皆さんは『銀河英雄伝説』という作品を知っていますか?
田中芳樹さんのSF小説を原作として、アニメ、漫画と何度も形を変えながら愛され続けてきた、日本のスペースオペラを代表する作品です。
ところが漫画版を調べていると、銀河英雄伝説の漫画はひどい、藤崎竜版はつまらない、キャラデザが合わない、といったかなり強めの評価が目に入ります。
これから読み始めたい人ほど、35巻まである作品に時間を使って大丈夫なのか不安になりますよね。
ただ、実際に藤崎竜版を読んでいくと、単純に出来の悪いコミカライズだから批判されている、という話ではないんです。
むしろ原作小説や旧アニメへの思い入れが極端に強いシリーズだからこそ、漫画独自のキャラクターデザイン、原作改変、テンポ、メカ表現が解釈違いとして目立ちやすい作品なんですよ。
この記事では、映像や漫画の演出を追いかけている僕tatamiが、なぜ銀河英雄伝説の漫画がひどいと言われるのか、藤崎竜版と道原かつみ版は何が違うのか、そして結局どんな人なら楽しめるのかまで掘っていきます。
- 藤崎竜版がひどいと言われる理由
- キャラデザや原作改変への評価
- 道原かつみ版との方向性の違い
- 藤崎竜版をおすすめできる読者
『銀河英雄伝説』の漫画がひどい理由
銀河英雄伝説の漫画がひどいと言われる話を追っていくと、批判の大部分は藤崎竜さんが描いた漫画版に向けられています。
ただし、その中身を細かく見ると、作画技術そのものが低いという話より、自分が知っている銀英伝と違うという違和感が中心なんです。
この違いを理解せずに評判だけを見ると、本当に読む価値のない作品に見えてしまいます。
まずは批判がどこから生まれたのか、一つずつ見ていきます。
藤崎竜版
現在、銀河英雄伝説の漫画と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、田中芳樹さん原作、藤崎竜さん漫画のバージョンです。
2015年に連載が始まり、最終的に全35巻まで刊行されました。
僕がこの漫画について一番面白いと感じるのは、いわゆる忠実なコミカライズを最初から狙っていないところです。
原作小説の文章を漫画のコマへ置き換えるのではなく、藤崎竜という漫画家の視覚言語に銀英伝を翻訳しているんですよね。
ここが評価を割った最大のポイントです。
藤崎竜さんといえば『封神演義』などでも分かる通り、人物の輪郭、衣装、表情、背景、小物に至るまで一目で作者が分かるほど癖があります。
それを銀英伝という極めて巨大な古典SFへ持ち込んだ。
そりゃ衝突します。
旧アニメ版の軍服や人物造形を頭の中で完成形として持っている人からすると、ページを開いた瞬間に「俺の知っている銀英伝じゃない」と感じても不思議ではありません。
しかし、新規読者側から見ると話は逆です。
長大で難しそうな銀英伝へ入るための入り口として、キャラクターの表情が大きく、漫画的なメリハリがあり、人物同士を視覚的に判別しやすい藤崎版はかなり読みやすい。
藤崎竜版の評価を分ける核心は、完成度よりも銀英伝に何を求めるかです。
歴史書のような重厚さを求めるほど違和感が出やすく、漫画としての勢いや視認性を求める人ほど入りやすくなっています。
漫画版は238話、全35巻というかなりの長期作品になりました。
しかも原作の終盤まで漫画として完走しています。
長編SFをここまで視覚化した時点で、ひどいの一言だけで処理するにはデカすぎる仕事なんすよ。
刊行状況などの正確な情報については、(出典:週刊ヤングジャンプ公式サイト)もあわせて確認してください。
キャラデザ
藤崎竜版への批判で最も分かりやすいのがキャラデザです。
銀英伝には軍人、政治家、貴族、官僚など、とにかく大量の人物が登場します。
しかも作品の性質上、制服や軍服を着た成人男性がかなり多い。
普通に描けば、漫画では顔と名前を覚えるだけで疲れます。
そこで藤崎版は、髪形、シルエット、体格、服飾、表情をかなり大きく振り分けています。
つまり漫画として考えると、キャラデザが派手なのにはちゃんと機能的な理由があるんです。
ただ、これが銀英伝という作品の従来イメージとぶつかりました。
旧アニメ版は軍人としての統一感を残しながら、声優の演技や芝居、微妙な表情差で人物を分ける方向でした。
対して漫画は静止画です。
声も動きもありません。
なので一コマ見ただけで誰なのか分からせる必要がある。
藤崎版の装飾性は、漫画媒体に合わせた情報設計でもあると僕は見ています。
とはいえ、ここはあえて苦言もあります。
