皆さんは『ドラえもん』という作品を知っていますか?
日本を代表する国民的アニメなので、作品そのものを知らない人はかなり少ないと思います。
でも、「ドラえもんのアニメはいつから始まったの?」と聞かれると、意外と答えに詰まるんですよね。
というのも、『ドラえもん』には初代となる1973年版、現在のテレビシリーズにつながる1979年版、そして声優陣や映像表現が大きく刷新された2005年版という複数の転換点があるからです。
大山のぶ代版はいつからだったのか、水田わさび版はいつからなのか、現在まで何年続いているのかまで整理していくと、『ドラえもん』のアニメ史は思った以上に奥深いです。
私はZ世代なので、幼少期の記憶としては水田わさびさんのドラえもんも普通に「いつものドラえもん」です。
一方で、映像作品を年間数百本観るようになってから大山のぶ代版や古い映像を見返すと、同じキャラクターなのに声の間、作画の線、色彩、カットのテンポまでかなり違うことに気づきました。
そして面白いのが、それだけ変化しているのに、どの時代を見てもちゃんと『ドラえもん』として成立していることなんよね。
この記事では、ドラえもんのアニメがいつから始まったのかを年代順に整理しながら、初代アニメ、1979年版、2005年版、歴代声優の違いまで一気に掘り下げていきます。
- 『ドラえもん』初代アニメの放送時期
- 1973年版と1979年版の違い
- 2005年の声優交代と現在のシリーズ
- 『ドラえもん』が何年続いているのか
『ドラえもん』のアニメはいつから始まった?
まず最初に整理しておきたいのが、「最初のアニメ化」と「現在につながるテレビシリーズの開始」は別だということです。
『ドラえもん』が最初にテレビアニメ化されたのは1973年ですが、現在のテレビ朝日系列のアニメにつながるシリーズは1979年に始まりました。
ここを分けて覚えておけば、ドラえもんのアニメ史は一気に分かりやすくなります。
初代アニメ
『ドラえもん』の初代テレビアニメは、1973年4月に放送を開始した日本テレビ版です。
現在のテレビ朝日版より6年も前なので、「ドラえもんのアニメ=1979年開始」と覚えていた人は少し驚くかもしれません。
最初のテレビアニメ化は1973年です。
1979年は、現在まで続くテレビ朝日版がスタートした年になります。
1973年版は約半年間放送されたシリーズで、現在一般的にイメージされる『ドラえもん』とは放送局も制作体制も異なっています。
つまり、1973年から2026年まで同じテレビシリーズが途切れずに続いているわけではありません。
まだドラえもん像が固まる前だった
映像オタク的に1973年版が面白いのは、後世で定着する「ドラえもんらしさ」がまだ完全には固定されていないところです。
キャラクターデザインだけでなく、芝居のテンションやギャグの運び方にも、1970年代のテレビ漫画らしいドタバタ感があります。
今の『ドラえもん』は、のび太の部屋や空き地などの見慣れた空間にキャラクターを置き、会話とリアクションで笑わせる演出が非常に強いです。
それに対して初期の映像には、キャラクターを大きく動かして状況そのもので笑わせる感覚が強く、現在とは画面の呼吸が違います。
私はこういう古いアニメを見るたびに、キャラクターって原作の設定だけで完成するわけではないんだなと感じます。
何年もアニメが作られ、声優の芝居や演出の型が積み重なって初めて、私たちの頭にある「このキャラならこう動く」という共通認識が作られていくんですよね。
1973年版
1973年版『ドラえもん』は、日本テレビ系列で1973年4月から9月まで放送されました。
放送期間だけを見ると約半年なので、1979年以降の長大な歴史と比較するとかなり短いシリーズです。
ただし、作品史としては無視できません。
『ドラえもん』という漫画がテレビアニメとして実際に動き、声を持った最初の時代だからです。
声優も現在とはまったく違う
