皆さんは『THE FIRST SLAM DUNK』という作品を知っていますか?
1990年代を代表するバスケットボール漫画『SLAM DUNK』を新たな映像表現で映画化した作品ですが、公開前後からスラムダンクの映画はひどい、昔のアニメと違いすぎる、という声もかなり目立ちました。
特に気になるのが、声優変更や3DCG、宮城リョータを中心に据えた物語、そして原作との距離感です。
一方で、映画を観た人からは、原作を知っているのに初めて試合を観るような緊張感があった、アニメ映画として圧倒された、という反応もあります。
普段私は、作品の評判だけでなく、ブラックフリーザの強さや戦闘力、悟空やベジータとの比較、ビルスや悟飯ビーストとの関係、ゴールデンフリーザからどう変化したのか、といった細かなポイントまで映像や物語の構造から考えるのが大好きです。
今回も同じように、単純に好き嫌いで決めるのではなく、なぜ『THE FIRST SLAM DUNK』をひどいと感じる人がいるのかを映像オタク目線で掘っていきます。
旧テレビアニメが大好きだった人ほどモヤモヤしやすい部分もあるので、これから映画を観ようか迷っている人も、鑑賞後に自分の感想を言語化できずにいる人も参考にしてみてください。
- スラムダンク映画がひどいと言われる理由
- 声優変更やCGに賛否が出た背景
- 宮城リョータ中心の構成が持つ意味
- 原作ファンでも映画を楽しめるポイント
『スラムダンク』の映画がひどいと言われる理由
『THE FIRST SLAM DUNK』への否定的な反応を追っていくと、作品そのものの完成度だけでは説明できない部分がかなりあります。
というのも、『SLAM DUNK』には原作漫画だけでなく1990年代のテレビアニメにも長年のファンがいて、それぞれの頭の中に自分なりの完成形ができているからです。
そこへ声、映像、主人公の置き方まで刷新した映画が来たわけですから、そりゃ衝突します。
ただ、その違和感が単なる拒絶反応なのか、それとも映画として本当に気になる部分なのかは分けて考えたいところです。
声優変更
公開前から特に大きな話題になったのが、湘北メンバーの声優変更です。
テレビアニメ版では桜木花道を草尾毅さん、流川楓を緑川光さん、三井寿を置鮎龍太郎さん、宮城リョータを塩屋翼さん、赤木剛憲を梁田清之さんが演じていました。
対して『THE FIRST SLAM DUNK』では、宮城リョータ役が仲村宗悟さん、三井寿役が笠間淳さん、流川楓役が神尾晋一郎さん、桜木花道役が木村昴さん、赤木剛憲役が三宅健太さんとなっています。
| キャラクター | テレビアニメ版 | 映画版 |
|---|---|---|
| 宮城リョータ | 塩屋翼 | 仲村宗悟 |
| 三井寿 | 置鮎龍太郎 | 笠間淳 |
| 流川楓 | 緑川光 | 神尾晋一郎 |
| 桜木花道 | 草尾毅 | 木村昴 |
| 赤木剛憲 | 梁田清之 | 三宅健太 |
ここは旧アニメを繰り返し観ていた人ほど違和感を覚えて当然です。
長年聞いてきたキャラクターの声って、もはやBGMではなく顔の一部なんすよね。
桜木が口を開いた瞬間に草尾毅さんの声が脳内再生される人にとっては、別の声が聞こえてきただけでキャラクターそのものが変わったように感じます。
ただ、映画単体で見るとキャスティングには明確な方向性があります。
旧作のデフォルメされたギャグ芝居よりも、呼吸や声量、言葉と言葉の間を重視した演技が多く、実写映画に近い温度感です。
特に宮城リョータは、感情を大声で説明するより、声を少し詰まらせたり、平静を装ったりする演技が映画全体のトーンに合っています。
声優変更への不満と、映画版キャストの演技が良くないという評価は同じではありません。
慣れ親しんだ声との比較によって違和感が生まれた人と、映画単体の演技そのものに不満を感じた人は分けて考える必要があります。
私も昔から知っている作品のキャスト変更には一瞬身構えるタイプです。
仕事でも、長年みんなに愛されていた人の後任が入ると、それだけで前任者と比較されることがありますよね。
能力ではなく記憶と戦わされる感じ。
今回の声優陣も、まさにその難しい場所に立たされていたと思います。
CG作画
