きが生まれた。

しかも黒いスーツは衣装であると同時に、小道具でもあります。

ジャケットを持ち上げる仕草、肩を内側へ入れる姿勢、そこから一気に間合いを詰める流れまでがキャラクター固有の振り付けになっている。

これはヒーロー映画でマントが記号になるのと近く、ジョンの場合は防弾素材そのものがヒーロー装備になったわけです。

だから映像的にはめちゃくちゃ分かりやすい。

ただ、分かりやすさが増すほど「また防げるんでしょ」という予測も生まれるので、サスペンスとは相性が悪いです。

私はこの交換条件が面白いと思う一方、緊張感まで犠牲になった場面には、あえて苦言を呈したいところです。

階段シーンが長い

階段の場面は、本作の評価を象徴するパートです。

あまりに長く、あまりにしつこく、ここまでやるのかと笑えてくる。

否定的に見るなら、同じ苦労を繰り返して尺を引き延ばしているようにも見えます。

実際、一度積み上げた達成感を崩すような反復が入るので、早く先へ進んでくれと思う人が出るのも当然です。

でも映像として見ると、この場面はかなり変なことをやっています。

階段という高低差のある一本の空間を使い、上へ進むこと自体をドラマにしているんです。

敵を倒した数ではなく、何段進んだかが進行度になる。

いわばアクションゲームの最終ステージを、そのまま肉体で再現したような構造です。

しかもカットを細かく刻みすぎず、俳優とスタントマンが実際に空間を移動している感覚を残しているため、疲労が観客にも伝染します。

ここでは画面の上下がそのまま意味になるのもポイントです。

上は目的地、下は振り出し。

映画は普通、場所の意味をセリフや説明で補いますが、この場面は階段を見た瞬間に観客がルールを理解できます。

だから敵が何人いるかより、あとどれくらい上なのかが気になる。

単純な空間だからこそ、動きの方向がドラマになるんです。

だから長い。

そして長いからこそ、笑えるほどの執念になる。

階段シーンはテンポだけで測ると冗長ですが、身体が何度でも押し戻される映画として見ると、本作のテーマを最も分かりやすく映像化した場面です。

就活でも仕事でも、あと少しで終わると思った瞬間に修正が戻ってくることってあるじゃないですか。

あの理不尽さを究極まで映画化すると、ちょっとこの階段に近いです笑。

日本描写が変

日本パートには、かっこいいけど日本ではないよなと感じる瞬間があります。

建築、照明、武器、衣装、音楽まで、現実の大阪を再現するというより、海外映画が夢見る日本像を巨大セットとして押し出した印象です。

なのでリアルな日本描写を期待すると、違和感が出るのは当然です。

ネット上でも日本の描写がひどいという反応が見られますが、私はここを半分同意、半分は狙い通りだと見ています。

なぜなら『ジョン・ウィック』の世界自体、ニューヨークもパリも現実そのままではないからです。

裏社会専用ホテル、古めかしい通信手段、金貨で動くサービスなど、最初から現実を少し横にずらした神話世界として作られています。

その世界に大阪が入れば、当然ながら大阪も神話化される。