人物によってはデザインの癖が先に目へ飛び込んできてしまい、その人物が持つ思想や立場よりビジュアルの奇抜さを意識してしまう瞬間があります。
銀英伝って、本質的には誰の髪形が派手かを楽しむ作品ではなく、思想や政治制度、人間の判断が歴史を動かす物語です。
だからデザインが前へ出すぎると、読者によってはノイズになる。
ここは好みで片付けられる部分ではあるものの、旧アニメや原作から入った人が戸惑う気持ちはめちゃくちゃ分かります。
僕自身、映像作品を見るときも美術設定や衣装設計に意味を探すタイプなので、最初は「そこまで盛るんや」と思う人物もいました笑。
でも読み続けると、大人数を瞬時に識別させる漫画的なメリットも見えてくるんですよね。
原作改変
銀英伝のような原作ファンが多い作品で最も火種になりやすい言葉、それが原作改変です。
藤崎版では人物の見せ方、エピソードの配置、出来事へ至る過程などに漫画独自の解釈があります。
原作と同じ台詞を同じ順番で並べるだけの漫画化ではありません。
このため、原作小説を何度も読んでいる人ほど「なぜここを変えたの?」という感覚が生まれやすいです。
ただ、原作改変という言葉だけで悪と決めるのはちょっと違います。
小説と漫画では、読者が情報を受け取る速度がまるで違うからです。
小説なら数ページを使って政治状況や人物の思考を説明できます。
漫画で同じ密度の文章を吹き出しへ詰め込んだら、今度は絵付きの資料集みたいになってしまいます。
だから漫画では、思想を表情へ置き換える、説明を場面へ変換する、複数の情報を一つの画面へ圧縮する、といった作業が必要です。
映像でいうなら脚色と編集ですね。
映画化で原作小説の全文章をナレーションにできないのと同じです。
僕は原作付き作品を見るとき、変更されたかどうかより、なぜ変更する必要があったのかを見るようにしています。
その意味で藤崎版には、漫画として視線を止めないための変更がかなりあります。
一方で、原作の乾いた政治劇や歴史の皮肉が好きな人には、漫画的に感情を強調した場面がやや説明的に映ることもあります。
原作と漫画の差をそのままミスと考えると、藤崎版はかなり評価しづらい作品です。
反対に、一つの翻案として見ると、変更点そのものが読みどころになります。
僕らZ世代って、漫画からアニメへ入ったり、映画から原作へ戻ったり、入口をかなり自由に行き来します。
だから個人的には、最初に触れた媒体だけを正解にしてしまうより、媒体ごとの翻訳差を楽しんだほうがお得だと思っています。
漫画の評判
漫画版の評判を見ると、驚くほど両極端です。
否定側では、キャラデザが派手すぎる、原作の雰囲気と違う、漫画的な表現が強すぎる、といった意見が目立ちます。
一方、好意的な読者からは、難しそうで避けていた銀英伝に入りやすかった、二人の主人公を軸にした構造が分かりやすい、長編なのに読み進めやすいという反応があります。
ここから見えてくるのは、作品そのものの出来だけで評価が決まっていないことです。
銀英伝の場合、読者がすでに持っている銀英伝像が評価へ猛烈に影響しています。
これ、長寿シリーズではよく起きます。
僕は映画でもリメイクを見る機会が多いですが、旧作ファンと新規ファンでは見ているポイントが全然違います。
旧作ファンは変更点を探します。
新規ファンは作品そのものを見ます。
この差、かなりデカいです。
仕事でもそうなんですけど、人間って一度「これが普通」と覚えると、新しいフォーマットを内容より違和感から判断してしまうんですよね。
会社で新しい業務ツールが導入されたとき、使う前から昔のほうが良かったと言う人がいるのとちょっと似ています。
もちろん昔のほうが本当に良い場合もあります。
でも、慣れと品質は分けて考えないと見誤る。
銀英伝の漫画の評判もまさにそこです。
自分に合わないという評価と、漫画として成立していないという評価は別物。
レビューを見るときは、その人が原作派なのか旧アニメ派なのか漫画から入った人なのかまで意識すると、かなり読み解きやすくなります。
つまらない
銀河英雄伝説そのものをつまらないと感じる人がいるのも事実です。
これは藤崎竜版だけの問題ではありません。
銀英伝はそもそも、現代の少年漫画でよくある高速テンポのバトル作品とは設計が違います。
異能力を覚えて敵を倒し、さらに強い敵が現れるという物語ではありません。
中心にあるのは政治、戦争、組織、思想、人間関係です。
戦闘場面ですら、派手な必殺技より誰がどの情報を持ち、どう判断し、どこで読み違えたのかが重要になります。
要するに、宇宙戦争の皮を被った巨大な意思決定ドラマなんです。