次に賛否が出たのが3DCGを中心とした試合映像です。
公開前の映像を見て、昔のセルアニメの方が良かった、ゲーム画面っぽく見える、と感じた人もいました。
ここは静止画だけ見ると、その気持ちも分かります。
井上雄彦さんの原作は線そのものにものすごい勢いがあるので、その線をそのまま動かしてほしいと思うファンがいるのは自然です。
ただ、実際の試合シーンまで観ると、このCGは単純な省力化ではなく、バスケットボールの身体運動を成立させるための選択だったことが見えてきます。
ドリブルしながら重心が移動する瞬間、ディフェンスが腰を落としたまま横へ滑る動き、パスを受ける直前のステップなど、派手な必殺技ではない動作まで連続しています。
特に面白いのがカメラの位置です。
テレビアニメ的な横からの平面的な画だけではなく、選手の後ろを追い、コートの奥行きを使って位置関係を見せています。
カメラがコート内へ入り込んでいるように動くので、ボールを持っていない選手まで同じ空間で動き続ける。
これ、2D作画だけで毎カット成立させようとすると、かなり狂気の作業量になるはずです。
映画版のCGで重要なのはキャラクターの立体感より、コート全体を連続した空間として扱えることです。
誰がどこへ走り、誰がそのスペースを塞いでいるのかが見えるため、試合の戦術まで映像として伝わります。
また、CGだけを前面に押し出すのではなく、表情や印象的な瞬間では手描きの感触を残しています。
この切り替えによって、スポーツとしての連続運動と漫画的な一瞬の迫力を両立させているんですよね。
ぶっちゃけ、序盤は私もキャラクターの輪郭に少し硬さを感じました。
でも試合速度が上がると、その違和感よりも選手同士の距離や体重移動の気持ちよさが勝ってきます。
映画.comなどの感想でも、原作を知り尽くしているのに新鮮だったという声が見られましたが、その感覚を作っている大きな要因がこのカメラワークだと思っています。
宮城リョータ
『THE FIRST SLAM DUNK』でもっとも大きな特徴が、宮城リョータの視点です。
原作漫画を思い浮かべた時、まず桜木花道を主人公としてイメージする人が多いはずです。
ところが映画では、宮城の家族や過去を軸にしながら試合へ入っていきます。
そのため、桜木を中心とした青春スポーツ映画を期待していた人ほど、思っていた作品と違うと感じやすいです。
しかも宮城のパートは、原作のテンションとは少し違います。
笑いよりも喪失感や家族との距離が前面に出ていて、かなり静かです。
試合の熱気を求めて映画館へ入った人からすれば、早く試合を見せてくれよと思う時間があっても不思議ではありません。
ただ、映像構造として見ると、宮城を軸にした理由はかなり分かりやすいです。
ポイントガードはコート全体を見ながらボールを運ぶポジションです。
つまり湘北の5人を映画の観客へ案内する役として非常に都合がいい。
桜木を主人公にすると、どうしても彼の成長物語が中心になります。
一方で宮城から見ると、桜木も流川も三井も赤木も、自分と同じコートに立っている仲間になります。
結果として映画は、誰か一人の英雄物語ではなく、5人が同時に存在する群像劇として『SLAM DUNK』を見せ直せるんです。
ネット上には、宮城家の物語が長すぎるという反応もあります。
ここは私も全部が完璧な配分だったとは思いません。
試合が最高速度へ向かっているタイミングで過去へ戻る構成は、観客によってはブレーキに感じます。
ただ、その静けさがあるからこそ、試合中に宮城が平然としているように見える瞬間の意味が変わる。
人って表面上は普通に働いたり笑ったりしていても、内側では全然別のことを抱えているじゃないですか。
Z世代の私からすると、SNSで明るく見える人ほど裏側が分からない時代なので、この宮城の描き方は妙に現代的に感じました。
主人公変更
主人公が桜木花道から宮城リョータに変更された、という言い方もよく見かけます。
ただ、個人的には完全な主人公交代というより、映画を見るためのカメラを桜木から宮城へ移したと考える方がしっくりきます。
山王戦そのものでは、桜木の存在感が消えているわけではありません。
流川、赤木、三井にもそれぞれ決定的な瞬間があります。
