皆さんは『ホリミヤ』という作品を知っていますか?
2021年にテレビアニメ化された青春ラブコメで、堀京子と宮村伊澄を中心に、高校生たちの恋愛や友情、学校では見せない素顔を描いた作品です。
一方で検索すると、『ホリミヤ』のアニメはひどい、原作と違う、展開が早すぎるといった気になる言葉も出てきます。
特に原作を読んでからアニメを見た人ほど、エピソードの省略やキャラクター描写の変化にモヤッとした経験があるかもしれません。
ちなみに作品系の検索では、ブラックフリーザの強さやビルスとの比較、身勝手の極意や我儘の極意、悟空やベジータとの強さランキングなど、評価の理由まで知りたい検索が増えています。
『ホリミヤ』も同じで、単にひどいか面白いかだけではなく、なぜ評価が分かれたのかを見ると作品の印象がかなり変わるんすよね。
私は年間数百本のアニメや映画を見ていますが、『ホリミヤ』については作画が悪いから批判された作品だとは考えていません。
むしろ映像としての完成度はかなり高く、問題になったのは原作の膨大な時間を13話のテレビシリーズへ落とし込んだことによる構成の変化です。
この記事では重要なネタバレを避けながら、原作カット、展開速度、心理描写、サブキャラクター、2期にあたる『ホリミヤ -piece-』まで掘り下げます。
- 『ホリミヤ』のアニメがひどいと言われる理由
- 原作カットが与えた物語への影響
- 『ホリミヤ -piece-』が特殊な構成になった理由
- アニメから見る人と原作ファンで評価が変わるポイント
『ホリミヤ』のアニメはひどいと言われる理由
『ホリミヤ』への批判を見ていくと、作画崩壊や声優のミスマッチといったアニメそのものの品質より、原作をどのように13話へ圧縮したかという部分に意見が集中しています。
実際、CloverWorksによる映像は表情芝居や色彩設計が丁寧で、会話シーンでも画面を止めず、視線や距離、カットの切り替えで感情を伝える作りになっています。
だからこそ、私は『ホリミヤ』を単純に失敗作として扱うのは違うと思っています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 『ホリミヤ』 |
| 放送期間 | 2021年1月〜4月 |
| 話数 | 全13話 |
| ジャンル | 恋愛・コメディ・日常 |
| アニメ制作 | CloverWorks |
| AniList平均評価 | 81/100 |
AniListの評価数値は取得時点の参考値であり、視聴者層や集計時期によって変化するため、あくまで一般的な目安として見てください。
原作カット
『ホリミヤ』のアニメを語るうえで避けられないのが、原作エピソードがかなり省略されていることです。
原作は恋愛のゴールだけを追いかける漫画ではありません。
何気ない学校生活、友達同士のどうでもいい会話、恋愛とは直接関係のない出来事まで積み重ね、その中でキャラクター同士の距離が少しずつ変わっていく作品です。
ところがテレビアニメでは限られた話数の中で、堀と宮村の関係を中心とした大きな流れを優先しています。
結果として原作ファンから見ると、好きだった日常回がごっそり消えたように感じやすいんですよね。
ただ、ここはアニメ制作側の怠慢とは分けて考えたいところです。
テレビアニメには1話ごとの尺があり、13話という枠の中で視聴者が物語の到達点までたどり着ける形にしなければなりません。
全部入れようとすると、逆に各回がダイジェスト映像の連続になってしまいます。
そこで制作側は、堀と宮村の関係を一本の背骨として残し、それ以外の枝葉を大胆に落としたのだと私は見ています。
アニメ版の問題はカットしたこと自体より、原作では時間をかけて成立していた感情まで一緒に短縮されて見える場面があることです。
映像作品として見ると、この選択にはメリットもあります。
毎話ちゃんと関係が動くため、恋愛アニメでありがちな「いつまで同じところをグルグルしてるんや」という停滞感がかなり少ないです。
原作未読なら、このテンポを気持ちよく感じる人がいても全然おかしくありません。
反対に原作で何十話も一緒に過ごしたキャラクターを知っている人ほど、「そこ飛ばすの?」となる。
この視聴体験の差が、ひどいという検索につながった最大の理由の一つだと思います。
展開が早い
原作カットとほぼセットで語られるのが、展開の速さです。
