皆さんは『スターウォーズ 無法者たち』というゲームを知っていますか?
スター・ウォーズ史上初となる本格的なオープンワールド作品として注目された一方、発売後には「ひどい」「期待外れだった」という感想もかなり目立った作品です。
評価が低い理由を調べると、バグ、単調なステルス、ストーリー、主人公への賛否、ポリコレという言葉まで出てきます。
ただ、実際の感想を深く追っていくと、世界観や街の作り込みについては絶賛している人も多く、単純に「スターウォーズのクソゲーだった」で終わらせるのはかなり雑なんですよ。
むしろ僕が気になったのは、作品そのものの完成度というより、スター・ウォーズという超巨大IPに対してユーザーが想像していた「無法者になれるゲーム」と、実際のゲーム設計にズレがあったことです。
この記事では、『スターウォーズ 無法者たち』がなぜひどいと言われたのか、レビューで頻出する問題を一つずつ見ながら、それでも面白いと評価されている部分まで掘っていきます。
- 『無法者たち』の評価が割れた理由
- バグやステルスへの批判の実態
- ストーリーや主人公が不評な理由
- 現在プレイする価値があるのか
『スターウォーズ 無法者たち』がひどい理由
まず見ておきたいのが、「ひどい」と言われる理由です。
本作への批判は一つの致命的な欠点に集中しているというより、ステルス、戦闘、移動、物語、バグなど、小さな引っかかりが積み重なった結果として生まれています。
そして、この積み重なりこそが『無法者たち』を語るうえで一番大事なポイントです。
評価が低い?
まず、「スターウォーズ 無法者たちは評価が低いのか?」という疑問ですが、ネット上の反応を見る限り、評価が真っ二つに割れたゲームと捉えるのがかなり近いです。
批判的なレビューで繰り返し指摘されているのは、ゲームプレイに驚きが少ないこと。
基本的な流れは、フィールドを移動し、敵の拠点へ入り、ステルスや銃撃で突破し、目的を達成するというものです。
ゲームをある程度遊んでいる人ほど、「これ、どこかで遊んだことあるな」という既視感が生まれやすい。
特にUbisoft作品を遊んできたユーザーからは、従来型のオープンワールド作品にスター・ウォーズの世界を載せたように感じたという反応があります。
ただし、ここが面白いところで、世界そのものに対する評価はかなり高いんです。
街を歩けば異星人が会話し、酒場ではギャンブルが行われ、遠景には巨大な宇宙船が見える。
こういう背景の情報量は、映画のセットを歩いているような密度があります。
僕は映像を見るとき、背景を単なる背景として見ないタイプなんですが、本作は美術による物語の補完がかなり上手いです。
画面内に説明字幕を出さなくても、「ここではどんな人間が暮らしているのか」が小物や建築から伝わる。
これはスター・ウォーズという作品が映画で長年やってきた、いわゆる使用感のある未来という美術思想とも相性がいいんですよね。
つまり、世界に入り込むゲームとしては魅力的なのに、そこで繰り返すゲームプレイが保守的だった。
このギャップが評価を割った大きな要因だと僕は見ています。
バグが多い?
