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『進撃の巨人』のアニメ制作会社はなぜ変わった?

アニメ制作会社

皆さんは『進撃の巨人』のアニメ制作会社が、シリーズの途中で変わったことを知っていますか?

Season1からSeason3まではWIT STUDIO、The Final SeasonからはMAPPAがアニメーション制作を担当しています。

3期から4期へ進んだときに「キャラクターの顔が違う」「巨人の動きが変わった」「なんとなく映像の空気そのものが違う」と感じた人も多いはずです。

僕も初見では、同じ作品なのにカメラの距離感や線の質感まで変わったことがかなり気になりました。

ただ、年間数百本のアニメや映画を観ている立場から見直すと、これは単純に制作会社の実力差だけで説明できる変化ではないんすよね。

監督、キャラクターデザイン、撮影、3DCG、画面設計など、映像を作る中心スタッフが大きく入れ替わっています。

そこでこの記事では、WIT STUDIOとMAPPAの担当範囲、制作会社が変更された背景、作画やCGの違いまで、映像オタク目線でガッツリ解剖していきます。

「結局WITとMAPPAのどっちが良かったの?」という疑問についても、好き嫌いだけではなく映像の構造から考えていきます。

  • 『進撃の巨人』を担当した制作会社
  • WITからMAPPAへ変わった背景
  • 作画やCGが違って見える理由
  • WIT版とMAPPA版それぞれの魅力

『進撃の巨人』のアニメ制作会社を解説

まず押さえておきたいのは、『進撃の巨人』のアニメ制作会社が最初から最後まで同じではないことです。

大きく分けると、Season1〜Season3をWIT STUDIO、The Final SeasonをMAPPAが担当しています。

しかも変わったのは会社名だけではありません。

画面を統括する監督やキャラクターデザイン、3DCG、撮影なども変化しているため、作品の「映像文法」そのものが変わって見えるんです。

シリーズアニメーション制作主な監督映像面の傾向
Season1WIT STUDIO荒木哲郎高速アクションと大胆なカメラ
Season2WIT STUDIO肥塚正史人物芝居と緊張感を深化
Season3WIT STUDIO肥塚正史ドラマとアクションを融合
The Final SeasonMAPPA林祐一郎CGと重厚な画面設計を活用