1973年版ではドラえもん役も一人ではなく、放送期間中に富田耕生さんから野沢雅子さんへ交代しています。
のび太役は太田淑子さん、ジャイアン役には後の1979年版でスネ夫を担当する肝付兼太さんが起用されていました。
ここ、声優好きならかなり面白いポイントっすね。
後世ではスネ夫のイメージと強烈に結び付いた肝付兼太さんが、別シリーズではジャイアンを演じている。
キャラクターと声優の組み合わせがまだ「絶対的なもの」になっていなかった時代だったことが分かります。
長寿アニメでは、声優の声そのものがキャラクターデザインの一部になります。
1973年版を見ると、そのイメージが完成する以前の『ドラえもん』を知ることができます。
ただ、1973年版は後のシリーズほど映像資料へ簡単にアクセスできる作品ではありません。
そのため、断片的な映像だけを見て「昔はこうだった」と作品全体の演出まで断定するのは私は避けたいです。
分からないものは分からない。
映像批評って、資料が少ない作品ほどこの線引きがめちゃくちゃ大事なんですよね。
1979年版
現在まで続く『ドラえもん』のテレビアニメ史で最大の転換点が、1979年4月2日にスタートしたテレビ朝日版です。
テレビ朝日も公式に1979年をアニメ放送開始年として扱っており、2019年には放送40周年を迎えました。
このシリーズが圧倒的な知名度を獲得したことで、現在私たちが共有している「テレビアニメのドラえもん」の基本形が出来上がっていきます。
派手さより日常のリズムが強い
1979年版を見返して私が改めてすごいと思うのは、映像的な派手さに頼らず、キャラクター同士の会話だけで画面を成立させている点です。
のび太が泣きつく、ドラえもんが呆れる、少し間を置く、押し入れや四次元ポケットから道具を出す。
この一連の動作がほとんど「型」になっています。
普通なら同じ流れを繰り返せばマンネリになります。
ところが『ドラえもん』では、その型があるからこそ「今回はどんな道具が出て、のび太がどう余計なことをするのか」という差分に集中できるんです。
構造としては漫才にも近いんですよね。
さらにテレビ朝日が紹介した制作現場では、特別な意図がない限りキャラクターに影を付けず、基本的に色面で見せるという画面設計も明かされています。
私はこれ、かなり重要だと思っています。
陰影を増やして立体感を出すより、キャラクターの輪郭と表情を瞬間的に読み取れることを優先する。
毎週幅広い年齢層が見るアニメだからこそ、画面の「読みやすさ」が徹底されているんです。
最近のアニメでは撮影処理や光源表現を重ねて画面密度を上げる作品も多いですが、『ドラえもん』は逆方向。
情報を足すのではなく、必要なものだけ残す。
長寿アニメとしての設計思想がめちゃくちゃ合理的っすね。
放送開始日
ドラえもんのアニメの放送開始日については、どのシリーズを指しているのかによって答えが変わります。
最初のアニメ化、テレビ朝日版、現在の声優版という3つに分けると迷いません。
| 区分 | 放送開始 | ポイント |
|---|---|---|
| 初代アニメ | 1973年4月1日 | 日本テレビ版 |
| テレビ朝日版 | 1979年4月2日 | 大山のぶ代版がスタート |
| 現在の声優版 | 2005年4月15日 | 水田わさび版がスタート |
なので、「ドラえもんのアニメはいつから?」への最も誤解の少ない答えは、初代アニメは1973年、現在につながるテレビ朝日版は1979年からです。
そして「今のドラえもんはいつから?」という意味なら、答えは2005年4月15日になります。
1973年から現在まで同一シリーズが連続して放送されているわけではありません。
1973年版と、1979年以降のテレビ朝日版は分けて整理しましょう。
年代だけを見ると少しややこしいですが、「1973年=最初のアニメ化」「1979年=テレビ朝日版」「2005年=現在の声優陣」と覚えておけば十分です。
大山のぶ代版
大山のぶ代さんがドラえもんを担当したテレビ朝日版は、1979年から2005年まで約26年間続きました。