そこを期待せずに入ると「会話多っ」となります。
ぶっちゃけ、それは正常な反応です。
銀英伝ファンだからといって、全人類に刺さる作品だと言う必要はないと思っています。
僕も年間かなりの本数を見ますが、名作と呼ばれている作品でもテンポが自分に合わないことは普通にあります。
評価と相性は別です。
ただし藤崎版は、原作の中でも視覚化しやすい対立や感情を漫画的に前へ出しているため、銀英伝の中ではむしろ入りやすい部類です。
政治劇が苦手な人でも、人物同士の関係から追いやすくなっています。
逆に、静かな会話と歴史記述の積み重ねを楽しみたい人は、小説や旧アニメのほうが肌に合う可能性があります。
銀英伝を楽しめるかどうかは、宇宙戦艦の派手さよりも「人間が権力を持ったとき何をするか」に興味を持てるかが大きいです。
僕が好きなのもここなんですよ。
就活でも仕事でも、能力がある人と人格的に信用できる人が同じとは限らない。
正しい制度を作っても、それを使う人間がダメなら機能しない。
銀英伝は宇宙規模でそれを見せてくる。
社会人になってから刺さり方が変わるタイプの作品ですね。
メカデザイン
キャラクターだけでなく、艦船などのメカデザインにも藤崎版ならではの癖があります。
ここも従来作品の印象が強い読者ほど違和感が出やすい部分です。
旧アニメ版の艦艇には、巨大な兵器が宇宙を静かに移動しているような重量感があります。
画面の動きも比較的抑制され、戦艦が一つの物体というより巨大な軍隊そのものとして映る。
この演出が銀英伝の戦争を歴史画のように見せていました。
一方、漫画では一枚のページ、一つのコマの中で速度や方向、距離を伝えなければなりません。
そのためシルエットや構図に分かりやすい特徴を持たせたほうが、画面は読みやすくなります。
藤崎版のメカ周りが未来的、漫画的に見えるのはこの差も大きいです。
映像オタク的に言えば、静止画にはカメラ移動が存在しません。
動画ならパンやズーム、被写界深度、音響で巨大さを作れます。
漫画では遠近法、コマのサイズ、黒ベタ、集中線、艦の配置などで巨大さを錯覚させるしかない。
なので同じ宇宙艦隊を描いても、アニメと漫画で造形が違うのはかなり自然です。
ただ、メカのリアリティよりキャラクター性が前へ出る造形を苦手とする人がいるのも理解できます。
ミリタリーSFとしての硬質さを期待すると、少しファンタジー方向へ寄ったように感じる場面がある。
ここは藤崎版の長所と短所が完全に同じ場所にあります。
一目で藤崎竜版だと分かる個性は、原作像との距離も同時に生む。
だから刺さる人には唯一無二、合わない人には最後まで合わない。
これはもう、かなり作者性の強い漫画化です。
『銀河英雄伝説』の漫画はひどいのか
では結局、銀河英雄伝説の漫画はひどいのでしょうか。
僕の結論は、ひどいという評価だけを理由に避けるのはかなりもったいないです。
もちろん原作から離れた解釈やデザインが苦手な人はいます。
しかし、原作完結まで大長編を漫画として描き切ったこと、新しい読者が銀英伝へ入れる入口を作ったことまで考えると、単純な失敗作という扱いには無理があります。
ここからは別の漫画版との違いも含め、自分にはどの銀英伝が合うのかを見ていきます。
道原かつみ版
銀英伝の漫画を語るとき、藤崎竜版だけを見て終わると少しもったいないです。
銀英伝には道原かつみさんによる漫画版も存在し、こちらを支持するファンも少なくありません。
藤崎版と道原版では、同じ原作を扱っていても手触りがかなり違います。
道原版は人物同士の距離感や空気を比較的落ち着いて見せるタイプで、原作が持つ叙情性との相性が良いと感じる読者がいます。
藤崎版のようにキャラクターを一目で強烈に印象付けるというより、物語を追う中で人物像が染み込んでくる感覚に近いです。
映画で例えるなら、藤崎版はレンズや構図に監督の署名が大きく入る作品。
道原版は原作の空気を壊さないようカメラを置く作品。
どちらが上というより、演出思想が違います。
僕はこういう同一原作の比較がめちゃくちゃ好きなんですよ。
同じ人物を描いているはずなのに、漫画家が変わるだけで何を重要視しているのかが透けて見えます。
キャラクターの視線を重視する人もいれば、衣装を強調する人もいる。
会話の間を長く取る人もいれば、一気にページを進ませる人もいる。
漫画化って、原作のコピーではなく読解なんです。
だから道原版が好きな人ほど藤崎版に違和感を持つケースもあります。
でも逆に、藤崎版から入った若い読者が道原版へ戻れば、銀英伝という作品の別の顔が見えます。