WIT制作期

アニメ『進撃の巨人』のSeason1からSeason3までを担当したのが、WIT STUDIOです。

Season1の公式スタッフではアニメーション制作がWIT STUDIO、制作協力がProduction I.Gと記載されています。

ここは検索すると少し混乱しやすいところで、Pony Canyonや講談社、Production I.Gなど複数の企業名が並ぶ資料もあります。

しかし、「実際にアニメーション制作を担当したスタジオはどこ?」という意味なら、基本的にはWIT STUDIOと理解してOKです。

WIT版で僕が今見返しても異常だと思うのが、立体機動装置を使ったアクションのカメラワークです。

普通のアクションアニメなら、キャラクターの動きを横から追うか、正面から迫ってくる構図を中心に作ります。

ところが『進撃の巨人』は、建物と建物の隙間をカメラごと飛び抜けたり、人物を追い越してから急旋回したりする。

キャラクターが動くというより、画面そのものが立体機動しているんです。

これによって視聴者は「兵士を眺める側」ではなく、兵士と同じ速度で市街地を飛んでいるような感覚になります。

特に高速移動から一瞬だけ人物の表情へ寄り、その直後に再びワイドショットへ戻すカット割りがうまい。

距離を激しく伸縮させるから、スケールの大きな巨人と小さな人間の対比が身体感覚として伝わるんすよ。

一方で、WIT版を全部「手描きだからすごい」で片付けるのはちょっと違います。

Season1の時点から3D技術は使われていますし、背景や立体機動の空間表現と2Dキャラクターをどう馴染ませるかが大きなポイントでした。

手描きかCGかという二択ではなく、どの素材をどのカットで使えば速度と重量が出るかを設計していたわけです。

WIT版の魅力は、線の量そのものより「どの瞬間に画面を動かし、どの瞬間に止めるか」という緩急にあります。

僕はこの感覚を『甲鉄城のカバネリ』などにも感じます。

人物の動きを単純に滑らかにするのではなく、決める瞬間だけ形を強烈に見せる。

アニメーションって、ずっと動いていれば迫力が出るわけじゃないんすよね。

むしろ静止に近い一瞬があるから、その前後の速度が際立つ。

MAPPA制作期

The Final Seasonからアニメーション制作を担当したのがMAPPAです。

監督も荒木哲郎さん、肥塚正史さんの体制から林祐一郎さんへ交代しました。

シリーズ構成は瀬古浩司さん、キャラクターデザインは岸友洋さん、画面設計は淡輪雄介さんとなり、制作会社だけではなく中心スタッフがかなり入れ替わっています。

だから「MAPPAになったら絵柄が変わった」というのは当然ではあるんです。

キャラクターデザイン担当そのものが変わっていますからね。

特に顔の輪郭、目の位置、鼻筋、陰影の入れ方を見ると、Season3までとはかなり違います。

僕が面白いと思うのは、MAPPA版が原作後半の物語に合わせるように、映像の質感まで重くしていることです。

WIT時代は青空、緑、屋根の赤などが比較的はっきり分離していて、世界の残酷さとは裏腹に画面そのものには鮮烈な色がありました。

一方のThe Final Seasonでは彩度を抑えた画面や煙、土埃、曇天のグレーが増えます。

人物の顔にも細かな影が乗るため、少年漫画的なヒロイックさが後退するんです。

これ、僕はかなり重要な変化だと思っています。

物語の視点が広がり、単純な「人間対巨人」という構図では捉えられなくなっていく段階で、以前と同じ英雄的なカメラを使い続けたら、むしろ内容とのズレが出るからです。

ただし、初見で違和感を覚える人の気持ちもめちゃくちゃ分かります。

Season3までの映像に愛着があるほど、「自分の知っている『進撃』じゃない」と感じる瞬間はあります。

僕自身も最初はそうでした。

特にキャラクターの輪郭と巨人の質感は、一気見すると変化が分かりやすいです。

MAPPA版はWIT版を再現するのではなく、引き継いだ作品を別の制作体制で最後まで成立させる方向へ舵を切った、と見ると理解しやすいです。

制作会社変更

『進撃の巨人』の制作会社変更は、Season3までのWIT STUDIOから、The Final SeasonのMAPPAへという形で行われました。

2020年5月にThe Final Seasonの新情報が発表された際、MAPPAが新たに制作を担当することも正式に発表されています。

このとき重要なのが、「喧嘩別れした会社が突然入れ替わった」という構図ではないことです。

公式に発表されたスタッフコメントを見ると、前シリーズの荒木哲郎さんと新監督の林祐一郎さんの間では、かなり前から情報交換や打ち合わせが行われていたことが分かります。

(出典:TVアニメ『進撃の巨人』The Final Season公式サイト・スタッフコメント)

これ、制作現場を考えるうえではめちゃくちゃ大事です。

アニメって制作会社のロゴだけで作られるものではありません。

キャラクター設定、美術設定、演出上のルール、過去シリーズで蓄積したノウハウなど、とんでもない量の情報があります。

途中から引き継ぐ側は、ただ原作を読めばいいわけじゃない。

さらに『進撃の巨人』ほど世界中にファンがいる作品になると、画面が少し変わっただけで比較されます。

正直、引き継ぐ側からすると相当怖い仕事だったはずです。

林監督自身も途中から大きな作品へ参加する緊張感を公式コメントで語っています。

僕が会社員として仕事をしているときも、前任者から案件を引き継いだ瞬間に「今までと同じにして」と言われることがあります。

でも担当者が変われば、判断の癖も作業速度も変わる。

ましてアニメは何百人もの技術と感性が絡む制作物です。

完全コピーを求めること自体がかなり無茶なんですよね。

変更理由は?

では、なぜWIT STUDIOからMAPPAへ変わったのでしょうか。

ここはネット上で「スケジュールが原因」「WITが辞退した」「予算が合わなかった」など、いろいろな説が一人歩きしています。

まず注意したいのは、2020年の公式発表時点では「この一つの理由だけで変更しました」と単純化できる説明はされていないことです。

なので、噂だけを拾って断定するのは避けたほうがいいです。

一方、WIT STUDIOの和田丈嗣社長は後年のインタビューで、『進撃の巨人』を作る負荷が非常に大きかったことや、荒木哲郎監督をはじめとするクリエイターのキャリアを考えた際、オリジナル作品へ進みたいという思いもあったことを語っています。

