皆さんは『呪術廻戦モジュロ』という作品を知っていますか?
『呪術廻戦』本編の先にある2086年を舞台に、呪術師と地球外生命体が出会うという、シリーズでもかなり攻めた方向へ舵を切った漫画です。
ただ、検索すると『呪術廻戦モジュロ』はひどい、つまらない、面白くないという声だけでなく、打ち切りだったのか、宇宙人設定は必要だったのか、移民問題を扱うストーリーは重すぎないか、最終回の評価はどうなのか、本編との関係はあるのかといった疑問がズラッと出てきます。
一方で、面白いという感想や、本編の続きを直接なぞらないからこそ良かったという評判もあります。
この記事では、単純に駄作か名作かで二分せず、なぜここまで評価が割れたのかを、漫画のコマ運び、情報の見せ方、キャラクターの置き方、シリーズ続編としての設計から掘り下げます。
重要なネタバレや結末の細部は避けるので、まだ全巻読んでいない人でも判断材料として使えるようにしています。
- ひどい・つまらないと言われる理由
- 打ち切り説や展開の速さの実態
- 面白いと評価されるポイント
- 本編との関係と最終回の評価
『呪術廻戦モジュロ』がひどい理由
まず見ていきたいのは、なぜ『呪術廻戦モジュロ』にひどい、つまらないという反応が出たのかです。
僕はこの作品、完成度そのものが極端に低いというより、読者が『呪術廻戦』という名前から期待するものと、実際に提示された作品の方向がかなりズレていたことが大きいと見ています。
シリーズ作品って、前作の看板がデカければデカいほど、読者の脳内には勝手に予告編が完成しているんすよ。
そこで宇宙、移民、世代交代という予想外のカードを一気に出したから、面白さ以前に違和感が先に来た人が多かったわけです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 『呪術廻戦≡(モジュロ)』 |
| 原作 | 芥見下々 |
| 作画 | 岩崎優次 |
| 形式 | 漫画 |
| 話数・巻数 | 全25話・全3巻 |
| 連載期間 | 2025年9月8日〜2026年3月8日 |
| 舞台 | 死滅回游から68年後の2086年 |
| ジャンル | アクション・SF・超自然 |
つまらない?
つまらないと言われる最大の理由は、序盤で読者が欲しい快感と、作品が優先している説明の順番が噛み合っていないことです。
本編の『呪術廻戦』は、序盤からキャラクターの異常さや術式の危険さを先に見せて、あとからルールを理解させる場面が多くありました。
つまり、理屈より先に「こいつ何者なん?」という感情を作るのが上手かったんです。
ところが『モジュロ』では、未来社会の状況、シムリア星人という新しい存在、地球側との距離感、呪術界の変化など、理解しなければならない前提が一気に増えています。
このため、読者によってはキャラクターに惚れる前に設定資料を読まされている感覚になりやすい。
ネット上でも、宇宙人の説明より乙骨兄妹の成長を見たかった、呪術師同士の術式バトルを期待していたという不満が目立ちました。
ここはかなり痛いポイントです。
新設定が多い作品ほど、説明そのものより「誰の感情を通して説明するか」が重要になります。
『モジュロ』は世界観の面白さが先行し、人間ドラマへの接続が少し遅れる場面があるため、序盤で乗れない人が出やすいんすよ。
ただし、これは中身が空っぽという意味ではありません。
むしろ厄介なのは、設定そのものは面白いのに、読者がその面白さへ辿り着く前に離脱しやすい構成になっていることです。
週刊連載は毎週ごとに「次も読みたい」を作る必要があるので、情報の理解と感情の高まりを同時に処理させると負荷が跳ね上がります。
本編では五条悟のように、登場した瞬間に画面の温度を変えるキャラがいました。
『モジュロ』はそうした即効性より、立場や背景を積んでから人物の意味を見せるため、序盤だけ比べるとパンチが弱く見えやすいです。
むしろ後半まで読むと、序盤で撒かれた異物感が作品テーマに接続していくので、序盤の退屈さを許容できるかで印象がかなり変わります。
打ち切り?
