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『舞妓さんちのまかないさん』実写はひどい?原作改変を検証

アニメの実写化

皆さんは『舞妓さんちのまかないさん』という作品を知っていますか?

検索では舞子さんのまかないさんと表記されることもありますが、正式な作品名は『舞妓さんちのまかないさん』です。

小山愛子さんの漫画を原作としたNetflixの実写ドラマですが、検索すると実写がひどい、つまらない、原作との違いが気になる、といった言葉が並ぶので、これから観ようとしている人はちょっと身構えますよね。

さらにキャストの評価や演技の評判、原作に登場しない涼子というオリジナルキャラ、健太はいらないのではないかという意見まであり、原作ファンほど実写化で何が変わったのか気になるところです。

ただ、年間数百本のアニメや映画を観ている僕からすると、本作を単純に失敗した実写化として片づけるのはかなり違うんすよ。

むしろ是枝裕和さんの演出によって漫画の再現とは別方向のドラマへ踏み込んだ結果、その変化を面白いと感じる人と受け入れにくい人が真っ二つに分かれた作品だと感じています。

この記事では、なぜひどいという評判が生まれたのかを、原作改変、キャラクター、演技、カメラワーク、作品のテンポまで踏み込んで見ていきます。

  • 実写がひどいと言われる主な理由
  • 原作漫画と実写ドラマの違い
  • 涼子や健太への評価が分かれる理由
  • 是枝裕和演出だからこその見どころ

『舞妓さんちのまかないさん』実写はひどい?

先に僕の見方を出しておくと、実写版は映像作品としてひどいというより、原作ファンが期待した『舞妓さんちのまかないさん』とはかなり違う作品になったことが批判の中心です。

原作の空気をそのまま三次元へ移植するタイプの実写化ではなく、人物関係を増やし、大人たちの人生まで映す群像ドラマとして再構築しているため、そこで好き嫌いが分かれます。

全9話のNetflixシリーズで、森七菜さんと出口夏希さんが中心人物を演じ、是枝裕和さんが総合演出を担当しています。

(出典:ドラマシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』公式サイト)

結論として、原作再現度を最優先する人には不満が出やすく、是枝作品として見る人には魅力が伝わりやすい実写化です。

つまらない?

つまらないという感想で特に目立つのが、物語の進み方がゆっくりしているという不満です。

事件が起きて主人公が問題を解決し、次の事件へ進むような一般的な連続ドラマのリズムを期待すると、本作の時間感覚はかなりのんびりしています。

食事をする、誰かが帰ってくる、台所で会話する、ふとした表情をカメラが拾う、といった一見すると何でもない時間に尺を使うんすよ。

僕はここが面白かったのですが、刺激を求める視聴者からしたら、そりゃ退屈に感じる瞬間もあるやろなとは思います。

ネット上でも、穏やかな雰囲気が心地よかったという声がある一方、話が進まず退屈だったという反応が見られ、まさに同じ特徴が長所にも短所にもなっています。

映画的に見ると、これは情報量を減らしたというより、ドラマの中心を出来事ではなく生活そのものへ置いた演出です。

キャラクターの台詞だけで心境を説明せず、料理する手元や視線、室内で人物同士が取る距離を使って感情を見せていくので、ながら見とはかなり相性が悪い作品でもあります。

テンポの速いドラマを求める人ほど、つまらないという感想になりやすいです。

逆に日常系作品の間や空気感が好きなら、この遅さ自体がごちそうになります。

原作との違い

原作との違いで最も大きいのは、漫画がキヨやすみれを中心とした日常を積み重ねるのに対し、実写では周囲の大人たちを含む群像劇へかなり舵を切っている点です。

漫画では一杯のごはんや季節の変化から人物の生活が見えてくる感覚がありますが、ドラマでは人間関係そのものを掘る場面が増えています。

これは媒体の違いを考えれば理解できる判断でもあります。

漫画なら数ページのエピソードを読んで、料理の湯気とキャラクターの表情だけで満足できますが、実写ドラマで同じ構造を9話続けると、映像としてはかなり平坦になりかねません。

そのため、人物同士の感情や過去を追加し、一本の連続ドラマとして成立させようとしたわけです。

ただし、原作ファンからすると、この変更によってキヨのまかないや、すみれとの静かな関係性が相対的に薄く感じられる瞬間があります。

原作の余白を愛している人ほど、実写で追加されたドラマがノイズに見えてしまう。

ここが評価の分岐点だと思います。

原作改変は?