発売直後の感想で無視できないのがバグです。
プレイヤーやNPCが地面を滑るように移動したという報告や、必要なキャラクターが表示されずクエストを進められなかったという体験談も出ています。
PC版ではストレージ環境によって読み込みが追いつかず、マップ表示やイベント進行に問題が発生したという声もありました。
オープンワールドゲームに多少の不具合は付きものなんですが、本作の場合は世界への没入感がセールスポイントなので、バグとの相性がとにかく悪いんですよ。
例えば映画で、緊迫した潜入シーンの真ん中にスタッフが映り込んだら、一瞬で現実に戻されますよね。
ゲームのNPCが突然ホバー移動する現象も、それとほぼ同じです。
特にスター・ウォーズの場合、背景美術、環境音、衣装、宇宙船などを積み上げて「あの銀河にいる」という感覚を作っています。
だからこそ、一度の珍妙な挙動が普通のゲーム以上に目立ってしまいます。
僕自身、映像作品でも画面端の違和感を見つけると、そこばかり気になって本筋に戻れなくなることがあります。
没入型の作品って、世界を作る技術だけじゃなく、世界から観客を追い出さない技術も必要なんですよ。
なお、不具合の発生状況はハード、PC構成、ゲームのバージョンなどによって異なります。
発売直後のレビューと現在のプレイ環境を同一視しないよう注意してください。
ステルスが単調
個人的に、本作への批判で一番納得しやすかったのがステルスです。
敵を陽動する、背後へ回る、テイクダウンする、見つからないよう次の場所へ進む。
この基本動作をかなりの頻度で繰り返します。
もちろん相棒のニックスを使った仕掛けもあり、単なるしゃがみ移動だけではありません。
ただ、ステルスゲームを遊び慣れている人ほど、「状況をどう料理するか」という選択肢の少なさが気になりやすい設計です。
例えば『メタルギアソリッド』系の面白さって、敵を倒すこと自体ではなく、「この警備網をどう崩す?」という即興性にあります。
敵を眠らせるのか、音を出すのか、迂回するのか。
同じ場所でもプレイヤーによって映像が変わる。
一方、『無法者たち』はミッション側が用意した突破方法にプレイヤーを寄せる場面が多く、遊んでいる側からすると自由なアウトローというより、優等生な潜入者になりやすいんです。
これがタイトルとの相性まで悪くしています。
だって『無法者たち』ですよ。
名前を聞いた瞬間、もっと無茶苦茶できると思うやん、という話なんすよね。
街で好き放題ブラスターを撃ちたいわけではないにしても、「法律なんか知らん」というプレイヤー側の妄想をもう少し受け止めてほしかった。
ゲームシステムとして破綻しているわけではありません。
しかし、タイトルから想像する自由度と実際の自由度との差が、そのまま不満になった印象です。
ストーリー酷評
ストーリーについてもかなり好みが分かれています。
本作はジェダイやシスの壮大な戦争を真正面から描く作品ではなく、銀河の裏社会を生きる人物へカメラを向けています。
この視点自体、僕はめちゃくちゃ好きです。
スター・ウォーズって、どうしてもフォース、ジェダイ、帝国、反乱軍という巨大な歴史へ話が寄りがちじゃないですか。
でも、その世界には当然、戦争とは直接関係なく借金したり、酒場で働いたり、犯罪組織に怯えたりして暮らしている人もいる。
『無法者たち』は、その「映画では背景だった人々」にカメラを寄せた作品です。
一方で、物語の序盤については、主人公が最終的に何を目指しているのか分かるまで時間がかかるという批判があります。
これは映像作品でいうと、主人公の欲望を観客へ提示するタイミングの問題です。
映画なら冒頭20分ほどで「この人物は何を欲しがっているのか」が見えないと、観客は物語の方向をつかみにくくなります。
ゲームならプレイ時間が長いぶん、この問題はさらに大きくなる。
目的がぼんやりした状態でお使い的なミッションが続くと、「僕は今なんのためにこれをやってるんだっけ?」になってしまうんですよ。
しかも裏社会を題材にするなら、もっと裏切り、欲望、選択の代償がゲームシステムへ食い込んでほしかった。
犯罪組織との関係性という素材はめちゃくちゃおいしいだけに、物語とシステムがあと一歩噛み合っていれば化けた作品だと思っています。
主人公が不評?
主人公ケイ・ヴェスにも賛否があります。
ただ、ここはかなり慎重に分けて考えたいところです。
ネット上では外見への批判も見かけますが、それとキャラクターの脚本上の問題は別物です。
僕が作品として気になるのは、ケイが「アウトロー」という看板から想像する人物像より、意外と常識的に見える瞬間が多いことです。
ハン・ソロを思い出してください。
彼の魅力って、単に悪い男だからではありません。
逃げたい、金が欲しい、自分が一番大事と言いながら、肝心なところで他人を見捨てられない。
つまり言動と本心のズレがキャラクターを立体化しています。
ケイにもそうした人間臭さはありますが、プレイヤーが自由に「どんな無法者になるか」を決められるゲームではありません。
そのため、自分でアウトローを演じるゲームを想像していた人ほど、「ケイという人物の物語を操作している」という感覚とのズレが生まれます。
これ、就活とか仕事でも似たところがあります。
肩書きだけ聞いて勝手に人物像を想像して、実際に会ったら「思っていたタイプと違う」と感じることってありますよね。
作品名も同じです。
『無法者たち』というタイトルそのものが、プレイヤーの頭の中にかなり過激な人物像を作ってしまった。
だからケイ本人が悪いというより、マーケティング上のイメージと人物造形の距離が批判を増幅させたように感じます。
『スターウォーズ 無法者たち』は本当にひどい?