『ホリミヤ』は序盤から人間関係がどんどん変化していきます。
一般的なラブコメなら何話も引っ張りそうな出来事を、意外なほどサクッと通過していく。
ここは個人的にかなり好きです。
恋愛アニメで「気持ちはどう見ても両想いなのに、作品の都合で永久に付き合わない」という状態を見ると、私はちょっと疲れるんすよね笑。
『ホリミヤ』はそこを過度に引き伸ばしません。
だから初見では、テンポがめちゃくちゃ気持ちいい。
しかし原作と比較すると話は別です。
漫画では日常回がクッションとなり、ある出来事から次の出来事へ進むまでに読者がキャラクターと一緒に過ごす時間があります。
アニメではそのクッションが少ないため、感情が変化する速度まで速くなったように見えることがあります。
これは編集でいうと、A地点とB地点は同じなのに、その間にあったカットを抜いたことで移動距離まで短く感じる状態です。
映画でも同じことが起きます。
人物が悩むカットを三つ重ねれば葛藤したように感じますが、一つにすれば即決したように見える。
脚本上では同じ出来事でも、映像の時間感覚はまったく違います。
原作未読者にはスピード感として機能し、原作ファンには駆け足に見える。
『ホリミヤ』の評価が割れやすいのは、この視聴前の経験差がかなり大きいです。
なので「展開が早い=出来が悪い」ではありません。
ただし、キャラクターの感情へじっくり入り込みたいタイプの人ほど、もう少し間が欲しかったと感じる可能性はあります。
心理描写不足
展開を圧縮した影響が最も出やすいのが心理描写です。
『ホリミヤ』の面白さって、実は設定だけを見るとかなりシンプルです。
学校では華やかに見える堀と、地味に見える宮村。
でも二人とも、人から見えている自分と本当の自分の間にズレがある。
そのズレを互いに知るところから関係が始まります。
私はここが『ホリミヤ』の核だと思っています。
単なる美男美女の恋愛ではなく、他人の前で演じている自分をどこまで降ろせるかという物語なんすよね。
Z世代ってSNSで自分を見せることが当たり前になった世代でもあります。
学校、バイト、就活、SNSで、それぞれ微妙に違う自分を使い分ける感覚はかなり身近です。
私自身も就活の面接で「理想の社会人」を演じて帰宅したあと、何をしゃべったか思い出せないくらい疲れた経験があります。
そういう意味では、宮村が自分を見せられる場所を見つける感覚はめちゃくちゃリアルです。
ただし、アニメでは物語を前へ進める必要があるため、人物が考えている時間や友人との細かなやり取りが短くなります。
その結果、ある感情に到達した理由が原作より唐突に見える場面もあります。
ここを「心理描写がない」とまで言うのは少し違います。
アニメ版はモノローグだけに頼らず、表情、視線、画面上の距離、光の変化で感情を見せる場面が多いからです。
特に石浜真史監督らしい画面作りでは、会話そのものよりカットの切り替え方で人物の心を見せる瞬間があります。
ただ、漫画の文章やコマ間から心情を拾っていた人には、その置き換えが十分ではない場面もある。
ここは私は擁護だけでは済ませたくないポイントです。
サブキャラ削減
個人的に一番もったいないと感じるのは、サブキャラクター周辺です。
『ホリミヤ』はタイトルだけを見ると堀と宮村の二人を中心とした作品に思えますが、原作の魅力はクラス全体へ人間関係が広がっていくところにもあります。
石川、由紀、仙石、レミ、桜、井浦、柳など、それぞれに恋愛以外の表情があります。
原作では「あ、この人ってこういう考え方をするんだ」という小さな発見が積み重なり、いつの間にかクラス全体へ愛着が湧いてくる。
テレビアニメではメインラインを優先したため、どうしてもその積み重ねが減っています。
だから人物によっては、登場しているのに深く知る前に次の話へ進んでしまう感覚が出ます。
これは群像劇として見るとかなり惜しいです。
映画やアニメでは、主人公以外の人物がちゃんと生活しているように見える作品ほど世界が広く感じられます。
逆に主人公が画面から消えた瞬間、世界まで停止しているように見える作品は舞台装置っぽくなる。
『ホリミヤ』の原作は前者なんです。
堀と宮村がいなくても、別の場所で友人たちの人生が普通に動いている。
そこが魅力なのに、1期では時間の都合で見えにくくなりました。
