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『トリコ』の最終回アニメは何話?原作との違いも解説

アニメ・漫画

皆さんは『トリコ』という作品を知っていますか?

食材を求めて未知の世界へ踏み込み、飯を食うこと自体を少年漫画の冒険とバトルに変換してしまった、島袋光年先生の超ド級グルメ漫画です。

アニメを久しぶりに思い出して、「そういえば『トリコ』の最終回は何話だった?」「あの終わり方って原作と同じ?」「打ち切りだったの?」と気になった人も多いはず。

さらに最終回のネタバレだけを軽く知りたい人、原作との違いやアニメの続きは何巻から読めばいいのか知りたい人、小松がトリコを調理するという妙な噂を見かけた人までいると思います。

僕も映像作品を追っていると、最終回そのものより「なぜ制作側はこの地点をラストに選んだのか」が気になって仕方ないタイプなんすよ。

そこで今回は、アニメ『トリコ』の最終回を、単なるあらすじ紹介ではなく、原作との分岐や最終話としての演出設計まで含めて掘っていきます。

  • 『トリコ』のアニメ最終回が何話なのか
  • 最終回がどんな方向で締められたのか
  • 原作漫画とアニメ版で何が違うのか
  • アニメの続きや最終回構文の真相

『トリコ』最終回アニメの結末

まず押さえておきたいのは、アニメ『トリコ』の最終回は、原作漫画そのものの最終回をアニメ化した回ではないということです。

TVシリーズは原作がまだ連載中だった2014年に終了しているため、制作側は物語の途中に「テレビアニメとしての終着点」を作る必要がありました。

ここがめちゃくちゃ重要なんですよ。

原作を完結まで読んでいる人とアニメだけを見た人では、ジョア、一龍、三虎、その先のグルメ界に対する印象がかなり変わります。

では、まずアニメ版がどんな着地を選んだのかから見ていきます。

最終回は何話?

