皆さんは『深淵をのぞく時』という言葉をアニメで聞いたことがありますか?
妙にカッコいい響きなので、「どのアニメのセリフだっけ?」「作品タイトルだった気がする」「元ネタはアニメなの?」と気になって検索した人も多いはずです。
僕もアニメを見ていると、こういう哲学者の言葉が急に引用される瞬間にめちゃくちゃ反応してしまうタイプです。
しかも『深淵をのぞく時』は、シリアス作品だけでなく、ダークSFから異世界コメディ、青春ラブコメまでかなり幅広い作品と相性がいい言葉なんすよ。
この記事では、『深淵をのぞく時』というアニメが実際に存在するのか、ニーチェとの関係、元ネタである『善悪の彼岸』、そしてアニメでこの言葉が引用・アレンジされる理由まで掘っていきます。
- 『深淵をのぞく時』というアニメの正体
- ニーチェと『善悪の彼岸』との関係
- 深淵や怪物が意味しているもの
- アニメで引用されると面白い理由
『深淵をのぞく時』のアニメとは?
まず一番気になるのが、『深淵をのぞく時』という名前のアニメが存在するのかという点です。
ここを最初に押さえておかないと、「作品を探しているのに哲学の話ばかり出てくる」という状態になってしまいます。
検索結果がややこしい理由も含めて順番に見ていきます。
アニメ作品?
結論から整理すると、『深淵をのぞく時』という名前で広く知られているアニメ作品を探している場合、作品タイトルではなくセリフや引用表現を記憶している可能性が高いです。
少なくとも『深淵をのぞく時』をそのまま正式タイトルとする著名なテレビアニメや劇場アニメとして認識するより、ニーチェの言葉を引用したアニメを探していると考えたほうが自然です。
これ、アニメ好きだと結構あるんですよ。
印象的なセリフだけ脳内に残っていて、数年後に「あの深淵のアニメなんだっけ?」となるパターンです。
『深淵をのぞく時』はアニメ固有のタイトルというより、さまざまな作品で引用・アレンジされてきた有名な言葉として捉えると分かりやすいです。
特にアニメでは、犯罪者を追う刑事、未知の存在に踏み込む人物、SNSで他人からの評価を追い続けるキャラクターなど、見ている側と見られている側の立場が反転する場面と相性抜群です。
映像的にも使いやすいんですよね。
キャラクターの視線をアップで映したあと、暗闇側から逆に人物を捉えるカットを挟むだけで、「観察しているつもりだった人間も観察されている」という関係を映像だけで作れます。
だから哲学書の一節なのに、アニメのセリフとして聞くと異様にハマる。
ここが面白いところです。
ニーチェとは
この言葉の大元にいるのが、19世紀のドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェです。
哲学と聞いた瞬間に「難しそうだから撤退します」となりそうですが、今回の言葉を理解するだけなら、ニーチェの思想を全部勉強する必要はありません。
めちゃくちゃ雑に入口だけ言うと、ニーチェは世の中で当たり前とされている価値観を、本当にそれでいいのかと疑い続けた人です。
善とは何なのか。
悪とは何なのか。
みんなが正しいと言っているから正しいのか。
誰かから与えられた価値観に従っているだけではないのか。
こういう部分にガンガン切り込んでいきます。
アニメ好き目線で言えば、めちゃくちゃ主人公向きの思想なんすよ。
国家や宗教、社会システムが「これが正義です」と提示してきたとき、「本当に?」と疑うキャラクターって人気がありますよね。
『PSYCHO-PASS サイコパス』のように、社会そのものが人間を判定する作品を見ていると特に分かりやすいです。
システムが決める正義と、自分自身が感じる正義がズレたとき、人間はどちらを選択するのか。
こういう問いとニーチェは非常に相性がいい。
僕自身、学生の頃は哲学者の名言って「SNSのプロフィールに書いたらちょっとカッコいい文章」くらいにしか思っていませんでした笑。
でもアニメや映画を大量に見るようになると、物語の構造そのものを一言で説明している言葉が結構あるんですよ。
『深淵をのぞく時』もまさにそのタイプです。
元ネタは?