原作ファンが感じた不満の一部は、好きなキャラクターの扱いが悪くなったというより、その人物と過ごせる時間そのものが減ったことにあります。
ただ、この問題は後に『ホリミヤ -piece-』が作られたことでかなり面白い展開を迎えます。
普通ならカットされた話はそのまま映像化されず終わります。
そこへもう一度戻ってアニメにしたという事実自体、かなり珍しいケースなんすよね。
堀さんが苦手
ネット上の感想を見ると、堀京子の性格が苦手という意見も一定数あります。
これは作画や脚本とは別の話ですが、「『ホリミヤ』がひどい」という印象へつながることがあります。
堀は完璧な優等生ヒロインではありません。
感情的になることもありますし、嫉妬もする。
宮村との関係ではかなり癖のある一面も見せます。
そこをかわいいと感じる人もいれば、「いや、それはちょっと面倒くさくない?」となる人もいる。
ぶっちゃけ私も、全部の言動に共感できるわけではありません。
でも私は、そこがむしろ『ホリミヤ』らしいと思っています。
学校では美人で成績優秀で人気者。
そんな紹介だけなら、かなり記号的なヒロインです。
しかし家では生活感があり、怒るし、嫉妬するし、相手を困らせることもある。
外側の完璧さと内側の面倒くささが同居しているから人間に見えるんですよね。
現実の人間関係でも同じです。
仲良くなる前は欠点が見えないのに、距離が縮まるほど「この人こういうところあるんだ」と分かってくる。
恋人でも友人でも職場の同僚でも、距離が近くなるとはそういうことです。
ただし、アニメでは日常回の省略によって堀の穏やかな面や何気ない交流を見る時間も短くなっています。
そのため、癖のある言動だけが相対的に目立ってしまう瞬間があります。
原作なら十回の日常の中に一回ある言動でも、アニメで日常部分を五回カットすれば印象の比率は変わります。
キャラクターそのものが改変されていなくても、編集によって性格の見え方が変わる。
ここは映像化のかなり面白くて怖いところです。
『ホリミヤ』のアニメはひどいのか評価を検証
ここまで批判されやすいポイントを見てきましたが、では本当に『ホリミヤ』のアニメはひどい作品なのでしょうか。
私の評価はかなり明確で、アニメ単体の完成度は高い一方、原作の魅力を全部持ってくることはできなかった作品です。
特に映像、声優芝居、音響、キャラクターデザインには見どころが多く、低品質だから批判されたケースとはかなり事情が違います。
また『ホリミヤ -piece-』は、前作では描かれなかった原作エピソードを映像化するという特殊な位置づけになっています。
原作との違い
原作とアニメの最大の違いは、物語の目的地というより、そこへ到達するまでの時間です。
重要な出来事だけを並べれば大筋はつながっています。
しかし『ホリミヤ』という作品では、その間に挟まる何でもない時間がかなり大事です。
休み時間の会話。
友達同士のふざけ合い。
家族とのやり取り。
恋愛とは直接関係のない学校生活。
そういう場面があるから、重大なイベントが特別に見えます。
映画で例えるなら、ずっとクライマックスだけを見せられてもクライマックスには感じなくなるのと同じです。
静かなカットがあるから動くカットが映える。
日常があるから変化が効く。
原作はこの緩急をかなり長い時間軸で作っています。
一方のアニメはテレビシリーズとして毎話の推進力を求められるため、大きな出来事を近い距離に配置しています。
その代わり映像版には、漫画にはない魅力があります。
戸松遥さんと内山昂輝さんの芝居はかなり大きいです。
特に宮村は声を張って感情を説明するタイプではないため、内山さんの少し温度を抑えた声がキャラクターに合っています。
セリフそのものより、言葉を出すまでの一瞬の間が効いている場面もあります。
堀も戸松さんが明るさだけではなく、家でのラフさや感情的になる瞬間まで声色を細かく変えています。
漫画では読者が頭の中で補完していた温度が、声によって固定される。
アニメ化の価値って、こういうところにあるんすよね。
原作は人物と長く過ごす楽しさ。
アニメは感情が声と映像で立ち上がる楽しさ。
どちらが上というより、得意な部分が違います。
2期の構成
『ホリミヤ -piece-』を普通の2期だと思って見ると、かなり戸惑うと思います。
なぜなら1期は物語をかなり先まで描いているため、その続きをそのまま作るタイプの続編ではないからです。