だから映画の中で宮城だけが何でも解決する構造にはなっていません。
むしろ原作を一度読んだ人が知っている出来事を、別の位置からもう一度見るための装置として宮城が選ばれています。
私はここが『THE FIRST SLAM DUNK』の一番攻めているところだと思っています。
普通、何十年も愛されている作品を映画化するなら、一番人気の場面を一番安全な形で再現したくなるじゃないですか。
有名なセリフを大きく見せ、懐かしい音楽を鳴らし、旧アニメへのサービスを詰め込めばファンはある程度喜びます。
でも本作はそこへ全振りしませんでした。
過去のアニメを再上映するのではなく、原作者自身が今もう一度『SLAM DUNK』を映像化するならどうするか、という方向へ進んでいます。
この作り方は、旧アニメの続きを期待した人にはかなり不親切です。
懐かしさを味わう映画だと思って観ると、音、声、視点、テンポの違いが次々と気になる可能性があります。
でも、私はそこを欠点だけでは片付けたくありません。
クリエイターが昔の成功体験をそのままコピーしなかったこと自体が、この映画の面白さでもあるからです。
仕事でも昔ヒットした企画の第2弾って、前回と同じことを求められがちですよね。
けれど、それを繰り返しているだけでは新作を作る意味が薄くなる。
『THE FIRST SLAM DUNK』は、その怖い選択を真正面からやっています。
原作改変
原作改変というキーワードもありますが、本作の場合はストーリーを別物へ書き換えたというより、映画として再編集した部分が大きいです。
劇場映画には上映時間があります。
原作の山王戦で描かれた細かなやり取りや周辺人物の反応を全部映像化したら、それだけでかなり長い作品になってしまいます。
そのため映画では、原作の試合をすべて同じ密度でなぞるのではなく、宮城の物語と湘北対山王の試合を一本の映画として接続しています。
当然、その過程で省かれた場面もあります。
原作ファンから、あのシーンが観たかった、他校の選手ももっと映してほしかった、という不満が出るのはめちゃくちゃ分かります。
実際、ネット上でも諸星や森重など全国大会の選手をもっと見たかったという反応がありました。
私も原作の全要素を映像で見たい欲はあります。
ただ、それを一本の映画に全部入れると、今度は名場面のチェックリストみたいになってしまうんですよね。
映画は次のイベントへ進むたびに歓声が起こるけれど、一つの作品として呼吸できなくなる。
そこで本作は大胆に捨てています。
そして捨てたスペースへ宮城のドラマを入れた。
ここを許せるかどうかが評価の分岐点です。
私自身、原作再現度だけで採点するなら不満点はあります。
でも映像作品として見ると、単行本のコマをカラーにして動かすことではなく、映画館の時間と音響を使って再構築している。
だから原作改変という言葉だけで片付けると、本作がやろうとしたことを少し見落としてしまう気がします。
『スラムダンク』の映画は本当にひどいのか検証
ここまで否定的な意見が出た理由を見てきましたが、それだけで映画自体が失敗だったと判断するのはかなり難しいです。
AniListではデータ取得時点の平均評価が87点となっており、少なくとも海外を含めて低評価一色の作品ではありません。
もちろん数値は評価サイトの利用者層によって変わるため、あくまで一般的な目安です。
そこで後半では、映画として何が評価されているのかを中心に見ていきます。
山王戦
この映画最大の武器は、やっぱり山王戦です。
ただし、すごいのは名場面が動いたことだけではありません。
私が一番震えたのは、試合の時間感覚そのものを映像で作っていることです。
序盤は比較的広い画で選手の配置を見せます。
そこから試合が進むにつれてカットが細かくなり、ボール、シューズ、汗、視線、呼吸といった局所的な情報が増えていきます。
観客はルールを説明されていないのに、だんだんコートの中へ閉じ込められていくんです。
さらに音響がえぐい。
ボールが床へ当たる音、シューズが止まる音、観客席のざわめきが、単なる効果音ではなく試合のリズムになっています。
音楽で無理やり感動させる場面ばかりではなく、あえて音楽を引くことで緊張を作る瞬間もあります。
