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『食戟のソーマ』はひどい?後半失速と最終回を検証

アニメ・漫画

皆さんは『食戟のソーマ』という作品を知っていますか?

料理漫画なのに、やっていることはほぼ少年バトル漫画。

料理の香りや食感をド派手なリアクションへ変換し、学園内の勝負をトーナメント級の熱量で見せてくる作品として、序盤からかなり独特なポジションを築いていました。

ところが検索すると、『食戟のソーマ』はひどい、後半はつまらない、最終回がひどい、打ち切りだったのでは、といったワードがかなり目立ちます。

ちなみに検索というものは極端な答えを求めがちで、ブラックフリーザの強さを調べても、ビルスとの比較、身勝手の極意の悟空や我儘の極意のベジータ、悟飯ビースト、ゴジータとの比較まで一気に出てきますよね。

『食戟のソーマ』もそれと似ていて、ひどいのか面白いのかという二択だけで判定すると、この漫画が途中までなぜあれほど読ませる作品だったのかを見落としてしまいます。

僕自身は、序盤から中盤にかけての『食戟のソーマ』は、料理漫画を少年ジャンプの勝負フォーマットへ変換した発明度の高い作品だと思っています。

その一方、終盤については「いや、そこでそっちに振るんかい」と言いたくなる部分も普通にあります笑。

この記事では重要なネタバレを避けつつ、なぜひどいという評価が生まれたのかを、展開の速度、ライバルの配置、料理勝負の見せ方、最終盤の着地から掘っていきます。

  • 後半がつまらないと言われる原因
  • BLUE編や才波朝陽への賛否
  • 打ち切り説と最終回への評価
  • それでも序盤が支持される理由

『食戟のソーマ』はひどいと言われる理由

まず押さえておきたいのは、『食戟のソーマ』に対する否定的な意見の多くが、作品全体ではなく後半から終盤へ集中していることです。

序盤からずっと評判が悪かった漫画なら話は簡単なのですが、本作はむしろ途中までの評価が高かったからこそ、終盤との落差が目立っています。

僕がいちばん大きかったと思うのは、料理勝負そのものが変化したことより、読者が料理勝負に納得するまでの手順が徐々に省略されていったことです。

ここを意識して読むと、「途中から別の漫画みたい」という感想が出てきた理由がかなり見えやすくなります。

項目内容
作品名『食戟のソーマ』
原作附田祐斗
作画佐伯俊
協力森崎友紀
掲載週刊少年ジャンプ
コミックス全36巻
連載開始2012年52号

作品の基本情報については、少年ジャンプ公式サイトの『食戟のソーマ』作品ページでも確認できます。

後半つまらない

『食戟のソーマ』の後半がつまらないと言われる最大の理由は、個人的には勝負の説得力を作っていた過程が短くなったことだと思っています。

序盤の料理対決では、課題が提示され、食材や設備などの条件があり、創真たちが何を考えているのかが少しずつ見えてきます。

読者はその情報を追いながら、「この材料でどう勝つんだろう」と予想できるんですよ。

つまり、ただ料理を眺める漫画ではなく、小さな推理ゲームでもありました。

ところが物語の規模が大きくなるにつれ、料理人の能力や肩書き、驚きの設定そのものが前へ出る場面が増えていきます。

すると読者が料理を理解して驚くのではなく、キャラクターが驚いているから、とりあえずすごい料理なのだと受け取る場面が増えてしまうんです。