一つの正解を決めるより、作家ごとの読解差として楽しむほうがこのシリーズは面白いっすね。
漫画の違い
藤崎版と道原版の違いを短く言うなら、藤崎版は漫画家の個性が前に出やすく、道原版は原作世界へ寄り添う感触が強いです。
| 比較項目 | 藤崎竜版 | 道原かつみ版 |
|---|---|---|
| 人物表現 | 記号性が高く個性的 | 落ち着いた人物造形 |
| 画面の印象 | 動きとインパクト重視 | 叙情性や空気感を重視 |
| 原作との距離 | 独自解釈が目立つ | 原作の雰囲気に近い |
| 初見の入りやすさ | 人物を判別しやすい | じっくり読む人向け |
ただし、こうした比較はあくまで作品全体の傾向です。
どちらにも静かな場面もあれば、大胆な演出もあります。
数値化できる優劣ではありません。
特に藤崎版は、コマの情報密度がかなり高い。
人物、背景、衣装、艦艇が同じページに載っても画面の焦点を作ろうとしていて、週刊・月刊連載漫画として読者の視線を止めない工夫があります。
僕がアニメを見るときもカットの情報量をよく確認するんですけど、情報が多い作品ほど視線誘導が崩れると一気に見づらくなります。
漫画でも同じです。
藤崎版は派手なので散らかって見える瞬間もありますが、ページをめくる方向へ目を運ぶ線はかなり意識されています。
一方で道原版の魅力は、余白そのものが芝居になること。
台詞を言っていない時間まで想像させる余裕があります。
アニメでいう無音のカットに近いです。
この差があるので、藤崎版を読んで合わなかったから銀英伝の漫画全部が合わない、と判断する必要はありません。
どっちがおすすめ
どっちがおすすめなのかは、銀英伝に何を求めているかで変わります。
僕なら、原作未読で現代漫画のテンポに慣れている人には藤崎版を勧めます。
最大の理由は人物を覚えやすいからです。
銀英伝初心者最大の壁って、設定の難しさより人の多さだと思うんですよ。
名前が出る。
階級が出る。
所属が変わる。
また別の提督が出る。
初見だと「誰やねん」が連続します笑。
藤崎版は人物造形の差が大きいので、この負担がかなり軽減されています。
一方、すでに原作小説を読んでいて、自分の中に銀英伝の世界像ができているなら道原版のほうが入りやすい可能性があります。
特に政治劇や人物の余韻をじっくり味わいたい人なら相性が良いです。
初見なら藤崎版、原作の空気を優先したいなら道原版。
ただし、最終的には数話や試し読みで絵柄との相性を確かめるのが一番確実です。
ちなみに僕は、作品を知るためならどちらか一方だけ選ばなければならないとは思っていません。
同じ作品を異なる媒体で見ると、原作のどこが本質なのかが逆に分かります。
例えば映画のリメイクでも、両方に残っている場面は、その物語にとって重要だから残されている可能性が高い。
漫画版同士を比べると同じことが起こります。
読み比べはオタクのぜいたくです。
打ち切り説
銀河英雄伝説の漫画について検索すると、打ち切りだったのではないかと気になる人もいます。
しかし藤崎竜版は、途中で物語を投げ出した作品ではありません。
2015年に始まり、2026年に物語を完結まで描き、単行本も全35巻まで刊行されています。
最終35巻は2026年3月18日に発売され、公式の書誌情報でも完結部分が収録されています。
なので少なくとも、作品が途中で終わって結末まで漫画化されなかったという意味での打ち切りではありません。
むしろ僕がここで注目したいのは、10年以上にわたって大長編を描き切ったことです。
連載漫画って、読む側は毎週・毎月ページをめくるだけですが、作る側からすると信じられない量の作業が積み上がっています。
特に銀英伝は背景が宇宙だから楽、なんてことはありません。
艦隊、要塞、都市、軍服、大量の人物、政治施設など、普通の学園漫画とは比較できないほど設定物が必要です。
その上で人物同士の位置関係や勢力関係まで読者に伝えなければならない。
全35巻を完走した事実はかなり重いです。
もちろん長く続いたから内容への批判が無効になるわけではありません。
でも、ひどい漫画だから途中で見放され、そのまま終わった作品というイメージで考えるのは正確ではないです。
なお、刊行巻数や発売日などの数値情報は記事執筆時点のものです。
正確な情報は出版社や作品公式サイトをご確認ください。
購入方法やサービス料金など、お金に関わる最終的な判断について不安がある場合は、各サービスの公式窓口や必要に応じて専門家へご相談ください。
『銀河英雄伝説』の漫画はひどい?