問題は、その誇張が日本人の目には既視感のある記号へ見えやすいことです。

刀、ネオン、和の意匠を重ねすぎると、異国情緒の盛り合わせに見えてしまうんすよね。

ただ、真田広之の立ち姿や所作が画面に入ると、急に空間へ重心が生まれるのが面白い。

美術がファンタジーへ振れている分、俳優の身体が現実感を引き戻している。

特に照明は、自然光っぽさより色面を優先しています。

背景を暗く落とし、人物の輪郭をネオンや室内光で抜くことで、現実のホテルというより巨大な舞台装置に見せる。

この人工的な光はシリーズ全体の美学には合っています。

一方、日本を知る観客ほど「日本らしさを盛りすぎている」と感じやすいのも事実です。

だから私は、美術としては好きだけど、文化描写として無条件に褒める気にはなれません。

かっこよさと違和感が同時にある。

そこは分けて見るべきだと思います。

日本パートはリアルな大阪ではなく、ジョン・ウィック世界に翻訳された大阪と見ると、評価が少し変わります。

アクションが過剰

本作に対するひどいという感想で、最も根っこにあるのはアクションの過剰さかもしれません。

敵を倒しても次が来る。

場所を移してもまた戦う。

銃、格闘、車、刃物と手段が変わっても、基本的にはジョンが突破し続ける映画です。

なのでドラマの起伏を中心に映画を見る人には、途中から同じことの繰り返しに感じやすい。

これはかなり正当な不満です。

ただ、本作のすごさは、その反復の中でカメラの見せ方まで変えてくることです。

接近戦では身体の重さを感じる中距離ショット、車が絡む場面では空間全体を把握できる引きの画、室内戦では俯瞰に近い視点を取り込み、同じ殺し合いでもルールを変えている。

特に俯瞰ショットは、人物を感情の主体ではなく、地図上を動く駒のように見せます。

ここで映画が一瞬、アクション映画からゲーム画面へ変わるんです。

私はこの切り替えにかなり痺れました。

俯瞰に近い画では、カメラが登場人物へ寄り添わなくなります。

すると表情より動線が見え、どの部屋から誰が入り、どこへ逃げ、どこで迎撃するかが一目で分かる。

これは感情移入させる撮り方ではなく、戦術を観察させる撮り方です。

そこへ近距離の肉弾戦が戻ると、今度は急に身体の重さが戻ってくる。

この距離感の切り替えがあるから、同じ戦闘の反復でも完全なコピペにはならないんです。

一方で、どの場面もクライマックス級だから、本当に見せたい瞬間のピークが分かりにくくなる欠点もあります。

豪華な料理を一皿ずつ食べれば感動するのに、全部同時に並べられると胃が追いつかない。

まさにそんな映画です。

『ジョン・ウィック4』はひどい?評価を検証

ここからは、批判点を踏まえたうえで、それでも本作が高く評価される理由を見ていきます。

『ジョン・ウィック4』の面白さは、主人公だけでは成立していません。

ケインという対になる存在、ラストの余韻、生死を断定しすぎない見せ方、そしてシリーズ世界が今後も続いていく設計が、4作目を単なる大規模アクションで終わらせていません。