これ、バトル漫画で考えると分かりやすいです。

序盤では技の仕組みや駆け引きを細かく描いていた作品が、後半になると必殺技の名前と大ゴマだけで決着するような感覚に近い。

佐伯俊先生の画力は最後まで見応えがあります。

料理の艶、湯気、断面、食材の質感など、静止画なのに温度を感じさせる表現はやっぱりうまいです。

だからこそ、絵の出力に対して物語側の「なぜこの料理なのか」が追いついていない瞬間が余計に目立つんすよね。

ネット上でも、遠月での学園生活やそれ以前の大きな対決まではかなり楽しめたものの、終盤で印象が変わったという感想があります。

つまり「後半つまらない」は、料理漫画でなくなったからというより、料理を使った頭脳戦として読める余白が減ったことへの反応だと僕は見ています。

主人公補正

主人公補正についても、『食戟のソーマ』では途中からよく指摘されるポイントです。

ただ、創真というキャラクターは最初から何でも成功する万能型ではありません。

序盤の創真が魅力的なのは、失敗や想定外の状況にぶつかったとき、そこから次の方法を探すところです。

成功した料理そのものより、「これダメだったのか。じゃあ次」という切り替えの速さが創真らしさだったんですよ。

だから初期は勝っても負けてもキャラクターが前へ進みます。

ゲームでいう経験値が毎回ちゃんと画面に表示されている感覚ですね。

しかし後半になるにつれて物語の速度が上がると、その試行錯誤を描けるページ数も減っていきます。

結果だけが早く提示される場面では、「創真なら何とかする」という物語上の信用が、そのまま答えになってしまうことがあります。

ここで問題なのは、主人公が活躍すること自体ではありません。

読者が答えを見る前に、創真と一緒に悩める時間が減ったことです。

僕は就活でも似た感覚がありました。

成功談だけ聞くと、「この人は最初からできる人だったんやろな」と感じるんです。

でも実際に聞いてみると、応募して落ちて、やり方を変えて、また失敗している。

人間って結果より途中を知った瞬間に急に身近になるんですよ。

創真も同じです。

途中の悪戦苦闘が見えるほど魅力的な主人公なので、そこが圧縮されると主人公補正に見えやすくなります。

BLUE編

BLUE編は、『食戟のソーマ』終盤を語るうえで避けられない章です。

ただ、ここでは重要な勝敗や結末には触れません。

僕が気になったのは、物語の舞台が変わったこと以上に、作品のリアリティラインが一段階ズレたことです。

もともと本作は十分ぶっ飛んでいます。

料理を食べた瞬間に服が吹き飛ぶようなリアクションをする漫画なので、今さら現実的な料理漫画だと言うつもりはありません笑。

でも序盤の荒唐無稽さには、一つ土台がありました。

料理自体は「頑張れば現実にもありそう」と感じられる範囲に置かれていたんです。

その現実寄りの料理と、異常に派手なリアクションの落差が笑いにも興奮にもなっていました。

BLUE編では、このバランスが大きく変化します。

新たに登場する料理人や調理方法のインパクトがかなり前へ出るので、料理対決というより能力バトルを見ている感覚へ近づきます。

漫画の画面作りも、それまでの「料理の寄り→審査する人物の表情→説明→ページをめくって完成形」という気持ちいい流れより、まず大ゴマで驚かせる演出が目立つようになります。