原作改変そのものはありますし、かなり大胆です。

ただ、僕は改変があること自体をマイナスとは考えていません。

漫画と実写では人物の存在感も時間の流れも違うので、完全再現すると逆に不自然になる作品も山ほどあります。

問題になるのは、改変によって作品の核まで別物になったと感じるかどうかです。

本作の場合、漫画が持っている食事と暮らしの反復に、人間関係や大人の事情をかなり足しているため、視聴者によっては原作のほのぼのした世界へ別ジャンルのドラマが入り込んできたように感じます。

ネット上で原作とは違いすぎるという反応が出るのも、この感覚が大きいはずです。

一方で実写版だけを見れば、人物たちが同じ場所で生活している理由や、花街という空間にいる人々の人生が立体的になっています。

原作を再現するのではなく、原作を素材に一本の是枝ドラマを作ったと考えると腑に落ちるんですよね。

実写化を見るときは再現度と作品単体の完成度を分けて考えると、評価しやすくなります。

原作と違うから駄目なのか、変更した結果としてドラマが面白くなくなったのかでは、同じ原作改変でも話がまったく違います。

涼子は誰?

実写版で賛否が出やすい人物の代表が、蒔田彩珠さん演じる涼子です。

涼子は原作には登場しない実写版独自のキャラクターで、屋形の中にいながら舞妓ではないというポジションに置かれています。

原作ファンからすると、この時点でかなり警戒する存在なんすよ。

原作にいない人物へ尺を使うくらいなら、キヨやすみれをもっと見せてほしいと思う気持ちはめちゃくちゃ分かります。

ただ、映像的には涼子がいることで、花街の生活を無条件に肯定しない視点が作品の内側に生まれています。

キヨたちは環境へ自然に溶け込んでいきますが、涼子は少し距離を取って周囲を見るため、視聴者に近い観察者として機能する場面があるんですよね。

是枝作品は、共同体の中に少し居心地の悪そうな人物を置いて、その視線から家族や社会の形を見せることがあります。

そう考えると、涼子は単なる水増し用のオリジナルキャラではなく、実写版のテーマを背負わせるために作られた人物だと僕は受け取りました。

とはいえ、原作のテンポを求めている人にとって彼女の物語が邪魔に感じられる問題までは消えません。

健太いらない?

健太についても、実写版では存在感の出し方が原作ファンの好みを分けています。

キヨとすみれの幼なじみという関係自体は作品にとって重要ですが、実写では青春ドラマとしてのニュアンスが加わることで、食と日常を楽しみたい視聴者には恋愛方向へ寄りすぎたように映ることがあります。

検索で健太いらないという言葉まで出てくる背景には、健太という人物そのものへの拒否感というより、実写版で追加された感情の線に対する違和感があると僕は見ています。

特に原作の日常系としての温度が好きな人ほど、誰が誰を好きなのかという要素が前へ出ると、急に普通の青春ドラマっぽく見えるんすよ。

ただし映像作品では、離れた場所にいる人物をカットバックで見せるだけでも、故郷と京都、以前の生活と現在の生活という対比を作れます。

健太はその役目も担っているため、構成上まったく必要がない人物とは思いません。

問題は健太がいることではなく、視聴者が何を見たくてこの作品を再生したのかです。

料理と花街の日常を100%期待していた人には余計に見え、青春群像劇として見る人には必要なピースに見えます。

評判を調査

実際の評判を見ると、実写版への反応はかなり分かれています。

否定的な側では、原作とは別物に感じる、オリジナル要素が多い、退屈だった、キヨをもっと中心に描いてほしかったというタイプの不満が目立ちます。

一方で好意的な側では、女性同士の過剰な対立を持ち込まず穏やかに見られる、料理がおいしそう、ゆったりした時間が心地いい、後半になるほど人物への愛着が増すといった反応があります。