ケインの強さ

ケインは、本作で最も魅力的な追加人物だと私は感じました。

盲目の暗殺者という設定だけ見ると、そんなに正確に戦えるのは無理があるだろとツッコミたくなる人もいるはずです。

でもアクションの設計を見ると、単純に見えている人と同じ動きをさせているわけではありません。

足音や接触、周囲の物を利用し、相手の位置を限定してから動く。

ドニー・イェンのスピードだけで押し切らず、探る動作を戦いのリズムに混ぜているのがうまいです。

そして何より、ジョンとの違いがはっきりしています。

ジョンは真正面から圧力をかけ、何度倒れても前へ出るタイプ。

ケインは力を逃がし、必要な瞬間だけ最短距離で反応するタイプです。

この二人を同じ画面で見せると、殺陣そのものが人物紹介になる。

ドニー・イェンの演技で特に面白いのは、動く前の「間」です。

常に全力で構えているのではなく、少し力を抜いた姿勢から必要な瞬間だけ反応する。

その脱力があるせいで、いざ動いた時の速度差がものすごく大きく見えます。

キアヌのジョンが疲労や重さを抱えながら前進するのに対し、ケインは余計な動きを捨てる。

同じ暗殺者でも、編集でキャラ分けするのではなく、俳優の身体テンポで差を作っているのが最高なんすよ。

セリフで性格を説明する前に、戦い方で人生観を語っているんすよね。

私はアクション映画で一番好きなのがこれです。

現実の人間関係でも、仕事の進め方って性格が出ます。

全部抱えて正面突破する人もいれば、周囲を見て最小限の動きで片づける人もいる。

ケインが人気なのは、単に戦闘能力が高いからではなく、ジョンと真逆の方法で同じ世界を生き抜いてきた人物だからです。

ラストを考察

ラストについては、細かい出来事を並べるより、演出の方向性を見るほうが面白いです。

本作の終盤は、それまでの大音量と運動量から一転して、かなり静かな余韻を残します。

ここで重要なのは、物語上の勝敗だけではありません。

シリーズを通してジョンが追い続けてきた自由が、何を失えば手に入るものなのかという問いが前へ出ます。

だから爽快な勝利だけで締めない。

アクションを見せ切ったあとに静けさを置くことで、観客の頭の中に空白を作っています。

音の使い方も大きいです。

それまで銃声、車の衝突音、足音、音楽で埋め尽くされていた映画が、終盤では音数を絞っていく。

人間って大音量に慣れると、それが止まった瞬間の静けさを普段以上に感じます。

本作はその落差を使って、観客の興奮を一気に内側へ向ける。

派手な映画ほど最後にさらに大爆発を置きがちですが、ここで逆方向へ振るのがうまいです。

私はこの温度差がかなり好きです。

映画って全部説明されると、その場では分かりやすいけど、家に帰ってから考える余地が減るんですよね。

本作は逆で、最後に情報を絞るから、ジョンが何を得たのかを観客が勝手に考え始める。

それまで169分も見せておいて、最後だけ説明を控えるのはズルい笑。

でも、そのズルさが余韻になっています。

ラストは重要な場面の細部を知らずに見たほうが刺さります。

未視聴なら、生死や最終的な勝敗を検索しすぎず、まず映像として受け取るのがおすすめです。

ジョンは死亡?

この疑問は、作品を見た人ほど検索したくなるポイントです。

ただし、ここでは重要な場面を細かく書きません。

映画単体で見ると、ジョンの生死について一つの受け取り方へ導く演出があります。

一方で、決定的な情報を全部見せ切る作りにはなっておらず、観客が別の可能性を考えられる余白も残っています。

映画では「映っていないこと」も情報になります。

何を見せ、何を見せないかで、観客は勝手に因果関係を補完します。

本作はそこを利用して、生死を説明文のように確定させるより、シリーズ全体の感触を残す方向へ寄せています。

そのため、明快な答えだけ欲しい人にはモヤモヤする。

でも余白を含めて作品だと受け取る人には、かなり長く残る終わり方です。

私は、この曖昧さは逃げではなく、シリーズが長く続いたからこそ機能する終わらせ方だと見ています。

第1作のジョンは、喪失から動き始めた男でした。

そこから戦う理由が復讐だけではなくなり、自由や記憶、他者との関係へ広がっていきます。

だから4作目で必要なのは、単純な生存確認ではなく、ジョン・ウィックという名前が何を意味するのかを観客に残すことなんです。

人って仕事でも肩書きでも、ある役割を長く続けると、その役割が自分自身みたいになってきます。

Z世代の私でも、SNSや仕事上のキャラを演じ続けて、これって本当の自分なのかと感じる瞬間があります。

ジョンの物語は極端ですが、役割から自由になりたいという感覚だけは妙に現代的です。

なので生死だけを答えにすると、このラストの面白さをかなり取りこぼします。

続編はある?

続編については、シリーズ第5作が開発中であることが公式に示されています。

ただし、2026年8月時点で公開日まで確定した作品として扱うのは早いです。

Lionsgateの公式フランチャイズ情報では『John Wick 5』が開発段階にあることが案内されており、シリーズ世界は映画本編だけでなく派生作品へも広がっています。

(出典:Lionsgate『John Wick』公式フランチャイズページ)