全25話・全3巻という短さから、打ち切りだったのではと感じる人もいます。
ですが、話数が少ないことだけを根拠に打ち切りと断定するのは雑です。
少なくとも作品は完結しており、最終盤には物語を閉じるための明確な着地点が用意されています。
途中で突然ぶつ切りになり、主要な対立が何も処理されないタイプの終わり方とは違います。
僕が読んだ感触では、「人気がなくて急に畳んだ」というより、最初から長編本編とは異なる密度で走る企画だったと捉えた方が自然です。
もちろん、制作上の内部事情まで外から断定することはできません。
そもそも漫画の打ち切りは、読者アンケートや単行本売上だけで機械的に判定できる話でもありません。
連載枠、作者側の構想、編集方針、企画の長さなど複数の事情が絡むので、外部から見える巻数だけで決めつけるのは危険です。
ネットでは「短い=人気がなかった」という連想が走りやすいですが、短編や短期シリーズは最初から尺を決めて設計されることもあります。
『モジュロ』を見る時は、長さそのものより、その長さの中でテーマと人物の着地が成立しているかを見る方が作品評価としてはフェアです。
なので、打ち切り説は事実として扱うのではなく、短期完結ゆえに生まれた読者側の疑問として見るのが妥当です。
刊行状況や公式表記は今後更新される可能性があります。
正確な情報は公式サイトをご確認ください。
購入や契約など費用が発生する判断については各サービスの条件を確認し、必要に応じて最終的な判断は専門家にご相談ください。
展開が早い
『モジュロ』への苦言として、僕がかなり共感するのが展開の速さです。
25話で新主人公、新勢力、未来の呪術界、宇宙から来た存在、本編との接点まで扱うので、単純に皿の数が多いんですよ。
しかも一皿ずつ軽いわけではなく、どれも本来なら数話かけて味わえる題材です。
その結果、ある人物の心情が変化した直後に別の問題へ移るなど、読者が余韻を飲み込む前にページをめくらされる瞬間があります。
漫画の演出で言うと、コマとコマの間にある「間」が感情の定着時間になります。
ここを詰めすぎると、出来事は理解できても気持ちが追いつかない。
アニメで例えるなら、泣きの演技が終わった0.5秒後に場面転換して次の事件が始まる感じです。
情報としては正しいけど、感情の残響が消える前に次の音を鳴らしてしまう。
『モジュロ』の速さはテンポの良さと紙一重で、ここが評価の分岐点になっています。
逆に、死滅回游の長期戦を重く感じた人には、この短距離走みたいなテンポが気持ちいいはずです。
僕はこの速さを、編集でいうジャンプカットに近い感触だと思っています。
必要な瞬間だけを残して間を大胆に切るから、物語の推進力は落ちない。
でもジャンプカットは多用すると、人物が何を考え直したのか、どこで迷ったのかという途中経過が見えにくくなります。
『モジュロ』もまさにそれで、事件の輪郭は追いやすいのに、感情のグラデーションをもっと見たかった場面がある。
テンポが良いという称賛と、駆け足という不満が同時に成立する理由はここです。
宇宙人設定
宇宙人設定は、たぶん本作でもっとも賛否が割れた要素です。
呪い、呪霊、術式という土着的でオカルト寄りの世界に、いきなり地球外生命体を置く。
初見では「いや、そこ混ぜるんかい」となりますよね。
僕も最初は、世界観を広げるためだけの派手なギミックなら危ないなと思いました。
ただ読み進めると、この宇宙要素は単なるインフレ装置ではなく、「自分たちと原理の違う他者をどう理解するか」を否応なく可視化するための仕掛けとして機能しています。
本編では人間と呪霊の境界が重要でしたが、『モジュロ』ではその境界をさらに遠くへずらしている。
だから宇宙人を出す意味自体はあります。
問題は、その意味が見える前に「呪術廻戦らしくない」という拒否反応が起きることです。
宇宙人設定は世界観破壊ではなく、境界線を引き直すための装置です。
ただし、その装置があまりにも大きいため、従来の呪術バトルを期待した読者には別作品のように見えます。
続編って難しいっすね。
しかも宇宙人を出したことで、呪力が地球固有の現象なのか、生命そのものに近い原理なのかという問いまで自然に広がります。
この発想は、ただ敵の戦闘力を上げるよりずっとSF的です。
「宇宙からさらに格上の敵が来ました」で終われば安直ですが、『モジュロ』は異なる文明を置くことで、呪術という概念を外側から照らしています。
照明を変えると同じ物体でも輪郭が変わって見えるように、本編で当たり前だった呪力の常識が少し違う顔を見せる。
ここを面白いと感じられるなら、宇宙要素はかなり大きな加点になります。
同じことをやれば焼き直しと言われ、違うことをやれば別物と言われる。
『モジュロ』は明らかに後者を選びました。
移民問題
『モジュロ』は、来訪者と地球側の共生、警戒、排斥、誤解という構図をかなり前面に出しています。
そのため、移民問題や世界情勢を連想した読者も多く、そこを「呪術廻戦に求めていない」と感じる反応もありました。
僕はここ、作品の野心としてはかなり面白いと思っています。