『深淵をのぞく時』の元ネタは、ニーチェの著書『善悪の彼岸』に登場する警句です。
ネットでは後半の「深淵をのぞくと、深淵もこちらを見る」という部分だけが独立して使われることが多いですが、本来はその直前に「怪物と戦う者」に関する文章があります。
この前半がめちゃくちゃ重要です。
この言葉は「暗い穴を見たら穴もこっちを見ていて怖いね」というホラー的な話ではありません。
悪や怪物と向き合い続けることで、向き合っている本人まで影響を受けてしまう危険性を示す文脈として読むと理解しやすくなります。
例えば犯罪者を捕まえることだけに人生を捧げた刑事がいたとします。
最初は「人を傷つける犯罪者を許せない」という正義感から始まった。
しかし犯人を追い詰めるために違法な手段を使い、人を脅し、暴力まで正当化し始めたらどうでしょう。
気付いたときには、倒そうとしていた相手と似た行動を取っている。
これが物語で描かれる「深淵」のめちゃくちゃ分かりやすい形です。
だから刑事アニメ、復讐もの、ダークファンタジーとの相性がえげつない。
主人公が敵を理解しようとすればするほど、敵側の論理も理解できるようになる。
そして敵を完全には否定できなくなっていく。
敵を知ることが、自分自身を変えてしまう。
この構造そのものが「深淵をのぞく」という行為なんだと僕は捉えています。
善悪の彼岸
『善悪の彼岸』というタイトルも、アニメ好きにはかなり刺さる名前です。
タイトルだけ見ると「善と悪を超越した最強キャラが出てきそう」と思ってしまいますが笑、ニーチェが扱っているのは、人間が当然のものとして受け入れている価値観への疑いです。
僕がアニメを見るときも、善悪が完全に二分されている作品より、どちらにもそれなりの理屈がある作品のほうが記憶に残ります。
正義の組織が必ず正しいわけではない。
敵にも守りたいものがある。
主人公の正義が、別の人物から見れば暴力になる。
こうなった瞬間、物語は単純な勧善懲悪から一段深くなります。
例えば復讐ものでもそうです。
家族を奪われた主人公が犯人に復讐する。
序盤では視聴者も「やってしまえ」と思う。
しかし主人公が復讐のために無関係な人まで巻き込むようになった瞬間、その応援は揺らぎます。
カメラワークでも、この変化はよく表現されます。
最初は主人公を正面から撮っていたカメラが、物語後半になるにつれて影の多い横顔や背後からのショットを増やす。
敵と同じ構図で主人公を映し始める。
こういう演出、僕はめちゃくちゃ好きです。
脚本で「主人公も敵と同じになっている」と説明するより、以前は敵に使っていた構図を主人公にも使うほうが何倍も効くんですよ。
それこそ映像版の「深淵もまたこちらをのぞいている」だと思っています。
深淵の意味
深淵という言葉は、本来は底が見えないほど深い淵や、非常に深い場所を表します。
ただ、ニーチェの警句を読む場合は、物理的な穴だけを想像すると少し分かりにくいです。
僕ならここでいう深淵を、人間が簡単には理解しきれない暗い領域と考えます。
例えば憎悪、暴力、犯罪、狂気、執着、虚無、欲望。
あるいは自分自身の中にある「見たくない感情」も深淵になり得ます。
他人の悪意を研究していたら、自分の中にも似た感情があると気付く。
ネット上の炎上を眺め続けていたら、いつの間にか自分も誰かを叩く側に参加していた。
嫌いな人のSNSを毎日見ていたら、その人のことで頭がいっぱいになっていた。
これ、2020年代以降のSNS社会だとかなりリアルじゃないですか。
僕もネットで作品への批判を調べていたはずなのに、気付いたら一時間以上ずっと否定的な投稿だけ読んでいたことがあります。
すると最初は普通に好きだった作品まで、なんとなく欠点だらけに見えてくる。
あれ、普通に怖いんすよ。
情報を見ているだけだと思っていたのに、見ている情報によって自分の感情まで書き換えられている。
深淵は超常現象じゃなくても成立する。
そこがこの言葉の強烈なところです。
名言の意味
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」という言葉には、いくつもの読み方があります。
ただ、アニメを見るうえで一番使いやすいのは、対象を見続ける人間も、その対象から影響を受けるという解釈です。
観察する側だけが安全地帯にいるわけではありません。
誰かを分析するとき、その行為そのものが自分の価値観を変えていきます。
この考え方は映画やアニメの鑑賞にも当てはまります。
作品を見る前と見た後で、自分の考え方が変わった経験ってありませんか?
