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『約束のネバーランド』のアニメはひどい?2期炎上の理由

アニメ・漫画

皆さんは『約束のネバーランド』という作品を知っていますか?

原作漫画はもちろん、2019年に放送されたアニメ1期もかなり話題になった作品ですが、検索すると『約束のネバーランド』のアニメはひどいという、なかなか刺激的な候補が出てきます。

特に気になるのが、1期を見て面白かった人ほど「え、あれがひどい扱いなの?」となりやすいところです。

実際には、1期と2期では視聴者から向けられている評価がかなり違います。

ブラックフリーザの強さやビルス、悟飯ビースト、身勝手の極意、我儘の極意などを比較するときもそうですが、刺激の大きなキーワードだけを見てしまうと、何について語られている評価なのかが見えにくくなります。

『約束のネバーランド』についても同じで、「アニメ全部がひどい」のか、「2期の一部分がひどい」のかを切り分けないと作品の実像をかなり見誤ります。

そこで今回は、年間数百本アニメや映画を見ている映像オタク目線から、原作改変、ゴールディ・ポンド編、ユウゴ、最終回、ネットでスライドショーと呼ばれた演出まで掘っていきます。

  • アニメ2期がひどいと言われる理由
  • 原作との違いやカットされた要素
  • 1期と2期で評価が分かれる理由
  • 原作漫画を読むなら何巻からか

『約束のネバーランド』のアニメがひどい理由

最初に押さえておきたいのは、ネット上の「ひどい」という評価が、アニメ1期と2期を同じ温度で批判しているわけではないことです。

むしろ1期は国内外でかなり好意的に受け止められ、AniListでも取得時点の平均評価は83点/100点でした。

この数値はあくまで一つのサービス上の一般的な目安ですが、少なくとも「シリーズ開始時点から評判が悪かった作品」という理解はズレています。

対象主な印象注目ポイント
アニメ1期高評価が目立つ心理戦・演出・緊張感
アニメ2期賛否が大きい原作改変・省略・展開速度

つまり、『約束のネバーランド』のアニメがひどいと言われる最大の火種は、ほぼ2期に集中しています。

2期がひどい

ぶっちゃけ、2期への不満を単純に「作画が悪くなったから」と説明すると、かなり本質を外します。

僕が一番気になるのは、物語を進める速度と、視聴者が感情を理解する速度が噛み合わなくなったことです。

1期では、エマたちが置かれている状況を一気に説明せず、視線、足音、廊下の奥行き、画面の外から聞こえる音などを使いながら少しずつ不安を増幅させていました。

特に面白いのがカメラ位置です。

キャラクターの顔を真正面から追うだけではなく、壁の陰や廊下の向こうから覗いているような構図が頻繁に使われ、「自分たちは見張られているかもしれない」という感覚を視聴者にも共有させています。