呪術という設定はもともと、人間の負の感情が怪物として返ってくる世界です。
ならば、未知の集団への恐怖や偏見を扱うことは、実はシリーズの根っこと遠くありません。
ただし、現実社会の問題と作品内の対立をそのまま一対一で対応させる読み方は危険です。
現実の移民政策や国際問題には法律、経済、安全保障、人権など多くの論点があり、漫画の寓話だけで善悪を決められるものではありません。
ここではあくまで、異なる背景を持つ存在が同じ場所で暮らす時に、恐怖と情報不足がどう対立を増幅するかを見るのが面白いです。
僕らZ世代も、SNSで知らない集団を数秒の切り抜きだけで判断しがちです。
タイムラインでは相手の生活が見えないから、属性がそのまま人格に見えてしまう。
『モジュロ』の共生テーマは、宇宙人の話なのに、そこだけ妙に現代のネット社会へ刺さってくるんすよ。
特に面白いのは、対立が「悪人がいるから起きる」と単純化されていないことです。
安全を守りたい側にも理由があり、受け入れられたい側にも事情がある。
こういう構図は、どちらか一方を悪役にすると一気に薄くなります。
『モジュロ』は短い尺の中でも、立場が変われば同じ出来事の見え方が変わることを見せようとしています。
だから政治漫画として読むより、「知らない相手をどう怖がるか」を描いた人間関係の漫画として読む方が、僕にはしっくり来ました。
ストーリー
ストーリー全体は、呪術バトルの続編というより、SF群像劇に呪術システムを接続した作品として見ると理解しやすいです。
本編の魅力は、虎杖、伏黒、釘崎、五条のような圧倒的な人物が場を支配し、その人物同士の衝突から事件が加速するところにありました。
一方の『モジュロ』は、個人のカリスマよりも、立場の違う複数勢力がすれ違う構造を前に出しています。
この差が、キャラが薄いという感想につながっています。
人物が薄いというより、カメラが一人に寄り切らないんですよ。
映画で言えば、スター俳優の顔をアップで追う作品から、街全体を俯瞰する群像劇へレンズを交換した感じ。
だから、本編みたいに「このキャラを推したい」という読み方だと熱が上がるまで時間がかかります。
逆に、世界のルールや立場の衝突を観察するのが好きな人には刺さる。
ぶっちゃけ、25話という尺と群像劇の相性は完璧ではありません。
もう1巻ぶん呼吸があれば、人物の決断がさらに重く見えたんじゃないかとは思います。
ただ、長くすれば必ず良くなるわけでもありません。
本編後半で議論になったような、戦闘ルールの説明が長く続く感覚を避けるには、この圧縮も一つの答えです。
『モジュロ』は説明を削りきれず、感情の余白も十分ではないという中間地点にいるので、そこに惜しさがあります。
それでも、物語の軸が「誰が頂点か」だけに寄らず、異なる立場がどこで折り合えるかへ向かうのは新鮮です。
呪術の術式戦が好きな人には物足りなくても、シリーズ世界の別角度を見たい人には価値がある構成です。
『呪術廻戦モジュロ』は本当にひどい?
ここまで否定的なポイントを見てきましたが、では『呪術廻戦モジュロ』は本当にひどい作品なのか。
僕の答えは、シリーズ続編として好みが激しく割れるのはわかるけど、雑に駄作扱いするほど単純ではない、です。
特に完結まで読むと、宇宙人、魂、呪力、共生というバラバラに見えた要素が一本のテーマへ寄っていくので、序盤だけで受ける印象とはかなり違います。
ここからは、肯定的に評価できる部分と、本編ファンだからこそ感じる面白さを見ていきます。
最終回の評価
最終回については、重要なネタバレを避けて言うなら、「全部を説明して閉じる」タイプではなく、作品が投げたテーマに答えを置いて終わるタイプです。
そのため、設定の細部や未来の人物関係を隅々まで知りたい人には、もう少し見せてほしいという物足りなさが残ります。
一方で、本編の後日談として残された要素を拾いながら、『モジュロ』独自の問いにも決着を付けています。
読者の好意的な感想で、本編の落ち穂を拾う後日談として上出来だったという評価が出るのも理解できます。
僕が好きなのは、最終回が「前作キャラを出せば盛り上がるでしょ」というファンサービスだけに逃げていないところです。
過去作との接点はある。
でも最後に残るのは、過去の英雄ではなく、この時代を生きる側が何を選ぶかという話です。
ここは続編ものとして筋が通っています。
僕が続編の最終回で一番嫌なのは、過去作の人気キャラを並べて拍手を取りに行くだけの終わり方です。
もちろんファンサービスは嬉しい。
でも、それだけだと新主人公たちは最後まで「前作を思い出すための案内役」で終わってしまいます。
『モジュロ』は本編との接点を持ちながらも、新世代が自分たちの時代の問題に答える形を選んでいます。
この距離感があるから、最終回を見たあとに残るのが懐かしさだけではなく、「この作品は何を言いたかったのか」という余韻になるんです。
ただ、最終盤の情報量はやっぱり多い。
漫画を読む速度を少し落として、セリフと表情の間を拾った方が味が出る最終回です。
面白い?