映画でいうなら、脚本で伏線を積んで爆発させるタイプから、予告編に使えるショットを連続で置いていくタイプへの変化に近いです。

派手なので瞬間的には楽しい。

でも長く追ってきた読者ほど、「僕が見たかった食戟ってこれだっけ?」となりやすい。

BLUE編そのものが完全にダメというより、それまで読者が学習してきた楽しみ方を急に変更したことが賛否を生んだのだと思います。

才波朝陽

才波朝陽も、終盤への評価を大きく分けたキャラクターです。

キャラクター単体で見ると、終盤の壁として必要な要素はかなり持っています。

存在感もあるし、創真とは違う思想を持ち、物語を動かす役割も与えられています。

問題は、登場するタイミングです。

『食戟のソーマ』には、創真と一緒に長い時間を過ごしてきた同級生や先輩、料理人が大量にいます。

読者側には、彼らに対する感情の貯金がもう何年分もあるわけです。

そこへ終盤になって新しい人物が入り、物語の中心付近へ一気に移動すると、どうしても既存キャラクターとの温度差が出ます。

これ、ドラマでもよくあるんですよ。

シーズン終盤で新キャラを投入しても、その人物との思い出が視聴者にはありません。

脚本上では重要人物でも、感情としては昔からいる脇役のほうを応援したくなる。

才波朝陽に対する反発も、設定そのもの以上にこの問題が大きい気がします。

ネット上で見かける「急に出てきた人物へ尺を使いすぎ」という不満も、まさにそこです。

僕ならもう少し早い段階から存在だけ匂わせます。

姿を見せなくても、名前や噂だけ何度か置いておく。

映像作品なら背景のニュース映像に一瞬出す程度でもいいです。

そうすれば登場した瞬間に「あいつか」となる。

才波朝陽はインパクト不足というより、読者と関係を作る助走が足りなかったキャラクターだったと思っています。

最終回ひどい

『食戟のソーマ』の最終回がひどいと検索される理由も、単純にラストの内容だけを見て判断すると少しズレます。

ここで重要なのは、本誌での連載終了部分だけで作品の最後を判定しないことです。

コミックス36巻には、本編後を補う「Le dessert」が収録されています。

そのため最終盤を読むなら、36巻の最後まで含めて受け取ったほうが作品が目指した着地点は分かりやすいです。

とはいえ、全部読んだうえでも不満が残る読者がいるのは分かります。

理由は、物語が積み上げてきた大きな問いに対し、余韻を残すタイプの答えが多いからです。

創真がどこまで到達したのか。

遠月で築いた人間関係はどうなっていくのか。

えりなとの関係をどう見るのか。

長期連載を追いかけた読者ほど、「そこはもっとハッキリ見せてくれよ」と感じるポイントが出てきます。

ぶっちゃけ僕も、もう少しページが欲しかったです。

『食戟のソーマ』って、料理を通じて人間関係が変わっていく漫画だったじゃないですか。

だから最後も巨大な事件を追加するより、キャラクター同士が同じテーブルを囲む時間をもっと見たかった。

派手な必殺料理を一つ追加されるより、田所やタクミたちが今どんな料理を作っているのかを数ページ見るほうが、この作品の場合は効くんですよ。

最終回がひどいという反応の正体は、嫌いだからではなく、もっとこのキャラクターたちを見ていたかったという未練もかなり混ざっていると思います。

『食戟のソーマ』ひどい評価を徹底検証

ここからは「ひどい」という感情だけではなく、実際に何が事実として確認でき、どこからが読者側の評価なのかを見ていきます。

特に打ち切り説、終わり方、えりなとの恋は、検索結果だけ追うと断定的な情報が混ざりやすい部分です。

長期連載作品の終盤は、作品そのものへの評価と「自分が期待していた終わり方だったか」がかなり混ざります。

そこを分けて考えると、『食戟のソーマ』が途中で何を失い、逆に最後まで何を残していたのかが見えてきます。

打ち切り理由

まず「『食戟のソーマ』は打ち切りだったのか」という疑問ですが、ここは断定しないほうがいいです。

公式に確認できる範囲では、36巻で作品が完結したことは分かります。

一方で、「人気低下が原因で編集部から打ち切られた」といった事情まで公式に明言された一次情報は確認できません。

打ち切り説と連載終了の事実は別物です。

終盤の展開が速かったことだけを理由に、編集部都合の打ち切りだったと断定するのは避けたほうがいいです。

では、なぜこれほど打ち切りという言葉が検索されるのでしょうか。

一つは終盤の速度です。