これがめちゃくちゃ効いているんすよ。

ところが2期では、扱わなければならない世界、人物、目的が一気に広がります。

本来なら立ち止まって人物関係を積み上げたい場面でも先へ進むため、視聴者側が「この人はなぜこう判断したの?」と飲み込む前に次の出来事が来る。

するとストーリー自体は進んでいるのに、体感としてはドラマが前に進んでいないように感じるんです。

2期への不満は映像品質そのものより、物語の積み上げを短縮した構成への不満が中心です。

ネット上でも「1期はかなり面白かったのに、その後で印象が変わった」という反応が見られます。

逆に、原作を知らずアニメだけを見るならテンポが速くて見やすかったという声もあります。

ここが面白いところで、情報量を減らしたことが全員にとってマイナスだったわけではありません。

ただ、原作で時間をかけて積み上げた感情まで一緒に圧縮してしまったため、原作ファンほど落差を感じやすかったわけです。

原作との違い

『約束のネバーランド』2期を語るうえで避けられないのが原作との違いです。

アニメ化では尺の都合によるカット自体は珍しくありません。

原作付き作品なら、何を残して何を削るのかはほぼ必ず発生します。

問題はカットした量ではなく、削った部分が物語の因果関係にどれくらい関わっていたかです。

『約束のネバーランド』の場合、原作中盤には単なる寄り道ではなく、エマたちの価値観や生存能力、外の世界に対する認識を変えていく過程があります。

2期ではその一部が大幅に省略され、人物の配置や展開も再構成されています。

そのため、同じ目的地へ向かっているように見えても、そこへ到達するまでの感情的な階段が少なくなっています。

映像作品って、ゴールだけ同じなら成立するわけじゃないんですよね。

例えば映画で、主人公が誰かを信頼する場面だけ残して、その前に何度も衝突した場面を全部消したら、結果は同じでも感情の意味が変わります。

『約束のネバーランド』2期で起きた違和感もかなりこれに近いです。

しかも本作は、キャラクターが頭を使って状況を突破していくこと自体が魅力です。

途中の試行錯誤を削るほど、「考えた末の選択」ではなく「話を進めるための選択」に見えやすくなります。

僕は原作改変そのものを悪だとは思っていません。

アニメならではの再構築が原作以上にハマる作品も普通にあります。

ただ、本作の場合は省略したことで失われた意味を、別の映像表現で補えていない場面が目立った。

ここにはあえて苦言を呈したいっすね。

炎上した理由

2期がここまで話題になった背景には、1期の完成度があります。

最初から期待されていなかった作品なら、多少の改変があっても「そういうアニメだった」で終わります。

でも『約束のネバーランド』は違いました。

1期で視聴者に「このスタッフなら先も映像化してくれる」という期待を持たせた。

だからこそ2期で原作の人気エピソードや人物が省略されたと分かったとき、単なる好みの違い以上の反応が起きました。

僕はこれ、飲食店でめちゃくちゃ美味しい前菜を出されたあと、メイン料理だけ高速で食べさせられる感じに近いと思っています。

素材が悪いわけじゃない。

盛り付けも悪くない。

でも「そこ、もっと味わわせてくれよ」という不満が残る。

さらにSNS時代は、一つの違和感が共有される速度がめちゃくちゃ速いです。

「あの場面なくなった?」という投稿をきっかけに、別の視聴者も「あれもない」「あの人物もいない」と気づいていく。

そうして個別の違和感が集合し、「2期そのものがおかしい」という大きな評価へ変わっていきます。

原作を知らない視聴者にはテンポの良さを評価する声もあるため、2期に対する評価が完全に一方向だったわけではありません。

Z世代って短い動画や倍速視聴にも慣れている世代ですが、それでもドラマの重要部分まで短くすれば快適になるわけではないんですよ。

情報を速く受け取ることと、感情を速く理解できることは別物です。

『約束のネバーランド』2期は、その差がかなり見えやすい作品だと思っています。

打ち切り疑惑

展開が急だったことから、「アニメは打ち切りになったのでは?」と考える人もいます。

ただし、ここは分けて考えたほうがいいです。