面白いかどうかで言えば、僕は「本編と同じ味を期待しないなら、かなり面白い」です。
特に良いのが、呪術というシステムを宇宙規模へ広げても、最終的には人と人が理解できるのかという小さな問題へ戻ってくるところ。
スケールだけ大きくして敵の戦闘力を100倍にする続編ではありません。
むしろ世界が広がったぶん、個人の会話や選択が重要になる構造です。
そして作画面では、岩崎優次先生の線がかなり効いています。
芥見下々先生の絵にあった荒々しい速度感とは質が違い、輪郭や空間が読み取りやすいため、SF的な造形や複数勢力が絡む場面でも位置関係を追いやすい。
ここは漫画版における「カメラワーク」の差として面白いポイントです。
コマの中で人物と背景の情報をどう配分するかによって、同じ会話でも速度は変わります。
『モジュロ』は線の見通しが良いぶん、異形の造形や空間の構造を一瞬で読み取りやすく、SF要素との相性がいいです。
一方、本編の荒い筆致が持っていた「何が起きるかわからない危うさ」が好きだった人には、整いすぎて見える瞬間もある。
これは作画が上手い下手ではなく、画面が生む緊張の種類が違うという話です。
映画で監督と撮影が変わった続編を見た時の違和感に近く、慣れるまでの時間が評価へ直結します。
同じ世界でも撮影監督が変わったような見え方になる。
絵柄が違うから嫌だという感想もわかるけど、僕は別時代を描く作品だからこそ、この視覚的な距離はアリ派です。
68年後なのに本編とまったく同じ画面だったら、逆に時間が進んだ感覚が弱かったはずです。
感想と評判
感想と評判をざっくり分けると、否定派は「宇宙人設定が合わない」「キャラクターへの感情移入が遅い」「呪術バトルをもっと見たい」「展開が速い」という不満が中心です。
肯定派は「続編として意外性がある」「本編とのつながりが面白い」「短い中でまとまっている」「別作品として読むと新鮮」という評価が多い。
この両方、実は矛盾していません。
同じ特徴を見て、片方は欠点、片方は魅力と判断しているだけなんです。
例えば宇宙人設定。
呪術らしさを壊したと見ればマイナスですが、呪術世界を未知の方向へ押し広げたと見ればプラスです。
展開の速さも同じ。
人物をもっと掘ってほしい人には駆け足ですが、短期でテーマを回収してほしい人には潔い。
『モジュロ』の評価は、出来の良し悪しだけでなく「続編に何を求めるか」で大きく変わります。
本編キャラのその後を中心に見たい人と、新時代の別物語を見たい人では、同じ25話でも満足度が変わる作品です。
ちなみにデータ取得時点のAniList平均評価は72点でした。
数値はあくまで一般的な目安で、集計時期や参加者によって変動するため、作品の絶対的な点数ではありません。
僕はレビュー点数を見る時、平均そのものより「何に怒っている人が多いか」を見る派です。
『モジュロ』の場合、その怒りの多くが作画崩壊や物語破綻ではなく、方向性への違和感に集まっている。
そこはかなり重要な違いです。
もし本当に物語の因果が崩れている、キャラクターの行動原理が成立していない、作画が読めないという批判が中心なら、作品そのものの基礎体力が疑われます。
でも『モジュロ』では、「この方向を呪術廻戦でやる必要があるのか」という声がかなり大きい。
これは欠点であると同時に、作品が安全圏から出た証拠でもあります。
僕は年間かなりの作品を見る中で、無難に期待通りの続編より、賛否が出ても別の角度へ踏み込む作品の方が後から思い返すことが多いです。
『モジュロ』はまさにそのタイプで、好き嫌いは分かれても「何だったんだあれ」と記憶に残る。
本編との関係
『モジュロ』は死滅回游から68年後を舞台にしているため、本編とははっきりつながっています。
ただし、本編のキャラクターをそのまま主役に据えた直接的な続編ではありません。
乙骨家につながる新世代を中心に、呪術界が長い時間を経てどう変わったかを見る作品です。