ここで面白いのは、第5作があるから4作目のラストが無意味になるとは限らないことです。

シリーズ物で難しいのは、前作を超えようとするほど規模が膨らみ、やがて物語よりイベント感が前に出ることです。

『ジョン・ウィック4』はまさにその頂点まで来ています。

だから第5作に求めたいのは、敵の人数を増やすことでも、上映時間をさらに伸ばすことでもありません。

ジョンという人物を、また小さな空間と個人的な選択へ戻した時に何が見えるかです。

シリーズを続けるなら、足し算より引き算のほうが難しくて面白い段階に入っています。

長期シリーズでは、続編が決まると前作の余韻が壊れたと言われがちです。

でも『ジョン・ウィック』の場合、世界観そのものがすでに主人公一人を超えて膨らんでいます。

ケインをはじめ、コンチネンタルや主席連合など、別人物を軸にしても成立する土台がある。

つまり次があることと、4作目で一度区切りを作ったことは両立できます。

むしろ気になるのは、次回作がまた規模を大きくするのか、それとも第1作のような小さく個人的な動機へ戻るのかです。

私は後者を見たいっすね。

4作目がアクション量の頂点まで行った以上、次に同じ方向で競うと、さらに長く、さらに派手にするしかなくなります。

それよりも、少ない敵、狭い空間、短い時間の中でジョンの怖さを再発見させるほうが、シリーズには新鮮だと思います。

『ジョン・ウィック4』はひどい?

結論として、『ジョン・ウィック4』はひどい映画なのかと聞かれたら、私はそうは思いません。

ただし、ひどいと感じる理由はかなり分かります。

169分という長さ、防弾スーツによる危機感の薄れ、何度も続く戦闘、現実離れした日本描写、そして笑ってしまうほどやりすぎな階段。

どれも批判されるだけの根拠があります。

その一方で、その欠点のほとんどが本作の個性と表裏一体なんです。

長いからこそ身体の動きを省略せず見せられる。

防弾スーツがあるからこそ、銃撃と格闘を同じ距離でつなげられる。

アクションが過剰だからこそ、俯瞰ショットや車を使った別ルールの戦闘へ切り替える必要が生まれる。

階段がしつこいからこそ、ジョンの執念が説明ではなく身体で伝わる。

欠点を削って万人向けにしたら、たぶんこの映画の狂気まで薄くなります。

私が本作を面白いと思うのは、上品にまとまろうとしていないからです。

普通なら編集で削るところを、もっと見せる。

普通なら危険だから短く切るところを、俳優とスタントの身体が読める距離で撮る。

普通なら一度で十分なギャグみたいな反復を、限界まで繰り返す。

そのやりすぎ感に付き合えるかどうかで、評価が割れます。

私は映画の完成度って、欠点がゼロかどうかでは決まらないと思っています。

むしろ何を優先した結果、どんな欠点が生まれたのかを見るほうが面白いです。

本作はテンポや現実味を削ってでも、スタントを見せること、身体の移動を見せること、殺陣のアイデアを出し惜しみしないことを優先した。

だから好みは割れるけど、作り手が何を見せたいのかは異様に明確です。

そこまで偏った映画は、意外と今の大作では珍しいんすよね。

  • テンポ重視なら長さは大きな欠点
  • 現実味重視なら防弾スーツは気になりやすい
  • 殺陣や撮影重視なら見どころはシリーズ屈指
  • ケインを含む人物設計は4作目の大きな魅力

なので、ジョン・ウィック4はひどいという検索結果だけを見て避けるのは、かなりもったいないです。

むしろ完璧ではないからこそ、映画館を出たあとにあそこ長すぎだろ、いやでもあのカメラすごかったな、と語りたくなる作品です。

私はそういう欠点まで含めて記憶に残る映画のほうが、無難にまとまった作品より好きなんよね。

公開時期や販売状況など、今後変動する可能性がある数値データは、あくまで一般的な目安としてご覧ください。

上映時間や作品仕様、続編などの正確な情報は公式サイトをご確認ください。

また、年齢区分や光・音など視聴環境について健康上の不安がある場合は、最終的な判断は専門家にご相談ください。

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