テレビ朝日によれば、この時代だけでもおよそ1800話が放送されています。
26年間という数字はすごいですが、私がもっと重要だと思うのは、一人の声優の芝居がキャラクターそのものとして社会に定着するには十分すぎる時間だったという点です。
大山版は声と編集の相性が抜群
大山のぶ代さんのドラえもんは、低めで特徴的な声質だけが魅力ではありません。
のび太へ呆れるときの間、怒る直前の溜め、道具を出すときにテンションが切り替わる瞬間など、芝居の緩急がかなり大きいです。
そして旧シリーズでは、その芝居を編集側が急いで切らない。
ドラえもんが無言でのび太を見る。
のび太が焦る。
そこから次の台詞へ移る。
この数秒の「何も言わない時間」が笑いになるんです。
私は昔のアニメを見ていると、現代作品よりテンポが遅いと感じることがあります。
ただ、『ドラえもん』の場合は単純な遅さではなく、声優の芝居を成立させるために余白を置いている場面が多い。
ここを全部高速化したら、大山版特有のユーモアはかなり失われると思います。
映画では画面のスケールが一気に変わる
大山版の面白さは、テレビシリーズの日常的な画面と劇場版のスケール感の落差にもあります。
普段はのび太の部屋、学校、空き地という狭い生活圏で進む作品なのに、映画になると異世界や文明、環境問題まで扱う。
同じキャラクターを使いながらフレームのスケールそのものを拡張しているんです。
その感覚が特に強い作品の一つが1992年公開の『映画ドラえもん のび太と雲の王国』です。
大山版映画に見られる社会的テーマまで掘り下げたい人は、『映画ドラえもん のび太と雲の王国』のトラウマ性とテーマを分析した記事も参考にしてみてください。
子どもの頃は冒険として普通に観ていた作品が、大人になってから見ると環境問題や社会構造の話に見えてくる。
私はこの二重構造こそ、大山版ドラえもん映画が世代を超えて見返される理由の一つだと思っています。
『ドラえもん』のアニメはいつから現在の形に?
現在放送されている『ドラえもん』の直接的なスタート地点を知りたいなら、重要なのは2005年です。
この年にドラえもん、のび太、しずか、ジャイアン、スネ夫の主要キャストが一新され、映像や音響を含めたシリーズ全体の印象も大きく変化しました。
ここから、水田わさびさんたちによる現在の『ドラえもん』が始まります。
2005年版
現在の主要声優陣による『ドラえもん』は、2005年4月15日の放送からスタートしました。
1979年版から数えると約26年間続いたキャストが一気に入れ替わったため、当時リアルタイムで見ていた人には相当大きな事件だったはずです。
私の世代からすると面白いのが、「新ドラえもん」と呼ばれる2005年版ですら、2026年時点ですでに20年以上続いていること。
もう全然新しくないんよね笑。
単なる声優変更ではない
2005年版を「声が変わったドラえもん」とだけ見るのは、映像好きとしてはかなりもったいないです。
キャラクターの輪郭、色の見え方、表情の切り替え、リアクションの速度など、画面全体の感触も変化しています。
特に違いを感じるのはテンポです。
大山版では声優の芝居を少し長めに見せる場面が多かったのに対し、2005年以降は表情の切り替えやカットの反応速度が軽快になっています。
これによってドラえもんとのび太の関係も、「保護者と子ども」より「一緒に失敗する友達」に近く感じられる場面が増えました。
ぶっちゃけ、長年大山版を観てきた人が最初に違和感を持ったのは当然だと思います。
声だけでなく、作品が刻むリズムそのものが変わったわけですから。
ただ、それを単純な劣化とするのも違う。
テレビの視聴環境や子ども向け作品のテンポも変化します。
長寿アニメは「変わらないために、変わり続けなければならない」んですよね。
声優交代
2005年のリニューアルでは、主要5キャラクターの声優が一斉に交代しました。
| キャラクター | 1979年版 | 2005年以降 |