ここまで欠点を見てきましたが、それだけで「プレイする価値がない」と決めるのも違います。
特にスター・ウォーズ作品として見た場合、本作にしかない魅力もかなりあります。
ここからは炎上ワードや数字だけでは見えてこない部分まで踏み込みます。
ポリコレ炎上
『スターウォーズ 無法者たち』を検索すると、ポリコレという言葉を見かけることがあります。
主に主人公ケイのビジュアルや女性主人公であることを巡って語られています。
ただ、作品のゲームデザインを評価するうえで、僕はこの議論を中心に置くべきではないと思っています。
理由はシンプルです。
実際の低評価レビューで具体的に語られている問題の多くは、ステルスの反復、戦闘の選択肢、バグ、移動、ストーリー展開などだからです。
ここを飛ばして「ポリコレだから失敗した」で終わらせると、作品分析として一気に雑になります。
キャラクターの外見が好みかどうかは、もちろん個人の自由です。
ですがゲームにはカメラ操作、入力への応答、AI、ミッション構造、レベルデザイン、シナリオなど、評価可能な要素が山ほどあります。
僕は作品を見るとき、炎上ワードより画面の中で実際に何が起きているかを重視したいです。
その観点では、本作の問題は思想よりもプレイヤーが期待した自由と、システムが許してくれる自由の差にあります。
逆にここを見れば、「なぜ評価が割れたのか」はかなり分かりやすくなります。
メタスコア
メタスコアについても、「低いからクソゲー」と即断するのはおすすめしません。
レビュー集積サイトの数字は便利なんですが、一つの数値へ作品全体を圧縮してしまいます。
例えば本作の場合、スター・ウォーズ世界の再現度を高く評価しているレビューと、ゲームプレイの反復性を批判しているレビューが同時に成立しています。
つまり同じゲームを見ているのに、レビュアーがどこへ比重を置いたかで印象が変わるわけです。
これ、映画でも全く同じです。
撮影や美術が異常に優れていても脚本が平凡な映画はあります。
逆に画面は地味なのに、脚本だけで最後まで持っていく映画もある。
そこで平均点だけを見ると、その作品特有の凸凹が全部消えてしまいます。
『無法者たち』もまさにそのタイプ。
ゲームとして革新的かと聞かれると、ぶっちゃけかなり厳しい。
でも「スター・ウォーズの街を自分の足で歩く体験」として見ると、他作品では代替しにくい魅力があります。
レビュー点数を見る場合は、数字だけでなく「何を褒め、何を批判しているのか」まで読むと、自分との相性を判断しやすくなります。
売上は爆死?
検索すると「売上」「爆死」といった刺激的な言葉も出てきます。
ただし、この手の表現はかなり注意が必要です。
ゲームの商業的な成否は、販売本数だけでは判断できません。
開発費、広告費、ライセンス契約、追加コンテンツ、セール販売、サブスクリプションなど、収益構造はかなり複雑です。
しかもAAAタイトルでは、発売直後の売上だけではなく、その後どれだけ長く販売できるかも重要になります。
なので、ネット上で期待ほど売れていないという話があったとしても、それだけで「赤字確定」「大失敗」と断言するのは早いです。
むしろ本作から読み取れるのは、スター・ウォーズという巨大ブランドでも、IPだけでユーザーが無条件についてくる時代ではないということ。
Z世代としてこれは結構リアルに感じます。
NetflixでもゲームでもYouTubeでも、僕らはコンテンツが多すぎる環境にいます。
有名だから見る、というより「自分の時間を使う価値があるか」をかなりシビアに見ている。
だからブランドが巨大であるほど、逆に期待値も跳ね上がります。
スター・ウォーズ初のオープンワールドという看板を出した以上、「普通に面白い」だけでは満足されにくかった。
これは本作が背負った一番大きな宿命だった気がします。
面白い評価も
ここまで読むと散々なゲームに見えるかもしれませんが、面白いという感想も普通にあります。
特に高く評価されやすいのが、街と世界の作り込みです。
これは僕も『無法者たち』を語るうえで絶対に外せない部分だと思っています。
映画版スター・ウォーズって、メインキャラクターの背後にいる名もなき住民が妙に気になる作品なんですよ。
酒場の端に座っている異星人とか、市場を歩いている商人とか、画面に3秒しか映らないドロイドとか。
そういう背景人物にまで「この世界で生活している感じ」がある。