新しい人物、新しい大会、新しい関係性が短い期間に次々入ってくるため、読者からすると「残り時間が少ない作品の進み方」に見えます。

そしてもう一つが、長年積み上げてきたキャラクター全員へ十分な見せ場を渡す前に、本筋が最終地点へ向かったこと。

この二つが重なると、読者は作品の事情を知らなくても「終わらせるよう言われたのでは?」と想像します。

ただし、それはあくまで作品を読んだ側から生まれる推測です。

僕は漫画でも映画でも、制作事情を作品内のテンポから断定するのは危ないと思っています。

90分映画のラスト20分が駆け足でも、撮影トラブルだったのか、編集判断だったのか、最初からその脚本だったのかは画面だけでは分かりません。

『食戟のソーマ』についても同じです。

なので「打ち切り理由」を探すより、終盤がなぜ打ち切りのように感じられたのかを見るほうが作品批評としては面白いです。

終わり方

『食戟のソーマ』の終わり方については、かなりジャンプ漫画らしい部分と、意外とジャンプ漫画らしくない部分が同居しています。

長期連載の少年漫画では、ラスボスを倒す、夢を達成する、数年後を描くなど、大きなゴールを画面にはっきり置く作品が多いです。

『食戟のソーマ』にも大きな区切りはあります。

しかし、それだけで「これですべて終了」という感触にはしません。

創真にとって料理は、頂上へ到達したら終了する競技ではないからです。

誰かに食べてもらい、反応を受けて、また作る。

この循環がずっと続いていきます。

僕はこの発想自体はかなり好きです。

仕事も似ていて、内定を取ったら人生クリアではないし、会社に入ったら次の課題が始まります。

Z世代って「正解のルートを選ばなきゃ」と焦りがちですが、実際は選んだあとも延々アップデートなんすよね。

創真の料理観には、その感覚があります。

ただ、物語として考えると別問題です。

人生が続いていくことと、読者に満足できるラストを渡すことは同じではありません。

終わりを開いたままにするなら、その直前で感情的な決着をもう一段見せる必要があります。

『食戟のソーマ』はそこが少し薄い。

そのため「まだ続きがあるように見えるのに終わった」という感覚が残りやすく、評価が割れたのだと思います。

えりなとの恋

創真とえりなの関係については、恋愛漫画として決着を求めていた人ほどモヤモヤしやすいです。

ただ、この二人って最初から典型的なラブコメの距離感ではありません。

料理人として互いの価値観へ侵入していく関係なんですよ。

だから会話で気持ちを説明するより、料理への反応がそのまま関係性の変化になっています。

ここは『食戟のソーマ』らしくて僕は好きです。

初期のえりなは、料理を評価する側に立っています。

対して創真は、評価されても簡単には態度を変えません。

この二人の面白さは、恋愛イベントを積むことではなく、料理に対する価値観の距離が少しずつ変わることにあります。

ただし長期連載になると、読者側にも期待が積み上がります。

何年も二人を見ていれば、「最終的にこの関係は何なの?」という答えが欲しくなるのは当然です。

そこで明快な恋愛漫画的ゴールを期待すると、物足りなさは残ります。

創真とえりなの関係は、恋愛だけで読むより「料理人として互いをどう変えたか」を意識すると見え方がかなり変わります。

僕自身、人間関係って名前がついた瞬間より、その前の時間のほうが面白いと思うタイプなんですよ。

友達なのか、ライバルなのか、好きなのか、自分でも分からない。

その曖昧さには現実っぽさがあります。

とはいえ漫画として「もっと先を見せてくれ」という読者の気持ちもめちゃくちゃ分かる。

ここは好みが真っ二つになる部分ですね。

序盤は面白い

ここまでかなり苦言を呈してきましたが、『食戟のソーマ』は序盤が普通にめちゃくちゃ面白いです。

というか、終盤への不満がここまで語られるのは、序盤で読者をガッツリつかんだからなんですよ。

初期の何がうまかったのか。

僕は料理漫画と少年バトル漫画の文法をほぼ完全に接続したことだと思っています。

敵が現れる。

課題が提示される。

使える材料や時間に制限がある。

創真が一見不利な状況へ追い込まれる。

そこから既存の技術を少しズラして攻略する。

これ、構造だけ抜けば完全にバトル漫画です。

ただし殴り合いではないので、腕力の差だけでは決まりません。

高校生でも一流料理人へアイデアで食らいつける。

この仕組みが創真という主人公にめちゃくちゃ合っていました。

さらに佐伯俊先生のコマ割りがうまい。