展開が駆け足だったことと、制作側が公式に打ち切りを発表したことは同じではありません。

少なくとも視聴者側から確認できる材料だけで、「打ち切りだったからこうなった」と断定するのは避けるべきです。

ネットでは、物語が急に完結方向へ進む作品に対して「打ち切りっぽい」という表現がよく使われます。

これは漫画でもアニメでも同じです。

ただ、それは作品を見た人の体感を表した言葉であって、制作事情を証明するものではありません。

僕自身、2期を見たときに「もう少し話数があったら全然印象が違ったやろ」と感じる部分はありました。

でも制作スケジュール、予算、放送枠、企画上の判断など、外から見えない事情を勝手に決めつけるのは別の話です。

「展開が速い=打ち切り」と断定する根拠にはなりません。

制作事情について公式発表がない部分は、推測と事実を分けて見る必要があります。

このあたりは作品批評でもかなり大事です。

映像を見て「ここは急だ」と批評することはできます。

でも「なぜ急になったのか」という制作現場の事情までは、確認できる材料がなければわかりません。

わからないものは、わからない。

そこは普通に線を引いたほうがフェアです。

ユウゴ未登場

原作ファンから特に名前が挙がるのがユウゴです。

細かな内容には触れませんが、原作においてユウゴは単なる追加キャラクターではありません。

エマたちとは異なる経験を持った人物が存在することで、外の世界が「子どもたちだけで攻略できる冒険フィールド」ではないことを体感させる役割があります。

ここ、かなり重要なんすよ。

1期のエマたちは知性と団結力によって閉ざされた環境へ挑みます。

でも外へ出たあとまで同じ成功体験だけで進んだら、世界が広くなった意味が薄くなります。

そこで、自分たちとは違う価値観や経験を持った人物と接触することで、主人公側の正義や理想も試されていく。

ユウゴの存在には、そうした物語上の機能があります。

僕はこれ、就活して会社に入ったときとちょっと似ていると思っています。

学生時代は自分たちなりのルールで動けても、仕事を始めた瞬間に経験年数も価値観も違う人たちとぶつかる。

そのとき初めて、自分の考えが世界の標準ではなかったと気づくんですよね。

ユウゴのような人物がいることで、エマたちにも同じ種類の摩擦が生まれます。

だから未登場になった影響は、「人気キャラを一人カットした」という話だけではありません。

主人公たちの理想を外側から揺さぶる視点そのものが減ったことが大きいです。

2期で人物の関係性がどこか一直線に見える瞬間があるのは、このあたりも関係していると僕は見ています。

GP編カット

原作ファンの不満を象徴するもう一つの話題が、GPことゴールディ・ポンド編のカットです。

重要な展開には触れませんが、GP編は『約束のネバーランド』という作品のジャンル感が一段階変化するエピソードです。

1期は閉鎖空間を利用した心理サスペンスの色が濃く、音を立てるだけでも緊張につながる作品でした。

一方、世界が広がっていく原作中盤では、頭脳戦だけでは解決できない状況が増えていきます。

その変化を体験させるうえでGP編はかなり重要です。

しかも映像オタクとしては、ここをアニメーションで見たかった気持ちがデカい。

閉鎖されたハウスでは固定カメラ的な構図や長い廊下が映えましたが、別の環境なら空間全体を利用したカメラワーク、人物の移動、視線誘導、音響による距離感など、まったく違う演出が使えます。

つまりGP編はストーリーだけでなく、アニメ版が1期とは別タイプの映像演出へ進化できる場所でもあったんです。

そこが丸ごと近い形で省略されたため、「原作の人気エピソードを見られなかった」という残念さ以上に、「アニメとして次のステージへ行く瞬間を見られなかった」という物足りなさがあります。

もちろんテレビアニメには尺があります。

全部映像化していたら何クール必要だったのかという問題もある。

それでも、GP編で育つはずだった経験まで後半の展開へ持ち込めなくなったため、その後のエマたちの変化が急に見えてしまう。

ここが2期全体の速度問題にもつながっています。

『約束のネバーランド』のアニメは本当にひどい?