アニメ『トリコ』の最終回は、第147話「トリコと小松 新たな旅の出発!!」です。

2014年3月30日に放送され、2011年から約3年間続いたTVシリーズのラストになりました。

項目内容
最終回第147話
放送日2014年3月30日
脚本村山功
演出座古明史
作画香川久

東映アニメーションの公式情報でも、TVアニメは全147話として扱われています。

なので「148話以降に本当の最終回がある」というタイプの作品ではありません。

TVアニメとしての正式な最終回は147話。

ただし、原作漫画の物語そのものは、この地点よりはるか先まで続きます。

ここを知らずに見ると、「え、これで終わりなの?」となりやすいです。

逆に最初から「第二章の入口でテレビ版を閉じる」と知って見ると、最終話の印象はかなり変わります。

最終回ネタバレ

ここからは最終回の方向性に触れますが、作品を見なくても展開が全部わかってしまうような細かい描写は避けています。

アニメ最終回は、ジョアを巡る戦い、人間界を襲う大きな危機、一龍と三虎の因縁を経て、トリコと小松が再び旅へ踏み出す構成になっています。

つまり「全部解決して完結」という終わり方ではありません。

俺たちの冒険はここからさらにデカくなる、という出発型の最終回なんです。

僕がここで面白いと思うのは、アクションだけで終わらないこと。

終盤では戦闘の熱量から、人間同士の関係や食卓へと焦点を移し、最後に再び冒険へカメラを向ける。

「戦う→食べる→旅立つ」という『トリコ』そのものの文法でテレビシリーズを閉じているんですよ。

一方で、物語としては未解決の要素がかなり残ります。

GODはどうなるのか。

グルメ界には何があるのか。

NEOとの関係はどうなるのか。

トリコの人生のフルコースは完成するのか。

そこを解決しないまま終わるので、リアルタイムでアニメだけ追っていた人がモヤモヤしたのも分かります。

ぶっちゃけ、完結編として見ると腹八分目。

でも「次の世界へ向かう区切り」として見ると、ちゃんと『トリコ』らしいんすよ。

ジョアとの決着

アニメ終盤で大きな役割を担うのがジョアです。

最終話では、それまで積み上げてきたトリコの成長を見せるための相手として配置されています。

ここで注目したいのは、単純なパワーアップ披露だけにしていないところ。

『トリコ』という作品は一貫して、食べたものが肉体を作り、出会った食材や仲間との経験が次の力につながる物語です。

だから最終決戦でも、トリコ個人の才能だけで勝負するのではなく、これまでの旅全体を背負った主人公として見せる構造になっています。

少年漫画の終盤って、新技を出した瞬間に「はい、主人公が強くなりました」で終わる作品もあります。

でも『トリコ』の場合、食事と生命がずっと地続きになっている。

食べることが経験値であり、経験値が身体になる。

この設定がバトルにまで一本の線でつながっているのが、やっぱ気持ちいい。

ただし、原作を知っているとジョア周辺はかなり駆け足に感じます。

テレビシリーズをここで閉じる以上、長期的に膨らませられる謎を、最終話の中である程度決着したように見せなければならない。

そのため、キャラクターの不気味さや後の物語につながる余白より、最終回としての爽快感が優先されています。

映像作品としては理解できる判断です。

ただ、ジョアという存在をもっと掘れたはずなのに……という惜しさも残る。

ここはあえて苦言を呈したいところっすね。

一龍の結末

アニメ版と原作漫画の違いを語るうえで、特に大きいのが一龍の扱いです。

アニメでは、一龍に原作とは異なる結末が与えられています。

細かい経緯までは伏せますが、アニメ版では一龍の存在を残す方向で物語が組み直されています。

一方、漫画では一龍と三虎の関係がもっと重い形で物語へ刻まれていきます。

この変更、僕はかなりテレビアニメ的だと思っています。

日曜朝に長期間放送されてきたシリーズの最終回で、原作の喪失感をそのまま持ってくると、最後に「次の冒険へ行くぞ!」というテンションへ戻しにくい。

そこでアニメは、喪失よりも再出発へ感情の重心を置いた。

編集でいうなら、一度完全に暗転させてから明るい画面に戻すのではなく、暗部を残しながらフェードさせて次の場面へ送る感じです。

視聴者の感情を底まで落とさず、そのまま旅立ちへ接続する。

原作ファンからすれば「そこを変えるのか」と感じる部分でもあります。

ただ、アニメ単体のラストを成立させるための選択として見ると、意図はかなり分かりやすいです。

三虎との和解

三虎についても、アニメ最終回は戦闘の勝敗だけではなく「食事」という『トリコ』らしい方法で感情を動かします。

僕が好きなのはここなんすよ。

普通のバトル漫画だったら、敵対してきた人物との関係を修復する方法は、殴り合った末に認め合うとか、共通の敵が出てきて共闘するとかになりやすい。