つまり制作会社変更を「WITが嫌になって投げた」と見るのは雑すぎるんすよ。

一つの巨大タイトルを永遠に作り続けることと、スタジオやクリエイターの未来を作ることは同じではありません。

ここ、現実の仕事にもめちゃくちゃ似ています。

会社で成果を出した人ほど「あの案件をずっと担当して」と言われがちですが、それを続ければ本人のキャリアが固定されてしまうこともある。

僕はZ世代として、仕事を「会社のために同じものを作り続けること」だけで考える感覚には少し違和感があります。

面白い仕事をやり切ったなら、次の表現へ進むこともクリエイターとして自然です。

もちろん視聴者としては同じスタッフで完結まで観たかった。

そこは普通に思います。

でも、それと制作現場の持続可能性は分けて考えるべきなんすよね。

制作会社変更の理由については、ネット上の推測だけで「予算不足」「トラブル」などと断定しないよう注意してください。

より詳しく制作会社変更の背景を知りたい人は、『進撃の巨人』でWIT STUDIOが制作を離れた背景の解説も参考にしてみてください。

4期で交代

検索では「4期で制作会社が変わった」と表現されることが多いですが、正式名称ではThe Final SeasonからMAPPAへ交代しています。

一般的にはThe Final Seasonをアニメ4期として扱うことが多いため、「4期からMAPPA」と覚えておけば分かりやすいです。

ただ、3期から続けて再生すると、かなり大胆なモデルチェンジに見えます。

キャラクターの線も違えば、光の当て方も違う。

背景との馴染ませ方も変わっています。

特に顔をアップにしたとき、WIT版は輪郭や目元を比較的くっきり見せるのに対し、MAPPA版は顔面へ細かな陰影を落として立体感を出す場面が増えました。

僕はこれを「作画が劣化した」の一言だけで片付けるのには反対です。

作画って、キャラの顔が設定画通りかどうかだけではありません。

レイアウト、芝居、撮影、背景、色彩、CG、編集まで含めて最終映像ができています。

ただし、ぶっちゃけMAPPA版の序盤に違和感が出やすいカットがあるのも分かります。

WIT版の線と立体機動アクションへ慣れ切った直後なので、比較のハードルが異常に高いんすよ。

テレビシリーズで何年も積み重ねた「このキャラはこう見える」という記憶は、視聴者側にも蓄積されています。

そこを一瞬で更新しろと言われても難しい。

逆にThe Final Seasonをある程度まとめて観ると、MAPPA版の画面にも独自の統一感があることが見えてきます。

だから僕は3期最終話の直後だけで判断せず、数話まとまってから映像の設計を見るのがおすすめです。

『進撃の巨人』のアニメ制作会社を比較

ここからはWIT STUDIOとMAPPAの違いを、作画、CG、監督、シリーズ全体の映像設計という視点から比較します。

ただし「どちらの会社の画力が上か」というランキングにはしません。

同じ原作でも、スタッフ構成と制作方法が変われば完成する映像も変わるからです。

むしろ面白いのは、WITとMAPPAがそれぞれ何を優先して『進撃の巨人』を映像化したかを見ることです。

作画の違い

WIT版とMAPPA版で一番分かりやすい差は、やはりキャラクターとアクションの見え方です。

ネット上でも「WITのほうが好き」「MAPPAは原作後半に合っている」と意見が割れています。

WIT版は、僕の感覚では形を記号として一瞬で読ませる作画が得意です。

髪、輪郭、目、衣装のシルエットがはっきりしていて、高速アクションの途中でも誰が何をしているのか認識しやすい。

だから立体機動の速度を上げても画面が破綻しにくいんですよね。

さらにアクションでは背景を大きく流し、人物をカメラの近くまで持ってきてから遠景へ抜く。

この急激な遠近感が気持ちいい。

実写カメラなら撮影困難な軌道をアニメだからこそやる。

僕がWIT版で最も好きなのは、この「現実のカメラでは撮れない映像を撮る」という発想です。

一方、MAPPA版は人物を画面内へ存在させるときの重量を重視しているように見えます。

顔へ細かな影を落とし、衣服のしわを増やし、背景の空気と人物のトーンを近づける。

そのため一枚絵として見ると、WIT版より生々しく感じるカットがあります。

これは作品後半の空気と相性がいいです。

登場人物を「かっこいい兵士」として切り取るだけでは成立しない局面が増えるからです。

疲労、迷い、恐怖、諦めといった感情を、セリフだけではなく顔の影や姿勢で見せる必要があります。