僕はあります。
それまで絶対に理解できないと思っていた価値観でも、キャラクターの視点を何時間も追体験すると、「この状況ならそう考えるかもしれない」と感じ始めることがあります。
もちろん、それは悪いことではありません。
むしろフィクションの最大の魅力の一つです。
ただし恐ろしいのは、その仕組みが憎悪や偏見にも作用すること。
繰り返し接する対象は、自分が思っている以上に感覚へ影響します。
だからこの警句は、悪を見るなという単純な教えではなく、悪を見る自分自身の変化にも注意しろというメッセージとして読むと面白いです。
個人的には「ミイラ取りがミイラになる」と似た部分はありつつ、ニーチェの表現のほうが不気味です。
なぜなら「自分が変わっている」というより、向こう側から自分を見返されているという構図になっているから。
ここに視線の演出が加わると、一気に映画的になるんすよね。
『深淵をのぞく時』アニメと元ネタ
ここからは、なぜこの哲学者の警句がアニメや漫画でこれほど使いやすいのかを掘っていきます。
単に有名だから引用されるのではありません。
キャラクターの変化、敵との対立、SNS、視線、カメラワークなど、現代アニメの演出と異様なほど相性がいい言葉です。
怪物とは?
「深淵」の部分だけが有名になっていますが、個人的に絶対に外したくないのが、その直前に登場する怪物です。
ここでいう怪物を、本当に角が生えたモンスターだけだと考える必要はありません。
むしろ物語上では、主人公が「絶対に自分とは違う」と考えている相手そのものが怪物になります。
犯罪者。
独裁者。
復讐相手。
いじめる側の人間。
自分と正反対の思想を持つ人物。
そうした存在を倒すために戦い続けているうちに、自分も同じ手段を使い始める。
この瞬間が恐ろしい。
バトルアニメでよくある「敵の力を主人公が使う展開」も、実はこのテーマと相性がいいです。
敵と同じ力を手に入れれば勝てる。
でも、その力を使い続けたら自分はどこまで敵に近づいてしまうのか。
こういう葛藤が入るだけで、能力バトルが単なる強さ比べではなくなります。
さらに面白い作品は、衣装や画面構成まで変えてきます。
主人公の服が徐々に暗くなる。
敵と同じ位置に立たせる。
似たレンズ感や構図で撮る。
同じ効果音を使う。
視聴者が言葉で理解する前に、「あれ、主人公って敵と似てきてない?」と感覚で察するわけです。
こういう演出を見るとテンション上がります。
説明台詞を削って画面で語ってくれる作品、最高っすね。
原文を確認
ニーチェの文章はドイツ語で書かれています。
Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.
Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.