でも『トリコ』は最後まで飯を使う。

言葉だけでは届かない相手に、食事を差し出す。

これは作品全体のテーマそのものです。

人は空腹になる。

何かを食べる。

誰かと食卓を囲む。

そこで過去や関係性が少しだけ動く。

完全な和解として描くわけではないのもポイントです。

長年積み重なった感情が一杯の料理ですべて消えるほど、人間関係は単純ではない。

でも、硬直した関係がほんの少し動く瞬間はある。

仕事でも友人関係でもそうですが、「謝ったから全部元通り」なんて現実ではほぼないですよね。

僕らZ世代って、人間関係を切る判断はわりと早いと言われがちです。

だからこそ、完全修復ではなく「もう一度同じテーブルに座れるかもしれない」という描写のほうが、妙にリアルに感じます。

グルメ界へ出発

そしてアニメ版『トリコ』が最後に選ぶのは、やっぱり旅立ちです。

人間界での出来事が一区切りし、トリコと小松はさらに未知の領域へ向かいます。

この終わらせ方は、最終回なのに「終わった感じ」が薄いです。

でも、それこそ狙いなんじゃないかと思っています。

『トリコ』の世界で最大の欲望は、敵を倒して王になることではありません。

まだ食べたことのないものを食べたい。

知らない場所へ行きたい。

自分だけのフルコースを完成させたい。

つまりゴールが一点ではなく、常に地平線の向こうへ更新されるんです。

最終回なのに次の冒険を提示するのは未完だからではなく、「未知への食欲」を作品の最後まで残すための演出でもあります。

就活でも仕事でも、僕らって「ここに入れば人生完成」みたいなゴールを置きがちです。

でも実際は、会社に入った翌日からまた次の課題が始まる。

『トリコ』のラストもそれに近くて、一区切りはゴールじゃなく次の空腹が始まる場所なんですよ。

その意味では、物語を閉じるより「まだ腹減ってるだろ?」と視聴者に投げて終わるほうが、この作品には似合っています。

『トリコ』最終回アニメと原作の違い

ここからが、アニメ最終回を語るうえで本当に重要なところです。

アニメ『トリコ』は原作漫画を最後まで映像化した作品ではありません。

原作はその後も続き、全43巻で完結しています。

つまり、アニメ最終回と漫画最終回は別物です。

ネットでは「アニメは打ち切りだった」「原作と全然違う」「続きは何巻から?」といった話が混ざりやすいですが、それぞれ分けて考えるとかなり見えやすくなります。

打ち切りの真相

まず結論からいうと、アニメ『トリコ』が打ち切りだったと公式に説明された事実は確認できません。

TVアニメは全147話で終了していますが、原作漫画はその時点で完結していませんでした。

そのため視聴者からすると「物語の途中なのに終わった=打ち切りでは?」と感じやすいわけです。

ここで注意したいのが、ネットで語られる終了理由。

視聴率、関連商品の売上、放送枠、スポンサーなど、いろいろな説があります。

しかし、公式から終了理由として明示されていないものまで断定するのは危険です。

「原作途中で終了した」という事実と、「人気がなくて急に打ち切られた」という推測は別です。

僕はアニメを見るとき、こういう作品を単純に「打ち切り作品」と呼ばないようにしています。

長期テレビシリーズには原作の進行、放送枠、制作体制、編成など複数の事情が絡みます。

外から確定できないものまで一つの理由に押し込むと、作品を読む目まで雑になっちゃうんですよ。

ただし、結果として原作後半が映像化されなかったのは事実。

だから視聴者が「もっと見たかった」と感じるのは、めちゃくちゃ分かります。

原作との違い

アニメ最終回と原作の最大の違いは、クッキングフェス周辺から先の出来事を、テレビシリーズ用に大幅に組み替えていることです。

特に一龍やジョア、三虎、小松を巡る状況は、原作をそのまま再現したものではありません。

アニメは最終回へ向けて人物を一つの場所へ集め、事件を決着させ、最後にトリコと小松を旅立たせます。

映像脚本として見ると、これはかなり合理的です。

毎週続いてきた作品を終える場合、視聴者が最低限「一本見終わった」という感覚を得られる場所が必要になります。

だから原作の途中でそのままブツ切りにするのではなく、因縁にある程度の区切りをつけた。

ただ、その代償もあります。

原作がここから長い時間をかけて展開する謎やキャラクターの関係を、アニメは短い尺で着地させなければならない。

結果として、原作読者ほど「急だな」と感じる部分が出てきます。

これは映画の原作改変でもよく起きる問題です。

連載漫画は何十話も使って人物を動かせますが、映像には放送時間があります。

削れば説明不足になる。

そのまま入れれば終わらない。

だから再構成する。

『トリコ』最終回は、その制約がかなり見えやすい回なんですよ。

続きは何巻?