最後に改めて、銀河英雄伝説の漫画はひどいのか。
僕の答えは、ひどいというより、原作への解釈がめちゃくちゃ前に出た漫画化です。
だから評価が割れます。
藤崎竜版への主な違和感は、派手なキャラデザ、独自色のあるメカ、原作から変化した描写、漫画的に強調された感情表現です。
どれも批判されているポイントである一方、そのまま藤崎版の個性でもあります。
ここが面白いんですよ。
欠点と長所が別々に存在しているのではなく、同じ特徴の表と裏になっています。
キャラクターが派手だから原作の重厚感から離れる。
しかし派手だから大量の登場人物を覚えやすい。
展開を漫画向けに変えるから原作ファンは引っかかる。
しかし変えるから現代の漫画読者がページを進めやすい。
メカに作者性が出るから旧作のイメージと離れる。
しかし作者性が出るから藤崎版だけの視覚世界が生まれる。
つまり藤崎版をひどいと感じる理由と、藤崎版を面白いと感じる理由はかなり重なっています。
僕は作品を見るとき、全員が褒める無難な作品より、こういう作家の癖がむき出しになった作品に惹かれることがあります。
もちろん合わないときは本当に合いません。
そこは無理に褒めなくていい。
僕だって人気作品を見て「これは自分には分からんな」となることはあります。
でも、それと作品そのものを雑に駄作認定するのは別です。
銀英伝はそもそも、民主主義と専制政治のどちらか一方を単純な善として描かない物語です。
優れた指導者の独裁が機能する場合もあれば、民主的な制度の中で愚かな判断が生まれることもある。
逆もある。
その簡単に答えを出さない姿勢こそ、この作品が長く語られる理由だと僕は感じています。
だから漫画版の評価にも、同じ態度で向き合ったほうが面白い。
ひどいか名作かの二択にする必要はありません。
自分に合う部分と合わない部分を両方持ったまま読めばいいんです。
これ、現実の人間関係でもそうですよね。
仕事がめちゃくちゃできるけど話しづらい人もいるし、話しやすいけど仕事では頼りづらい人もいる。
人間を一つの形容詞で片付けようとすると、大体どこかを見落とします。
作品も同じです。
『銀河英雄伝説』の漫画がひどいという評価は、作品の品質を一言で決めたものではなく、原作や旧アニメへの思い入れと藤崎竜版の大胆な作家性がぶつかった結果と見るのが一番しっくりきます。
原作そのままの銀英伝を期待して読むと、違和感はかなりあると思います。
逆に、藤崎竜が銀英伝を漫画として料理したらどうなるのか、という視点で読むと評価はガラッと変わります。
そして未読の人なら、ネットのひどいという言葉だけで35巻分の銀河を閉じてしまうのはもったいないです。
まず試し読みなどで絵柄とテンポを確認し、自分に合うか確かめてみてください。
その数ページで「これは違う」と感じたなら、それも立派な答えです。
逆に一度ページをめくってしまったら、二人の英雄と巨大な歴史の流れにそのまま連れていかれるかもしれません。
アニメ・映画が大好きで毎日色んな作品を見ています。その中で自分が良い!と思った作品を多くの人に見てもらいたいです。そのために、その作品のどこが面白いのか、レビューや考察などの記事を書いています。
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