料理を最初から全部見せず、手元、湯気、食材、審査員の視線と細かくカットを刻み、ページをめくったところで料理の全景を出す。

映像でいうインサートカットとリアクションショットを漫画のページ送りへ変換しているんですよ。

そして食べた瞬間だけ、現実の画面から一気に妄想世界へ飛ぶ。

このトランジションがあるから、例のお色気リアクションもただのエロ要素ではなく、味覚を視覚化する装置として機能します。

もちろん苦手な人がいるのも分かります。

ネット上でも「脱衣リアクションがなければもっと好き」という感想は普通に見かけます。

でも、その悪ふざけ寸前の演出と料理への妙な本気度が共存していたことこそ、『食戟のソーマ』の個性でした。

序盤はその配合が絶妙なんです。

漫画の評価

漫画全体の評価を見ると、『食戟のソーマ』を単純な失敗作として扱うのはかなり乱暴です。

作品データベースAniListでは平均評価が74点前後となっており、少なくとも作品全体が一方的に低評価という数字ではありません。

ただし、こうしたユーザー評価は登録者層や集計時期によって変動します。

数値はあくまで一般的な目安として見るのがおすすめです。

ネット上の感想を見ても、「料理バトルという発想が新鮮」「創真のキャラクターが良い」「料理の絵を見ると腹が減る」といった好意的な声はかなりあります。

一方で、後半については「途中まで好きだった」「終盤で方向性が変わった」という反応も目立ちます。

この評価の割れ方が面白いんですよ。

普通、本当に合わなかった漫画なら途中で読むのをやめて終わります。

でも『食戟のソーマ』の場合、「途中まで最高だったのに」という枕詞が付きやすい。

これは裏返すと、読者の期待値をかなり高い位置まで持っていった作品だったということです。

映画でも同じで、最初から普通だった作品より、前半80点だった作品が後半60点になったほうが観客は怒ります。

落差を体験してしまうからです。

僕の評価もかなり近いですね。

序盤から中盤はジャンプ漫画としてかなり好き。

終盤は「あれをもっと見たかった」「この人物にも尺が欲しかった」が大量に残る。

でも36巻を全部なかったことにしたいかと言われたら、全然そんなことはありません。

むしろ惜しい。

この「惜しい」が、『食戟のソーマ』に対するネット上の評価をいちばん正確に表している気がします。

『食戟のソーマ』ひどい

結局、『食戟のソーマ』がひどいと言われる理由は、作品全体の完成度が低かったからというより、序盤で完成していた勝ちパターンを終盤で大きく変えたことにあります。

  • 後半は料理勝負の過程が短くなりやすい
  • BLUE編では作品のリアリティラインが変化した
  • 才波朝陽は登場時期による温度差が大きい
  • 最終盤は恋愛や仲間のその後に余白が多い

だから「『食戟のソーマ』はひどいらしいから読む価値がない」と判断するのは、かなりもったいないです。

序盤の料理バトルは今読んでもテンポがいいですし、料理を必殺技のように見せる佐伯俊先生の画面作りは唯一無二。

ページをめくる動作そのものを演出へ組み込んだ料理披露シーンは、映像オタク目線で読んでもめちゃくちゃ楽しいです。

一方、最後まで完璧だったかと聞かれれば、僕は普通に「いや、気になるところはあるっすね」と答えます。

特に終盤は、既存キャラクターとの時間を削ってまで新しい要素を増やす必要があったのか、今でも疑問は残ります。

でも、その不満まで含めて語りたくなる漫画なんですよ。

本当に興味を失った作品なら、最終回から何年も経って「どこから面白くなくなったのか」なんて議論されません。

好きだったからこそ納得できない。

期待していたからこそ文句が出る。

『食戟のソーマ』に付いて回る「ひどい」という言葉には、そんなファン心理がかなり含まれていると思います。

僕の結論は、終盤には賛否が出るものの、『食戟のソーマ』全体をひどい作品と切り捨てるのは違う、です。

特に序盤から中盤の料理バトルは、本作ならではの魅力が詰まっています。

最終盤まで読む場合は、本誌掲載時の印象だけではなく、コミックス36巻に収録された追加エピソードまで含めて判断するのがおすすめです。

作品情報や刊行状況は変更される場合があるため、正確な情報は公式サイトをご確認ください。

また、電子版などの購入条件や契約に関する最終的な判断は、必要に応じて販売元や専門家にご相談ください。

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