これ、面白いのが両者とも作品の特徴自体はほぼ同じように見ていることなんですよ。

ゆっくりしているから嫌いな人もいれば、ゆっくりしているから好きな人もいる。

原作から変えているから嫌いな人もいれば、実写独自の人物像まで描いているから好きな人もいる。

つまり技術的な失敗が誰にでも分かるタイプのひどさではなく、作品が選んだ方向そのものへの賛否なんです。

僕自身、原作の食事中心の空気を求めると寄り道が長いなと思う部分はありましたが、人間の生活を観察するドラマとして見始めると評価がかなり変わりました。

Z世代って短尺動画に慣れているぶん、数秒で何かが起こらない映像を退屈と感じやすいところがありますが、本作はそこへ真っ向から逆走してくる作品です。

スマホを置いて人の表情まで見るか、それとも刺激の少なさに離脱するかで体感がかなり変わるはずです。

『舞妓さんちのまかないさん』実写がひどい評価を検証

ここからは、ひどいという評判をキャストや演技だけの問題にせず、実写映像として何が起きているのかまで踏み込みます。

個人的には、本作の面白さはストーリーの仕掛けより、俳優をどの距離から撮り、どこでカットを割らず、生活音をどれくらい残すかという演出にあります。

その意味では、原作漫画との比較だけで評価を終わらせるともったいない作品です。

キャスト評価

キャストは実写版の評価が比較的高いポイントです。

中心となるキヨを森七菜さん、すみれを出口夏希さんが演じ、涼子役には蒔田彩珠さん、さらに橋本愛さん、松岡茉優さん、常盤貴子さん、松坂慶子さんなどが参加しています。

名前だけ見るとめちゃくちゃ豪華ですが、この作品で大事なのは豪華さを前面へ押し出さないことなんすよ。

人物主なキャスト実写での印象
キヨ森七菜生活に溶け込む自然体
すみれ出口夏希舞へ向かう純粋さ
涼子蒔田彩珠共同体を外側から見る視線
百子橋本愛華やかさと生活感の両立
吉乃松岡茉優場面の空気を動かす存在感
常盤貴子屋形を支える大人の温度