ここまで2期への苦言をかなり書きましたが、『約束のネバーランド』のアニメ全体を「ひどい作品」と断定するのは違います。

むしろ1期は、漫画のコマをそのまま動かすのではなく、映像と音によって原作の不安感を再設計した完成度の高いアニメです。

だからこそ2期との落差が目につきます。

ここからは最終回への反応、スライドショーと呼ばれた演出、1期が評価された理由まで見ながら、アニメ全体としてどこまで評価すべきなのかを掘っていきます。

最終回がひどい

2期の中でも、とりわけ意見が集中したのが最終回です。

細かな結末には触れませんが、最大の問題は「何が起きたか」ではなく、そこへ至る過程を視聴者が十分に体験できなかったことだと思っています。

物語の終盤では、それまで提示されてきた問題に答えを出す必要があります。

でも良い最終回って、答え合わせをするだけじゃないんですよ。

視聴者が「あのときの出来事があるから、この選択になったんだ」と感情を接続できる時間が必要です。

2期の終盤では扱うテーマと出来事がかなり多く、それらを限られた時間で着地させています。

その結果、一つの出来事から次の出来事へ移るまでの余白が少ない。

映画で言えば、本来なら人物の表情を数秒残すべき場所で、そのまま次のカットへ切り替わってしまう感覚です。

僕はアニメを見ていて、派手なカットより「何も起きない数秒」をかなり重要視しています。

人間って重大な出来事が起きた瞬間に、即座に感情を言語化できるわけじゃないですからね。

仕事でも人間関係でも、あとから「あのとき本当はショックだったんだな」と気づくことがあります。

ドラマも同じです。

人物と一緒に感情を飲み込む時間があるから、その後の決断に重みが出る。

2期最終回は、その時間をもう少し見たかったっすね。

最終回への不満は結末そのもの以上に、そこへ到達するまでの過程が短く感じられた点にあります。

スライドショー

最終回について調べると出てきやすいのが「スライドショー」という言葉です。

これは終盤で、本来なら長い尺を使えそうな出来事を静止画に近い連続した映像で見せる場面があることから使われている表現です。

ただし、モンタージュや静止画演出そのものがダメなわけではありません。

ここ、めっちゃ大事です。

映画でもアニメでも、短いカットを連続させて時間経過を見せる手法は普通にあります。

むしろハマればものすごくエモい。

例えば視聴者が何十話も見てきた人物たちのその後を短い映像で見せれば、一枚の絵だけでも過去の記憶が勝手に蘇ります。

問題は、視聴者がまだ十分に体験していない出来事までモンタージュで処理してしまったことです。

これはSNSのダイジェスト動画にちょっと似ています。

旅行へ行った本人なら10秒の映像を見るだけで、その日の匂いや会話まで思い出せる。

でも、その旅行に参加していない人が10秒のまとめだけ見ても、「いろいろあったんだな」で終わります。

2期終盤の一部もこれに近い。

原作を読んでいる人なら絵を見て、その裏にある物語を補完できます。

一方でアニメだけを見てきた人には、情報のダイジェストとして届きやすい。

だから「スライドショー」という批判がここまで残ったのだと思っています。

映像を短くしたことではなく、短くしても成立するだけの共有体験が先に存在していなかった。

映像演出として見ると、そこが一番惜しいです。

1期は高評価

ここまで読むと2期ばかり気になってしまいますが、1期の出来はマジで別枠として語りたいです。

アニメ1期は2019年1月から3月にかけて全12話が放送され、CloverWorksがアニメーション制作を担当しました。

AniListではデータ取得時点で平均83点/100点となっており、あくまで一般的な目安ではあるものの、海外を含めて支持されたことがうかがえます。

僕が特に好きなのは、心理戦をセリフだけで説明しなかったところです。

カメラを人物の背後に置いたり、扉や壁を画面手前に入れたりすることで、フレームそのものを「檻」にしています。

キャラクターが自由に動いているように見えて、画面構成では常に何かに囲まれている。

この映像設計が作品テーマとめちゃくちゃ相性いいんですよ。

さらに音響も面白いです。

静かな場面ではBGMで感情を説明しすぎず、足音や物音を目立たせることで、視聴者自身に「何か来るのでは」と想像させます。

ホラーって怪物を画面中央に映すより、「いるかもしれない」と想像させる時間のほうが怖かったりします。