普通のスポーツアニメなら、重要なプレーの前にキャラクターが心の中で状況を説明することがあります。
でも本作は説明を減らし、視線と身体で見せる。
だからバスケットに詳しくない人には一瞬分かりにくい部分もある反面、実際の試合を見ているような集中状態に入れます。
『THE FIRST SLAM DUNK』の試合は、名場面を映像化したというより、漫画では止まっていた時間を映画の時間へ変換したものです。
原作漫画は一枚の絵を読者が好きなだけ眺められます。
映画は次のフレームへ勝手に進みます。
その違いを理解したうえで、カットの長さや無音を調整しているから、知っている展開でも手に汗をかくんすよね。
ここは映像化として相当うまいです。
あらすじ
重要箇所のネタバレを避けて大まかに説明すると、『THE FIRST SLAM DUNK』は湘北高校バスケットボール部がインターハイで王者・山王工業と対戦する試合を軸に描いた作品です。
その一方で、ポイントガードの宮城リョータがどのような過去を抱え、なぜバスケットボールを続けてきたのかという物語が重なっていきます。
つまり構造としては、試合映画と家族ドラマの二本立てです。
ここが本作の好き嫌いを分けます。
ずっとバスケットの試合だけを観たい人には、過去のパートが流れを止めるように見えることがあります。
反対に宮城の背景を知った後では、何気ないプレーや表情の見え方が変わります。
私はこの作りを、試合の勝敗とは別のゴールを用意するための構造だと考えています。
スポーツ作品はどうしても勝ったか負けたかが結論になりやすいです。
でも現実の人生って、結果が出たから全部解決するわけじゃないですよね。
就活でも、志望先に受かった瞬間に自分の不安が全部消えるわけではありません。
人間関係でも、相手に言いたいことを伝えたから翌日から完璧になるわけじゃない。
宮城のドラマにもその感覚があります。
だから私は、本作を単純な青春勝負ものより、何かを抱えたまま前へ進む話として見ています。
それをスポーツの疾走感と同じ映画に入れたから独特なんです。
原作との違い
原作との最大の違いは、同じ出来事を扱っていても、観客にどこを見せるかが違うことです。
漫画では桜木花道の成長が大きな軸になっています。
初心者だった桜木がバスケットを知り、チームの一員になっていく過程が積み重なった末に全国大会があります。
映画はその長い積み重ねを最初から説明できません。
そこで宮城を入り口にし、湘北というチームを一本の映画の中で再発見させています。
その結果、三井や赤木の過去を知らない初見客には分かりにくい部分もあります。
ここはあえて苦言を呈したいです。
完全な新規ユーザー向け映画として見ると、湘北メンバー全員の関係性を十分説明しているとは言いづらいです。
流川なんて、原作を知らない人からすると、無口でめちゃくちゃバスケが上手い男の情報量でかなり進みます笑。
でも逆に、全部説明しない潔さもあります。
キャラクターが自分の過去を試合中に長々と語るのではなく、今のプレーで人物像を見せる。
これは実写のスポーツ映画にも近い感覚です。
そして原作ファンにとっては、知っている情報を省略できる分、プレーの細部に時間を使える。
この映画、ファンサービス作品に見えて実はかなり観客を信用しているんですよね。
全部説明しなくてもついてきてくれるだろ、という作りです。
その信頼が気持ちいい人には刺さるし、不親切に感じる人には刺さらない。
だから評価が割れるのも納得です。
続編の可能性
『THE FIRST SLAM DUNK』を観たあと、続編を期待した人はかなり多いと思います。
タイトルにTHE FIRSTと入っていることから、THE SECONDがあるのでは、と想像した人もいるでしょう。
ただし、2026年8月時点で映画第2弾について公式から具体的な公開時期や制作決定の告知は確認できません。
なので、タイトルだけを根拠に続編が決まっていると断定するのは避けた方がいいです。
一方で、興行面では非常に大きな結果を残しています。
さらに2025年にも劇場上映が行われるなど、作品が公開後も継続して展開されていることから、ファンが期待したくなる状況なのは分かります。
個人的には、もし続編が作られるとしても、今回と同じ構造をそのまま繰り返すとは思っていません。