この距離の取り方が上手い。
本編直後から始めると、どうしても「あのキャラは今何してる?」が物語の中心になります。
68年飛ばすことで、前作キャラの存在を歴史として扱えるようになるんです。
人は生きている間は人物ですが、時間が経つと記憶や制度や伝説になる。
『モジュロ』はその変化を使って、本編を神話化しすぎず、新世代に重荷として背負わせています。
本編キャラクターの生死を先に振り返りたい人は、『呪術廻戦』死亡キャラ一覧と最終回時点の生死を確認してから読むと、68年という時間の重みを掴みやすいです。
また、死滅回游の術師たちがどれだけ異様な時代を作っていたのかを思い出すと、『モジュロ』の平時と危機のコントラストも見えやすくなります。
僕は続編って、前作の答え合わせだけをするより、「前作の勝利は未来に何を残したのか」を見せる方が好きなんすよ。
その点で『モジュロ』は、本編へのリスペクトと独立性のギリギリを狙っています。
また、本編を全部読んでいない人でも大枠は追えますが、細かな意味や名前の重さはかなり落ちます。
これは続編として当然の部分でもあり、完全新規向けの入口ではありません。
本編の出来事を知っていると、直接説明されない一言や道具の扱いに時間の積み重なりを感じられる。
その「説明されすぎない接続」が好きな人には、かなり気持ちいい作りです。
反対に、前作知識を前提にされるのが苦手なら、置いていかれた感覚が出やすいでしょう。
『呪術廻戦モジュロ』はひどい?
結論として、『呪術廻戦モジュロ』がひどいと言われる理由はかなり理解できます。
宇宙人という大胆すぎる設定、移民や共生を連想させる社会的テーマ、25話に詰め込まれた速い展開、本編とは異なる作画と物語の手触り。
どれも『呪術廻戦』の続編に王道バトルと人気キャラの延長線を求めた人には、ズレとして刺さります。
一方で、そのズレこそが『モジュロ』の存在理由でもあります。
本編を小さくコピーせず、68年後という時間を使って世界の境界を広げ、呪力や魂、人間と異質な存在の関係を別角度から見直した。
だから僕は、ひどい作品というより、入口でかなり人を選ぶ続編だと捉えています。
序盤で「なんか違う」と感じた人ほど、その違和感の正体を確認するつもりで最後まで読むと評価が変わる可能性があります。
逆に、本編と同じテンション、同じキャラ中心、同じ種類の術式戦を求めているなら、最後まで距離を感じるかもしれません。
作品選びって、人間関係と似てるんすよ。
相手が悪いというより、自分が期待していた役割と相手の性格が合わないことがある。
就活でも仕事でも、条件だけ見て入った場所と実際の文化が違うとしんどい。
『モジュロ』も「呪術廻戦」という看板だけで入ると、その文化差にびっくりする漫画です。
でも別物として向き合うと、短い尺の中でかなり変なことを真面目にやっている。
その変さを楽しめるかどうか。
僕なら、最初の数話で合わないと感じても、宇宙要素そのものが嫌いでなければ少し先まで読む価値はあると思います。
序盤の設定説明が、後半では人間関係や作品テーマの意味に変わってくるからです。
ただ、推しキャラの延長や本編そのままの熱量だけを求めるなら、無理に好きになる必要もありません。
作品との相性まで「名作だから好きであるべき」「人気作だから批判してはいけない」にすると、読むこと自体がしんどくなります。
良かった部分と合わなかった部分を分けて見る。
それくらいの距離感が、『モジュロ』には一番合っている気がします。
そこが、『呪術廻戦モジュロ』をひどいと感じるか、面白いと感じるかの一番大きな分かれ目です。
アニメ・映画が大好きで毎日色んな作品を見ています。その中で自分が良い!と思った作品を多くの人に見てもらいたいです。そのために、その作品のどこが面白いのか、レビューや考察などの記事を書いています。
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