『piece』では、1期で映像化されなかった学校生活や原作エピソードへ時間を戻ります。
これ、アニメの構成として相当変わっています。
普通の続編なら時間は前へ進みます。
でも『piece』は一度ゴールまで走ったあと、「さっき通り過ぎた道に面白い場所がいっぱいあったから戻ります」という作りです。
そのためストーリーの続きを期待して再生すると、「あれ、時間戻ってない?」となる。
ネット上でも、ショートコント集のように感じたという反応や、ラブ要素より日常コメディが前に出たという意見があります。
この感覚自体はかなり分かります。
1期は堀と宮村の関係を軸にした推進力がありました。
『piece』はその大きな推進力を必要としていません。
すでに人物関係を知っている視聴者へ向けて、「実はこんな日もありました」と空白を見せていくシリーズだからです。
なのでドラマの前進を求めると物足りない。
逆にキャラクターたちがただ遊んでいるところを見たい人には最高です。
私は『piece』を続編というより、1期というアルバムから抜けていた写真をあとから差し込む作品として見るのが一番しっくりきます。
そう考えると時系列が前後することにも意味が出てきます。
そして何より面白いのが、1期で原作カットを批判された作品が、そのカット部分を丸ごと新シリーズの存在理由へ変えたことです。
普通なら欠点として終わる部分を、数年後にコンテンツへ変えた。
制作の経緯として見るとかなり珍しく、私はここに『ホリミヤ』アニメ企画のしぶとさを感じます。
pieceの評価
『ホリミヤ -piece-』の評価が人によって変わるのは、求めているものがかなり違うからです。
1期を見て「この先の物語が見たい」と思った人にとっては、過去の空白へ戻る構成は肩透かしかもしれません。
一方で「もっと井浦や仙石たちの日常が見たかった」という人には、まさに欲しかったものが来た作品です。
実際、1期では限られていたサブキャラクター同士の会話が増えることで、クラス全体の空気がかなり変わります。
私はここが『piece』最大の魅力だと思っています。
1期ではストーリーのためにキャラクターが配置されている瞬間がありました。
『piece』では逆です。
ストーリーのほうが、キャラクターを遊ばせるために存在している。
だからくだらない会話も増えるし、ギャグの比率も上がります。
でも高校生活って、実際はそうなんすよね。
卒業して思い出すのは大事件だけじゃありません。
授業中に笑いをこらえたこととか、修学旅行でどうでもいい話をしたこととか、友達の家で何時間もくだらない話をしたこととか。
むしろそういう断片のほうが、何年か経って急に思い出したりします。
私も学生時代を振り返ると、テストの点数より放課後に友達とコンビニでしゃべっていた時間のほうが鮮明です。
『piece』はそこをアニメにした作品に近いです。
1期は恋愛ドラマとして見ると入りやすく、『piece』はキャラクターの日常へ愛着があるほど楽しみやすいです。
逆に1期のような大きな変化だけを期待すると、ギャグ寄りになったと感じるのも自然です。
私はこの賛否について、どちらかが間違っているとは思いません。
作品側が求めている鑑賞モードそのものが違うからです。
つまらない理由
『ホリミヤ』をつまらないと感じる理由には、原作カット以外にも作品そのものとの相性があります。
そもそもこの作品には、世界を揺るがす事件も、命を懸けた戦いも、毎話ひっくり返るような謎もありません。
高校生が恋をして、友達と話して、少しずつ関係を変えていく。
基本的にはそれだけです。
だから物語に大事件を求める人からすると、「何も起きない」と感じる可能性があります。
でも『ホリミヤ』の面白さは事件ではなく、距離なんです。
昨日まで名字で呼んでいた人との距離。
教室では話さなかった人との距離。
家族との距離。
友達だと思っていた相手との距離。
その数センチみたいな変化を楽しむ作品です。
映像でもカメラが人物へ急激に寄るより、二人を同じ画面へ置いて距離そのものを見せるカットが効いています。
だから派手な演出が少ない場面でも、人間関係を追っているとちゃんと変化があります。
逆にそこへ興味を持てないと、普通の高校生がしゃべっているだけに見える。
これは完全に好みです。