ただ、WITのダイナミックなメリハリが好きだった視聴者からすると、MAPPA版を「画面が重い」「以前ほど爽快じゃない」と感じるのも自然です。

ここは優劣というより演出思想の違い。

WITは速度を身体で感じさせ、MAPPAは重量を身体で感じさせる。

僕はざっくりこう捉えています。

CGの違い

The Final Seasonで特に賛否が出たのがCGです。

「巨人がCGになって違和感がある」という声は、放送当時からかなり目立ちました。

ただ、ここでも「CGだから悪い」という話にするとアニメ技術を見誤ります。

そもそも過去シリーズでも3DCGは使われています。

違うのは、CGを画面のどの要素へ、どの程度前面に出すかです。

大規模戦闘では、巨大な身体を毎カット手描きで動かしながら、カメラまで複雑に動かすのはとんでもない作業になります。

そこで3Dモデルを使えば、同じ身体形状を保ちながら空間内で回転させたり、長いアクションを連続的に見せたりできます。

MAPPA版では、この利点をかなり積極的に利用しています。

特に大きな身体同士がぶつかり、背景でも複数の人物や兵器が動くような場面では、3Dを基盤にすることでカメラの自由度を確保しているんです。

もちろん弱点もあります。

2Dのキャラクターは、カットごとに輪郭を意図的に崩せます。

一瞬だけ腕を長く見せたり、身体を細くしたりして速度を誇張できる。

でも3Dモデルは基本的に立体として整合性を保つため、そのまま使うと「正しいけど硬い」動きに見えることがあります。

この差が、手描きアクションへ慣れた視聴者にCG感として伝わります。

だからCGの評価で重要なのはモデルの精細さだけではなく、2D的な誇張をどこまで持ち込めているかなんすよ。

CGは作画の代用品ではなく、複雑な空間と重量のある動きを安定して扱うための別の映像技術です。

僕も「このカットは手描きで見たかったな」と思う場面はあります。

そこは無理に全部褒めません。

でもThe Final Season全体を見ると、CGを使わなければ成立させにくい規模の画面が増えているのも事実です。

なので一部分を止めて「CGだからひどい」と結論づけるより、カットの前後を含めてカメラと動きを見るほうが面白いです。

MAPPA版の作画評価をさらに掘り下げたい人は、『進撃の巨人』でMAPPAの作画が議論される理由も読んでみてください。

監督の変更

制作会社変更と同じくらい重要なのが監督の変更です。

Season1では荒木哲郎さんが監督、Season2〜3では荒木さんが総監督となり、肥塚正史さんが監督を担当しています。

The Final Seasonでは林祐一郎さんが監督を務めました。

僕はアニメを観るとき、制作会社名だけで作風を判断するのは危ないと思っています。

同じ制作会社でも監督が変われば別物になるからです。

監督は「どこにカメラを置くのか」「セリフの前後を何秒取るのか」「音楽をどこで止めるのか」まで、作品全体の判断へ関わります。

荒木監督の作品って、感情が爆発する瞬間を映像そのものの爆発へ変換するのがすごく上手いんですよ。

人物の叫びだけを見せるのではなく、極端なローアングル、急激な寄り、背景の速度、音楽の入りまで一気に連動させる。

『DEATH NOTE』でも感じますが、心理的な高揚を画面の派手さへ翻訳するタイプです。

それに対してThe Final Seasonでは、派手な感情をあえて一歩引いて撮る場面が増えます。

キャラクターが感情を全部説明しない。

カメラも必要以上に「ここで泣け」と迫ってこない。

沈黙や視線のズレを残したまま次のカットへ進むことがあります。

この温度差はかなり大きいです。

でも作品後半では、人間関係や正義を単純な善悪で見られなくなっていきます。

だから感情へBGMを被せて一つの答えへ誘導するより、少し冷たい距離から人物を見せる演出が効いてくる。

僕自身、社会人になってから人間関係を「こっちが正しい、あっちが悪い」だけで語れない場面が増えました。

仕事でも、本人から見れば正しい判断が別部署から見ると迷惑だったりする。

『進撃の巨人』後半の面白さも、そんな視点のズレにあると思うんです。

監督交代後の少し距離を置いた演出は、そこへ妙にハマっています。

ファイナル期

The Final Seasonを改めて見ると、「制作会社が変わったシリーズ」というより、作品そのものが別のフェーズへ入ったタイミングで映像体制も変わったと考えたほうがしっくりきます。