『約束のネバーランド』1期は、その原理をサスペンスへ持ち込んでいるんです。

そしてエマ、ノーマン、レイの会話も、単に天才キャラが知識を披露する構造にはなっていません。

同じ目的を持っていても、何を優先するかが少しずつ違う。

だから会話そのものが作戦会議であると同時に、人間関係のドラマにもなっています。

1期は作画枚数の派手さより、構図・音響・間を使って心理戦を映像化した点が見どころです。

なので「『約束のネバーランド』のアニメはひどいらしいから見なくていい」と1期まで飛ばしてしまうのは、さすがにもったいないです。

漫画は何巻から

アニメを見て「原作ではどうなっていたの?」と気になった人は、漫画へ進むのもかなりアリです。

1期の続きから読みたい場合は、コミックス5巻の途中以降が一つの目安になります。

ただし、僕なら5巻の最初から読むことをおすすめします。

アニメ1期は完成度が高いものの、漫画とアニメでは情報の見せ方が違うため、少し前から読み直したほうが流れを掴みやすいからです。

さらに2期との違いを知りたいなら、なおさら1期終了付近から原作へ切り替えたほうが面白いです。

ゴールディ・ポンド編やアニメで登場しなかった人物だけを確認するのではなく、「なぜその人物やエピソードが必要だったのか」まで分かります。

ここが原作を読む最大のメリットです。

アニメ2期だけを見ると、終盤で突然決断したように見える部分でも、原作ではその前に経験が積み重なっています。

要するに原作を読むと、アニメで省略された「答え」ではなく、「答えにたどり着く計算式」を見られるんです。

僕は原作とアニメを比較するとき、どちらが正解かを決めるより、媒体ごとに何を得て何を失ったかを見るのが好きです。

『約束のネバーランド』の場合、1期は漫画の心理描写を映像的な緊張へ置き換えることにかなり成功しています。

一方で2期では、尺を短縮したことで原作の積み重ねまで薄くなった。

両方を見ると、「原作に忠実なら正義」という単純な話ではないことも見えてきます。

なお、コミックスの販売状況や電子版の取り扱いは時期によって変わる場合があります。

正確な情報は公式サイトをご確認ください。

購入費用や各サービスの契約について判断に迷う場合は、必要に応じて最終的な判断を専門家にご相談ください。

『約束のネバーランド』のアニメはひどい?

最後にまとめます。

『約束のネバーランド』のアニメがひどいと言われる理由を追っていくと、作品全体の品質よりも、2期で行われた大幅な省略と展開速度への不満が中心にあります。

  • 批判の中心は主にアニメ2期
  • 原作の中盤エピソードが大きく省略されている
  • ユウゴが登場せず人物関係の厚みが減った
  • GP編カットへの不満が原作ファンから大きい
  • 最終回は過程より結果を急いだ印象が残る
  • スライドショーと呼ばれる終盤演出も賛否を呼んだ
  • 打ち切りだったと断定できる材料はない
  • 1期は心理戦と映像演出の完成度がかなり高い
  • 原作を読むなら5巻付近からが一つの目安

個人的には、2期に対する「ひどい」という意見には納得できる部分があります。

特に原作でキャラクターの価値観を変えていく重要な過程まで短縮したことで、後半の選択に必要な感情の蓄積が足りなく見えたのは惜しいです。

ただ、それを理由に1期までまとめて低評価にしてしまうのは違います。

むしろ1期がかなり良かったからこそ、2期との落差がここまで語られているんですよね。

『約束のネバーランド』1期は、派手なアクションに頼らず、画面の奥行き、人物の視線、音の空白まで使って観客を追い込んでいくタイプのサスペンスです。

この映像設計は今見ても普通に面白いっす。

そして2期まで見てモヤモヤした人ほど原作を読んでみると、「ここが抜けていたからあの展開が急に感じたのか」と発見があります。

『約束のネバーランド』のアニメは全部がひどいのではなく、1期の完成度に対して2期の構成が追いつかなかった作品というのが、僕の評価です。

完璧なアニメ化ではありません。

でも1期で見せた映像表現まで消えるわけでもない。

この極端な落差まで含めて語りたくなるところが、『約束のネバーランド』というアニメの面白さなのかもしれません。

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