「アニメの続きから漫画を読みたい」という人に僕がすすめるなら、28巻付近から読み直す方法です。

理由は、アニメ終盤が原作をそのまま映像化していないから。

単純に「アニメ147話の次=漫画のこの1話」と対応させにくいんです。

読み方おすすめ
違いも含めて追いたい28巻付近から
人間界編の着地を確認したい29巻まで読む
グルメ界編を本格的に読みたい30巻以降も続けて読む

集英社のコミックスでは29巻で人間界編が一区切りし、30巻から第二章・グルメ界編が始まる構成になっています。

なので最短距離だけ求めるなら30巻付近からでも物語は前へ進みます。

でも僕はおすすめしません。

アニメ版で変更された人物の状態や関係性があるので、「あれ、この人どうなってるの?」が発生しやすいからです。

せっかく読むなら28巻前後まで少し戻る。

これが一番ストレスなく入れると思います。

漫画で読むと、アニメ最終回がどこを短縮し、どこをテレビ版用に作り替えたのかまで見えてきます。

映像オタク的には、この比較が一番うまいところっすね。

漫画の最終回

原作漫画『トリコ』は、全43巻で完結しています。

つまりアニメ終了後も、かなり長い物語が残っています。

グルメ界へ入り、これまで名前だけが語られてきた食材や存在が次々と物語の中心に入り、トリコ自身のルーツや世界の構造も掘られていきます。

そして漫画の最終盤は、「最強の敵を倒したから終了」というだけではありません。

この作品が最初から扱ってきた、食事、家族、命、フルコース、誰かと一緒に食べることの意味へ戻ってきます。

ここが『トリコ』の妙なんですよ。

捕獲レベルがどんどんインフレして、宇宙規模みたいな話になっていくのに、最後まで中心にあるのは「何を食べるか」「誰と食べるか」。

スケールは巨大化するのに、テーマは食卓へ戻る。

この円環があるから、作品全体がバラバラにならない。

もちろん終盤については、展開が速い、もっと見たかったキャラクターがいる、と感じる人もいます。

僕もそこは分かります。

あと数巻あれば見たかった景色は確実にある。

それでも、作品開始時から掲げていた「人生のフルコース」というモチーフを最後まで持っていった点は、かなり気持ちのいい着地です。

小松が調理?

『トリコ』の最終回を検索すると、時々とんでもない文章を見かけます。

それが「暴走したトリコを小松が泣きながら調理して連載終了」という内容。

結論からいうと、そんな最終回はありません。

アニメの最終回でもありませんし、原作漫画の最終回でもありません。

ネット上で広まった、いわゆるトリコ最終回構文と呼ばれるネタです。

小松がトリコを調理して終わるという話は、実際の作品内容ではなくネットミームです。

これ、元ネタを知らない状態で検索結果だけ見ると普通に信じそうになるんですよね笑。

『トリコ』は食材を調理する作品なので、「ありそうな単語」だけで構成されているのが厄介。

でも作品を最後まで知っている人からすると、トリコと小松の関係性をめちゃくちゃ雑に利用したジョークです。

二人は美食屋と料理人として互いを高め合うパートナーであり、物語の根幹そのもの。

だからこそ、真逆の結末をでっち上げることでシュールさが生まれています。

ネットミームって、作品を知らない人のほうが本物だと思ってしまう瞬間があるんすよ。

『トリコ』を未読のままこの構文だけ知っている人には、ぜひ本物のラストも読んでほしいです。

想像している終わり方とは100%違います。

『トリコ』最終回アニメまとめ

アニメ『トリコ』の最終回は、第147話「トリコと小松 新たな旅の出発!!」です。

ただし、この147話は原作漫画の最終話を映像化したものではありません。

原作連載中にTVシリーズが終了したため、ジョア、一龍、三虎などを巡る展開をアニメ独自の形で着地させています。

  • TVアニメの正式な最終回は第147話
  • アニメ終盤には原作から変更された展開がある
  • 原作を続けて読むなら28巻付近からがおすすめ
  • 小松がトリコを調理する最終回はネット上のネタ

僕が『トリコ』最終回で一番面白いと思うのは、未完部分があることより、制作側が「どうテレビアニメを終わらせるか」に苦心した痕跡が見えるところです。

激しい戦いのあとに食卓を置き、人間関係を少しだけ動かし、最後は未知の世界へ向かわせる。

戦って、食べて、また腹を空かせる。

この流れだけは最後まで一切ブレません。

完結まで映像化してほしかったという気持ちは、僕もめちゃくちゃ分かります。

特に原作後半にはアニメで動いているところを見たかった場面が山ほどあります。

それでも147話の最後に残されるのは、「終わった」という感覚より「まだ世界には知らない味がある」という感覚です。

だから『トリコ』らしい。

人生でも、一つの学校、一つの会社、一つの人間関係が終わったからって全部が完結するわけじゃないです。

腹が減ったら、また次を探す。

知らない場所があるなら、行ってみる。

そんな妙に原始的で前向きなエネルギーが、『トリコ』という作品の最後まで流れているんですよ。

アニメだけで止まっている人は、ぜひ原作との違いも含めて見比べてみてください。

たぶん147話を初めて見たときとは、かなり違う味がしてくるはずです。

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