視聴者の反応が大きく割れるのも当然です。

前半の『進撃の巨人』に期待していたものが、高速アクションや巨大な謎、圧倒的な脅威との戦いだった人ほど、後半の情報量や政治的な構図に戸惑いやすい。

実際、「後半は難しい」「情報の回収が速すぎて疲れる」という感想もあります。

逆に、その複雑さこそ好きだという人もいます。

一度見た場面の意味が、別の視点を知ったあとで変化する。

この構造が『進撃の巨人』最大の中毒性なんすよね。

映像も同じです。

WIT期が「未知の世界へ走り出すエネルギー」を映像化していたとすれば、MAPPA期は「知ってしまった世界の重さ」を映像化しているように僕には見えます。

前者では前へ進むカメラが気持ちいい。

後者では人物が止まっているだけの時間が怖い。

その違いは作画枚数だけでは測れません。

そして声優陣が基本的に継続している点も大きいです。

映像のルックが変化しても、梶裕貴さん、石川由依さん、井上麻里奈さんをはじめとする声の記憶がシリーズをつないでいます。

特に声のトーンが初期から変化しているキャラクターを見ると、同じ声優が長期間演じ続ける意味を実感します。

アニメって絵だけじゃないんすよ。

映像、声、音楽、効果音、編集の集合体です。

制作会社が変わっても、一部の音響スタッフや音楽などがシリーズをまたいで受け継がれることで、「別作品」になるのを防いでいます。

WITとMAPPA

では結局、WIT STUDIOとMAPPAはどちらが『進撃の巨人』に向いていたのでしょうか。

僕の答えは、それぞれ担当した時期に別の良さがあるです。

こう書くと優等生っぽいんですが、実際そうなんすよ。

ただし「どっちも最高!」だけで逃げる気もありません。

比較WIT STUDIOMAPPA
カメラ高速で大胆重厚で空間的
人物輪郭が明快陰影が細かい
アクション手描きの誇張が印象的CGを含めた複合表現
画面の印象鮮烈でヒロイック暗く生々しい
得意な感覚速度重量

純粋に立体機動アクションの快感だけで選ぶなら、僕はWIT版がかなり好きです。

あのカメラワークは今見てもテンション上がります。

「アニメだからこんなカメラができるんやろ!」という快楽がある。

一方で、作品後半の息苦しさや戦争の重量を考えるとMAPPAの画面もかなり合っています。

キャラクターが格好良くポーズを決めるだけではなく、疲れた姿や泥臭い動きを画面へ残す。

それが物語の変化と噛み合うんです。

だからWIT版の映像をそのままThe Final Seasonへコピーしていれば絶対に良かった、とも僕は思いません。

逆も同じです。

Season1からMAPPA版の重い画面だったら、立体機動の爽快感や「外の世界へ行きたい」という初期の衝動が少し弱くなっていたかもしれない。

制作会社の交代は作品の欠点であると同時に、結果として『進撃の巨人』の時代ごとの表情を作った要素でもあります。

人間も十年前と今で同じではないですよね。

僕自身、学生のころに好きだった「派手で分かりやすい映像」と、今仕事をしながら刺さる「言葉にしない疲労感」は結構違います。

長期シリーズだからこそ、映像が変化したことそのものを作品の歴史として楽しめる。

そこまで含めて『進撃の巨人』は面白い作品だと思っています。

『進撃の巨人』のアニメ制作会社まとめ

『進撃の巨人』のアニメ制作会社についてまとめると、Season1〜Season3はWIT STUDIO、The Final SeasonはMAPPAが担当しています。

  • Season1〜Season3はWIT STUDIOが制作
  • The Final SeasonからMAPPAへ交代
  • 制作会社だけでなく監督やキャラデザなども変更
  • WIT版は高速カメラと手描きアクションが印象的
  • MAPPA版はCGと重厚な画面設計を積極的に活用
  • 制作会社変更を単純なトラブル説だけで断定するのは避けたい

僕が一番伝えたいのは、「WIT対MAPPA」という勝敗だけで観るともったいないということです。

制作会社が変われば当然、映像は変わります。

でも映像が変わった理由をカット割り、CG、キャラクターデザイン、監督、撮影まで分解していくと、「作画が違う」というモヤモヤがかなり具体的になります。

WIT STUDIOは、立体機動を中心とした圧倒的な速度と高揚感で『進撃の巨人』の映像イメージを作りました。

そしてMAPPAは、その巨大な土台を引き継ぎながら、物語後半の重量や複雑さを別の映像言語で完結まで運びました。

どちらか一方だけでは、僕らが知っているアニメ『進撃の巨人』にはならなかったのかもしれません。

そう考えてもう一度Season1からThe Final Seasonまで見返すと、物語だけではなく「日本のアニメ制作が十年間でどう変化したか」まで見えてきて、映像オタク的にはめちゃくちゃ面白いっすよ。

放送時期、話数、スタッフ表記などの数値や情報は、記事閲覧時点では変更・再編集されている可能性もあるため、あくまで一般的な目安としてご覧ください。

正確な情報は公式サイトをご確認ください。

制作契約や権利関係など専門的な判断が必要な場合は、最終的な判断を専門家にご相談ください。

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