漫画原作の実写化では、髪形や衣装を似せすぎた結果、コスプレ感が出てしまうことがあります。

本作はそこへ寄せるよりも、俳優が実際にその空間で暮らしているように見せる方向を優先しています。

僕はこの判断かなり好きです。

二次元の記号を再現するのではなく、生身の人間へ置き換えたときに成立する人物像を作っているからです。

ただ、原作キャラクターの見た目やテンションまで含めて好きだった人にとっては、似ているかどうかという別の基準が出てくるので、そこは評価が割れて当然です。

演技の評判

演技については、派手な感情表現より自然さを優先した芝居が目立ちます。

泣く場面なら大きく泣き、怒る場面なら声を張り上げるという分かりやすいドラマ演技ではなく、会話の途中の間や目線、食べながらの反応で人物の状態を見せます。

特に食卓の芝居では、台詞を言う人だけをアップで切り返すのではなく、同じ空間にいる人たちの反応まで含めて見せることで屋形の生活感が生まれています。

演技をカメラへ見せるのではなく、その場所で人が生きているところをカメラが偶然見ているように作る感覚ですね。

だから、分かりやすい名演技を期待すると地味に見えるかもしれません。

しかし僕は、こういう芝居ほど難しいと思っています。

日常で僕らは毎回感情を100%言葉にしないですし、仕事の人間関係でも、本当はモヤッとしているのにとりあえず笑って終わらせることなんて普通にありますよね。

本作の人物も同じで、言葉にならない微妙な感情を残すから人間っぽく見えます。

演技が薄いのではなく、演技しているように見せないことを狙った芝居だと捉えると印象が変わります。

オリキャラ

実写版のオリキャラは、原作ファンが最も引っかかりやすい部分です。

原作の実写化で新キャラクターが登場すると、それだけで嫌な予感がする気持ちは僕にもあります。

過去にも人気漫画の映像化で、オリキャラを活躍させるために原作キャラの出番が削られ、結果として何を見せられているんだ状態になった作品はありました。

ただ、『舞妓さんちのまかないさん』の場合は、実写版が描きたいテーマを広げるための装置としてオリジナル人物が使われています。

とりわけ涼子は、華やかに見える花街を少し距離のある場所から眺める役割を持ち、キヨとは異なる価値観を作品へ持ち込みます。

これによって、屋形はただ居心地のいい理想郷ではなく、そこに馴染む人も馴染みにくい人もいる生活空間になります。

僕はこの視点がかなり是枝作品っぽいと思っています。

家族や共同体を単純に素晴らしいものとして描くのではなく、その中で居場所を探している人までカメラに入れるんですよね。

ただし、原作のキヨとすみれをもっと見たいという不満も当然なので、オリキャラが成功か失敗かは実写版を何のために見るかで変わります。

是枝裕和の演出

そして本作を語るうえで外せないのが、総合演出を担当した是枝裕和さんの作家性です。

是枝作品では、人物が事件を起こす瞬間だけではなく、その前後にある生活を撮ることがすごく重要になっています。

『舞妓さんちのまかないさん』でも、料理を作る手、食卓へ皿が並ぶ時間、人が何気なく部屋を横切る瞬間といった、普通なら削られそうな動作を残しています。

ここで重要なのがカット割りです。

テンポを出すために細かく画面を切り替えるのではなく、人物同士が同じフレームにいる時間を残すことで、人間関係を台詞以外から読み取らせます。

誰が誰の隣にいるのか、誰が話している人を見るのか、誰だけ視線を外しているのか。

こういう情報って漫画ならコマの中で作者が配置できますが、実写では俳優の身体そのものが情報になるんすよ。

さらに料理の撮り方も、いわゆるグルメ番組のように完成した料理だけをキラキラ見せる方向ではありません。

材料へ触れる音、鍋の気配、台所を人が行き来する動きを含めて撮ることで、ごはんが誰かの生活を支える行為として見えてきます。

僕が映像オタクとして面白いと思うのは、料理がドラマの休憩時間になっていないところです。

料理をしている時間そのものが人物描写になっています。

だから本作は、派手な伏線回収や驚きの展開で魅せる作品ではないのに、じっと見ていると人物の関係が少しずつ変化していることが分かります。

実写版の最大の特徴は、原作の出来事を再現することより、原作に流れていた生活の温度を実写のカメラで作り直したことです。

もちろん、ここにはあえて苦言もあります。

大人の人間関係やオリジナル要素へ尺を使うことで、タイトルにもなっているまかないさんの物語が薄く感じる場面は確実にあります。

原作ファンがキヨの作る料理やキヨとすみれの日常を期待して再生したのに、別人物のドラマが長く続けば、いや今そこが見たいんじゃないんよ笑、となるのも理解できます。

映像作品として成立させるための改変と、原作ファンが求める魅力の配分が必ずしも一致していないんですね。

それでも、単純な原作再現ではなく監督自身の作品へ変換した姿勢については、僕はかなり面白い挑戦だったと思っています。

『舞妓さんちのまかないさん』実写はひどい?

最後にまとめると、『舞妓さんちのまかないさん』の実写がひどいと言われる最大の理由は、映像や俳優の出来が壊滅的だからではありません。

原作の魅力をそのまま再現するのではなく、是枝裕和さんらしい群像ドラマへ大胆に作り替えたことで、原作ファンの期待とズレたことが大きいです。

原作との違いやオリジナルキャラに抵抗がある人、テンポの速いドラマが好きな人には、つまらないと感じる可能性があります。

反対に、何気ない会話、料理する時間、俳優の微妙な表情、生活の中で少しずつ変化する人間関係を見るのが好きなら、かなり相性のいい作品です。

個人的には、原作を実写でコピーするのではなく、漫画にあった温度を別の映像言語へ翻訳しようとした作品として見るのが一番しっくりきました。

原作ファンとして納得できない部分があることと、実写ドラマとして価値がないことは別問題なんですよね。

これは仕事でも人間関係でも似ていて、自分が期待していた答えと違っただけなのに、そのもの全部を駄目だと判断してしまうことがあります。

僕も好きな漫画の実写化を見るときは、気づけば原作との間違い探し大会を始めていることがあるので、人のことは言えません笑。

でも一度その比較を横へ置いて映像だけを見ると、照明、人物配置、食卓の間、生活音など、かなり丁寧に作られていることが分かります。

  • ひどいという声は原作改変への不満が中心
  • 実写版はキヨ中心の日常劇から群像劇へ広がっている
  • 涼子などのオリキャラは実写独自のテーマを担っている
  • 健太への賛否は青春ドラマ要素の増加と関係している
  • キャストの自然な芝居と生活感のある演出は見どころ
  • テンポより空気や人物観察を楽しむ人と相性がいい

なので、検索で舞子さんのまかないさんの実写はひどいという言葉を見て視聴をやめてしまうのは、ちょっともったいないです。

原作そのままの再現版ではなく、同じ素材から作られた別解釈のドラマだと思って観ると、本作の狙いがかなり見えやすくなります。

ぶっちゃけ全員におすすめできるタイプではありませんが、静かな映像をじっくり味わえる人なら、ネット上のひどいという一言だけでは拾えない魅力を見つけられるはずです。

なお、配信状況や作品に関する正確な最新情報はNetflixなどの公式サイトをご確認ください。

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