現代の日本語としてかなり平たく言い換えるなら、「怪物と戦うなら、自分まで怪物にならないよう注意したほうがいい。深淵を長く見つめ続ければ、深淵の側も自分の内側を見返してくる」といったニュアンスです。
ここでポイントになるのがlange、つまり「長く」という要素です。
一瞬見ただけではありません。
長期間にわたって向き合う。
そこに変化が生まれる。
この時間の感覚は、連続アニメとの相性がかなりいいです。
映画なら二時間程度で主人公の変化を描きますが、テレビシリーズでは数話、場合によっては何クールもかけて敵と向き合います。
第1話では「絶対に許せない」と言っていた主人公が、第10話では敵の理屈を理解し、第20話では敵と同じ選択肢を前にする。
その積み重ねそのものが「長く深淵をのぞく」という体験になるんですよ。
しかも視聴者も同じです。
毎週その世界を見続けることで、最初は異常だと思っていた価値観に少しずつ慣れていく。
つまりキャラクターだけではなく、視聴者まで深淵をのぞいている。
ここまで考えると、この言葉がアニメで何度も使いたくなる理由が見えてきます。
英語表現
英語では、「If you gaze long into an abyss, the abyss also gazes into you.」のような形で訳されることがあります。
英訳には複数の表現があるため、一つの文章だけを唯一の正解だと考えないほうがいいです。
ここで面白いのがgazeという感覚です。
単に一瞬見るというより、じっと見つめるイメージがあります。
映画研究でも「視線」はかなり重要な概念です。
誰が誰を見ているのか。
観客は誰の視点に立っているのか。
見られる人物は、自分が見られていることを知っているのか。
この関係だけで、同じ場面でも意味が変わります。
例えば暗い部屋を主人公が懐中電灯で調べている場面。
主人公視点の映像だけなら、「未知のものを探している」という印象になります。
しかし突然、部屋の奥側から主人公を映すカットが入ったらどうでしょう。
何も映っていなくても怖い。
なぜなら観客は無意識に「このカメラ位置には誰かいるのでは?」と感じるからです。
見ていた人間が、見られている人間に変わる。
これが映像表現としての「深淵もまたこちらをのぞいている」に近い。
ホラー映画が頻繁に使う技法でもありますが、心理サスペンスやSFでも効きます。
言葉自体が視線の往復を含んでいるからこそ、映像化したときに強烈なんです。
アニメ使用例
では、実際にアニメ周辺でこのニーチェ的な言葉がどう使われているのか。
有名なのが『PSYCHO-PASS サイコパス』『この素晴らしい世界に祝福を!』『【推しの子】』『負けヒロインが多すぎる!』などです。
| 作品 | 相性のいいテーマ | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 『PSYCHO-PASS サイコパス』 | 犯罪と正義 | 犯罪者を追う側も深淵へ近づく構造 |
| 『この素晴らしい世界に祝福を!』 | 中二病表現 | 重い哲学を大仰な口上へ落とし込む笑い |
| 『【推しの子】』 | SNSとエゴサ | 見る側と見られる側の相互監視 |
| 『負けヒロインが多すぎる!』 | 恋愛とメタ視点 | 第4話タイトルで大胆にアレンジ |
なかでも分かりやすいのが『負けヒロインが多すぎる!』です。
第4話の公式タイトルは「負けヒロインを覗く時、負けヒロインもまたあなたを覗いているのだ」。
これはニーチェの有名な言い回しをラブコメ向けに大胆に変奏したタイトルになっています。
こういう引用、大好きなんすよ。
元ネタを知らなくても「妙に大仰なタイトルだな」で笑える。
でもニーチェを知っていると、もう一段メタな読み方ができます。
僕たち視聴者は「負けヒロイン」という属性を外側から観察して楽しんでいる。
ところが彼女たちの感情を作品の中でじっくり見せられることで、いつの間にか視聴者側も「恋愛で選ばれなかった人間の感情」に巻き込まれていく。
つまり覗いているつもりだった視聴者も、作品から感情を返されている。
ただのパロディタイトルに見えて、作品の構造とちゃんと噛み合っているんですよね。
しかもアニメ版は表情芝居がかなり細かい。
失恋を大げさな泣き顔だけで処理せず、視線をそらしたり、一拍置いたり、何気ない食事の動作に逃げたりする。