また恋愛作品としては関係が比較的早く動くため、「付き合うまでの駆け引き」を楽しみたい人にも意外と合わない場合があります。
ラブコメというと、告白するかしないかを延々楽しむ作品も多いです。
『ホリミヤ』はそこだけをゴールにしていません。
付き合うことより、付き合ったあとにどんな自分を見せられるかへ興味が向いています。
私はこの部分がかなり現代的だと思っています。
SNSで知り合うこと自体は簡単になった一方、素の自分まで見せられる相手を作るのは別問題です。
仕事でも学校でも、人間関係が増えたから孤独が消えるわけではありません。
『ホリミヤ』が描いているのは、その妙な矛盾なんすよね。
『ホリミヤ』アニメひどい
ここまで見てくると、『ホリミヤ』のアニメがひどいと言われる理由はかなり見えてきます。
原作エピソードの省略。
展開速度の上昇。
心理描写を味わう時間の減少。
サブキャラクターの日常の減少。
そして『ホリミヤ -piece-』の特殊な構成。
どれも実際に視聴すれば、そう感じる人がいること自体は理解できます。
だから私は「批判している人は作品を理解していない」とはまったく思いません。
原作が好きだったからこそ、アニメで見たかった場面がなくてガッカリすることもあります。
好きな作品ほど注文が増えるのはオタクあるあるっすね笑。
ただし、そこから「アニメとしてひどい」という結論まで一気に飛ぶのは、少し待ってほしいです。
映像面を見ると、CloverWorksらしい端正なキャラクター作画だけでなく、色彩、構図、視線、間を使って高校生の空気を作っています。
声優陣もキャラクターのテンションを大げさにしすぎず、日常会話として聞ける芝居をしています。
そして何より、恋愛作品でありがちな引き延ばしを避け、13話の中で一本の青春ドラマとして完走した。
私はここをかなり評価しています。
『ホリミヤ』はひどいアニメというより、原作の魅力を全部持っていけなかったことで「もったいない」と感じる人が出たアニメです。
原作未読の人なら、むしろ展開の速さは見やすさにつながります。
13話なのでまとまった時間がなくても完走しやすく、人物関係が毎話変化するため途中で停滞しにくいです。
逆にアニメを見て「もっとこのキャラたちの日常が見たかった」と感じたなら、それは作品が合っていた証拠でもあります。
その場合は『ホリミヤ -piece-』を見ると、1期では不足していた学校生活の感触をかなり補えます。
そして原作まで触れると、アニメでは点として描かれていた場面同士が線でつながる感覚も出てきます。
私は映像化作品を見るとき、原作再現率100%だけを正解にはしていません。
漫画とアニメは時間の流れ方が違うメディアだからです。
ただ、『ホリミヤ』の場合は切った部分に魅力がありすぎた。
そこが最大の苦言です。
それでも堀と宮村が他人には見せていない自分を少しずつ見せていく物語の芯は、アニメでもちゃんと残っています。
学校や仕事で人に合わせていると、「自分は結局どれが本当なんだろう」と思うことがあります。
でもたぶん、本当の自分が一個だけあるわけじゃないんですよね。
外で頑張っている自分も本物だし、家でダラけている自分も本物。
大事なのは、その両方を知ったうえで一緒にいてくれる人がいることなのかもしれません。
『ホリミヤ』が今も多くの人に刺さっている理由は、恋愛のキュンキュンだけではなく、その人間関係の感覚をかなり素朴に描いているからだと私は思っています。
なので検索で「『ホリミヤ』アニメひどい」という言葉を見て視聴を迷っているなら、その評判だけで切るのはかなりもったいないです。
原作ファンから不満が出た理由を知ったうえで見ると、むしろ「ここを13話でどう料理したのか」という映像化ならではの面白さまで見えてきます。
作品情報、放送情報、配信状況などは今後変更される場合があります。
正確な情報は公式サイトをご確認ください。
また、著作権やサービス利用規約など法的な判断が必要なケースでは、最終的な判断は専門家にご相談ください。
アニメ・映画が大好きで毎日色んな作品を見ています。その中で自分が良い!と思った作品を多くの人に見てもらいたいです。そのために、その作品のどこが面白いのか、レビューや考察などの記事を書いています。
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