『無法者たち』は、それをゲーム空間へ持ち込んでいます。
カメラが映画の主人公から外れ、そのままセットの奥へ歩いていったような感覚です。
この体験はかなり特殊。
しかもジェダイ中心ではないため、スター・ウォーズ世界を英雄ではなく一般人に近い高さから眺められます。
ライトセーバーを振れば何でも解決できる人物ではないからこそ、帝国兵や犯罪組織の存在にも圧があります。
個人的にはこのスケール感、かなり好きなんすよ。
スター・ウォーズって宇宙規模の話なのに、結局魅力的なのは酒場とか市場とか整備場だったりするじゃないですか。
英雄ではなく銀河の片隅からスター・ウォーズを見る。
そこに刺さる人なら、評価点以上に楽しめる可能性があります。
アプデで改善
そして、現在プレイを検討している人が絶対に意識しておきたいのがアップデートです。
発売直後に投稿されたレビューと、現在のゲーム体験を完全に同じものとして扱うのは危険です。
『無法者たち』では発売後、ステルス、敵AI、移動、安定性など、初期に不満が出ていた部分へ継続して手が入っています。
つまり、「発売日に遊んでひどかった」という感想自体はその人にとって正しくても、それが永遠に現在の状態を示すわけではありません。
これは現代ゲーム特有の難しいところですね。
映画なら劇場公開された作品が翌月いきなり編集し直されることはほぼありません。
でもゲームは発売後に操作感もAIもミッションの遊びやすさも変えられる。
なのでレビューにも時間軸が必要です。
一方で、アップデートですべて解決するわけでもありません。
ステルス中心という基本設計や、戦闘の方向性、物語の好みまで別作品になるわけではないからです。
ここは分けたほうがいい。
バグや操作上のストレスは改善できても、ゲームそのものの設計思想は残る。
だから現在購入を考えているなら、発売直後の炎上だけを見るのではなく、最近のプレイヤー評価や現在のパッチ内容まで確認するのがおすすめです。
価格、対応機種、不具合、アップデート状況などは変更される場合があります。
正確な情報は公式サイトをご確認ください。
また、PCの動作環境や購入判断に不安がある場合は販売店やPC専門店などへ確認し、最終的な判断は専門家にご相談ください。
『無法者たち』はひどい?
結局、『スターウォーズ 無法者たち』は本当にひどいのか。
僕の結論としては、欠点がかなり見えやすい作品ではあるけど、「ひどい」の一言で捨てるには惜しいゲームです。
ステルスの反復、戦闘の選択肢、序盤の物語運び、発売初期のバグなど、批判される理由はちゃんとあります。
特に「スター・ウォーズ版GTA」のような自由な犯罪者体験を想像して入ると、かなり肩透かしになると思います。
逆に、銀河の街を歩きたい、ジェダイではない人物の目線で世界を見たい、映画では背景だった裏社会へ入り込みたい人には、かなり面白い作品です。
僕が一番惜しいと思うのは、世界の完成度に対して、プレイヤーがその世界へ働きかける方法が少なかったこと。
背景美術は「何でもできそう」と語りかけてくるのに、ゲームシステムは「これはできません」と止めてくる。
この摩擦こそ、『無法者たち』がひどいと言われた正体なんじゃないかなと思っています。
逆に考えれば、スター・ウォーズの世界そのものを味わうことを目的にすれば評価はかなり変わります。
映画のセットを自由に歩ける巨大なテーマパークに、アクションゲームが付いているくらいの感覚で触ると、本作ならではの良さが見えてきます。
僕は作品を評価するとき、「欠点があるか」より「その作品でしか味わえない瞬間があるか」をかなり大事にしています。
その意味では、『無法者たち』にはちゃんと固有の景色があります。
完璧ではない。
むしろツッコミたいところは結構ある。
でも、タトゥイーンのようなスター・ウォーズらしい土地を歩き、酒場へ入り、犯罪組織の気配を感じながら銀河の片隅で生きる感覚は、このゲームだから成立するものです。
「ひどいらしいからやめる」ではなく、自分がスター・ウォーズに何を求めているのかで判断する。
それが『スターウォーズ 無法者たち』との一番いい付き合い方だと思います。
アニメ・映画が大好きで毎日色んな作品を見ています。その中で自分が良い!と思った作品を多くの人に見てもらいたいです。そのために、その作品のどこが面白いのか、レビューや考察などの記事を書いています。
詳しくはこちら



コメント