だから「負けヒロイン」という記号だったキャラクターが、どんどん一人の人間に見えてきます。
タイトルのネタ感に反して中身は結構繊細。
このギャップがうまい。
第4話の正式なサブタイトルは、(出典:TVアニメ『負けヒロインが多すぎる!』公式サイト)でも確認できます。
『負けヒロインが多すぎる!』のような作品を含め、僕が実際に見て印象に残った作品を探したい人は、アニオタが選ぶ隠れた名作アニメランキングTOP30もあわせてどうぞ。
一方、『この素晴らしい世界に祝福を!』のようなコメディ作品では方向性が真逆です。
本来かなり重い哲学的な言葉を、めぐみんの中二病全開の言動へ持ち込む。
すると「意味が深いからカッコいい」ではなく、「本人が本気で言っているから面白い」という笑いに変換されます。
これも引用の上手な使い方です。
引用って、元ネタと同じ意味で使わなければならないわけじゃないんですよ。
作品の空気に合わせて意味をズラすことで、新しい面白さが生まれます。
僕はこういう引用を見るたびに、アニメ脚本って本当に雑食だなと思います。
哲学でも文学でもネットミームでも、面白ければ全部飲み込んで作品の言葉に変えてしまう。
そこがアニメ文化の楽しいところっすね。
『深淵をのぞく時』アニメ
最後に、『深淵をのぞく時』とアニメの関係をまとめます。
『深淵をのぞく時』というフレーズをアニメタイトルとして探していた人は、まず「ニーチェの名言を使ったアニメを記憶している可能性」を考えてみてください。
元ネタはニーチェの『善悪の彼岸』に登場する警句です。
そして重要なのは、深淵の一文だけではなく、その前に怪物と戦う人間への警告が置かれていること。
敵と戦っているうちに敵へ似てしまう。
悪を分析しているうちに悪から影響を受ける。
誰かを観察しているつもりが、自分自身も変化していく。
この構造があるから、犯罪もの、復讐もの、ダークファンタジー、SNSを扱う作品との相性がいいわけです。
『深淵をのぞく時』の面白さは、「怖いものを見るな」ではなく、「何かを見続けることで、自分自身も変わる」という点にあります。
個人的には、ここがアニメ鑑賞とも重なります。
年間何百本と作品を見ていると、自分が作品を評価しているつもりでも、実際には作品の側から価値観をかなり変えられていることに気付きます。
昔なら絶対に好きにならなかったキャラクターを好きになる。
理解できなかった生き方を理解できるようになる。
逆に、昔は何とも思わなかった展開が妙に残酷に見えることもある。
作品を見るという行為は一方通行じゃないんですよね。
僕たちは画面を見ている。
でも、その作品もまた僕たちの考え方へ入り込んでくる。
そう考えると、「深淵もまたこちらをのぞいている」という言葉が100年以上たってもアニメや漫画で擦られ続ける理由が分かります。
ぶっちゃけ、便利だから引用されているだけの作品もあると思います笑。
深そうなキャラクターに言わせれば、一瞬で知的な雰囲気を出せますからね。
ただ、本当にうまい作品では、この言葉が物語そのものの構造とつながっています。
主人公と敵が似ていく。
観客とキャラクターの距離が近づく。
見る側と見られる側が反転する。
そこまで描けて初めて、この言葉は単なるカッコいい名言ではなくなります。
次にアニメで「深淵」という言葉を耳にしたら、ぜひキャラクターが何を見ているのかだけでなく、そのキャラクター自身がどう変わり始めているのかにも注目してみてください。
カット割りや視線の向き、光と影、敵と主人公の構図まで意識すると、かなり違った見え方になるはずです。
作品の放送情報や話数、サブタイトル、配信状況などは変更される場合があります。
正確な情報は各作品の公式サイトをご確認ください。
また、ニーチェの思想には複数の研究・翻訳・解釈があるため、哲学的な意味を専門的に検討する場合は原典や研究書を確認し、必要に応じて哲学の専門家による解説も参照してください。
アニメ・映画が大好きで毎日色んな作品を見ています。その中で自分が良い!と思った作品を多くの人に見てもらいたいです。そのために、その作品のどこが面白いのか、レビューや考察などの記事を書いています。
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