宮城リョータを入口にした理由が、原作を別角度から撮り直すことだったなら、次は別のキャラクターや別の時間軸から『SLAM DUNK』を見せる方が井上雄彦さんらしい気がします。
でも、ここから先は完全に予想です。
期待と公式情報は分けましょう。
続編や再上映など最新情報については、発表内容が更新される可能性があります。
(出典:映画『THE FIRST SLAM DUNK』公式サイト)
作品の最新情報、上映状況、商品や配信・販売に関する正確な情報は公式サイトをご確認ください。
料金や契約、購入に関して個別のトラブルが発生している場合は、最終的な判断は専門家にご相談ください。
スラムダンク映画ひどい
結局、スラムダンクの映画はひどいのか。
私の結論は、ひどい作品というより、昔の『SLAM DUNK』をそのまま返してくれる映画ではないです。
ここを間違えると評価が真逆になります。
旧テレビアニメの声優、音楽、ギャグのテンポ、桜木中心の物語をもう一度味わいたかった人には、かなり大胆な変更に見えます。
宮城の家族ドラマについても、もっと山王戦を見せてほしいという人からすれば長く感じるでしょう。
CGの質感が最後まで合わない人だっていると思います。
そこを無理に、名作だから理解しろ、と押し付ける気はありません。
映画との相性ってありますからね。
一方で、新しい声優陣の抑えた芝居、3DCGによるコートの奥行き、ボールを持っていない選手まで動かす演出、音楽を引いて試合音だけを残す瞬間、宮城という別の視点から湘北5人を見せる構成。
ここまで一つ一つに狙いがある作品を、単純に制作側が手を抜いた結果としてひどいと呼ぶのも違うと思っています。
むしろ相当めんどくさい映画です。
ファンが喜ぶ答えを知っているのに、その答えをそのまま出してこない。
そこが腹立つ人もいれば、そこに作家性を感じる人もいる。
私は後者です。
『THE FIRST SLAM DUNK』は懐かしさを再生する映画ではなく、原作者自身が『SLAM DUNK』を現在の映像作品として撮り直した映画です。
そして、これって現実の人間関係にも少し似ています。
昔仲が良かった友人と何年かぶりに会った時、昔と同じ人でいてほしいと無意識に期待してしまうことがあります。
でも相手はその間にも生きていて、変わっています。
自分だって変わっている。
『THE FIRST SLAM DUNK』も、昔の記憶の中にある作品へ会いに行ったら、同じ顔をした別の現在形が立っていたような映画なんですよね。
だから最初は戸惑う。
でも、その違いを受け入れてから見ると、原作で何度も知ったはずの湘北が妙に新鮮に見えてきます。
ネット上には最高だったという感想も、二度と観たくないほど合わなかったという感想もあります。
両方あっていいです。
ただ、これから観る人には、昔のテレビアニメの続きだと思わず、井上雄彦監督による新しい一本のスポーツ映画として入ってみてほしいです。
そうすると、声優変更もCGも宮城リョータの物語も、なぜこの形になったのかがかなり見えやすくなります。
- 声優変更は旧作ファンほど違和感が出やすい
- CGは試合中の位置関係と身体運動を見せるために機能している
- 宮城リョータの視点によって湘北5人が群像劇として描かれる
- 原作再現より映画としての再構築を優先している
- ひどいという評価は期待していたスラムダンク像との違いから生まれやすい
私としては、原作と違うから減点するより、なぜ違う形にしたのかまで考えた方がこの映画は圧倒的に面白いです。
ぶっちゃけ万人に刺さる優等生タイプではありません。
でも、30年前の名作を安全に保存するのではなく、新しい映像としてもう一度コートへ立たせた。
その無茶をやったこと自体が、『THE FIRST SLAM DUNK』というタイトルに一番似合っているんじゃないかなと思います。
アニメ・映画が大好きで毎日色んな作品を見ています。その中で自分が良い!と思った作品を多くの人に見てもらいたいです。そのために、その作品のどこが面白いのか、レビューや考察などの記事を書いています。
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