|---|---|---|
| ドラえもん | 大山のぶ代 | 水田わさび |
| のび太 | 小原乃梨子 | 大原めぐみ |
| しずか | 野村道子 | かかずゆみ |
| ジャイアン | たてかべ和也 | 木村昴 |
| スネ夫 | 肝付兼太 | 関智一 |
これだけ一気に声が変われば、「別の作品みたい」と感じる人が出るのも当然です。
アニメにおける声優って、キャラクターへ後から付ける単なる音声ではないんですよね。
台詞を言う速さ、息の量、語尾を上げるか下げるか、相手の台詞へどれだけ間を空けて返すか。
そうした細部がキャラクターの性格として蓄積されます。
違和感は失敗ではない
長年聞いていた声が変われば、脳内にあるキャラクター像とのズレが生まれます。
だから声優交代直後に違和感が出ること自体は、作品の完成度とは別問題です。
実際、水田わさびさんたちの体制もすでに20年以上続いています。
今の10代や20代前半には、水田さんの声こそ「子どもの頃から知っているドラえもん」という人も珍しくありません。
これって現実の人間関係にも少し似ています。
職場や学校で新しい人が入ったとき、前任者と比べて違和感を覚えることがあります。
でも「前の人と違う」と「新しい人が悪い」は同じ意味ではありません。
私は声優交代を見ていると、作品も人間関係も、結局は新しい関係性が馴染むための時間が必要なんだなと思います。
水田わさび版
水田わさびさんがドラえもんを演じる現在のシリーズは、2005年4月から続いています。
水田版のドラえもんを見ていて私が特徴的だと感じるのは、ドラえもん自身の子どもっぽさがかなり見えやすいことです。
のび太を助けるだけではなく、一緒になって焦ったり、調子に乗ったり、感情的になったりする。
この芝居によって、ドラえもんとのび太が上下関係ではなく「二人組」として見えやすくなっています。
リアクションの速さが現代的
現在のシリーズでは、会話に対する表情変化やリアクションがかなり細かいです。
ドラえもんが一瞬ムッとする、のび太がすぐ調子に乗る、ジャイアンの圧に全員の表情が切り替わる。
こうした小さな変化をテンポよく積み重ねることで、長い説明がなくても感情関係を理解できます。
2005年版は声優だけを変更したシリーズではありません。
声の芝居、表情、編集テンポなどを含めて、現代の視聴環境へ『ドラえもん』を再調整したリニューアルと捉えると分かりやすいです。
一方で、あえて苦言を呈するなら、テンポが速くなったことで昔のシリーズにあった「何とも言えない沈黙」が恋しくなる瞬間もあります。
私はキャラクターがただ無言で立っている時間が笑いになる演出がかなり好きなので、そこは旧シリーズに軍配を上げたくなることもあります。
でも逆に現在版には現在版の呼吸があります。
どちらかを正解にするより、同じ原作が時代によってどう演出され直したのかを比較するほうが圧倒的に面白いっすね。
何年続いてる?
『ドラえもん』のアニメが何年続いているのかは、どの開始時点を基準にするかで数字が変わります。
| 基準 | 開始年 | 2026年時点 |
|---|---|---|
| 最初のテレビアニメ | 1973年 | 約53年前 |
| テレビ朝日版 | 1979年 | 約47年 |
| 現在の声優版 | 2005年 | 約21年 |
最初のアニメ化から数えると2026年で約53年ですが、1973年版は半年ほどで終了しているため、53年間連続放送という意味ではありません。
現在まで続くテレビ朝日版を基準にすれば約47年。
水田わさびさんたちによる現体制だけでも約21年です。
なぜ同じ構造で何十年も続くのか
ここで私が一番面白いと思うのが、『ドラえもん』の基本構造そのものは驚くほど変わっていないことです。
のび太に悩みが発生する。
ドラえもんへ相談する。
ひみつ道具が出る。
便利さに欲が加わる。
予想外の問題が発生する。
めちゃくちゃシンプルです。
でも、この構造は時代が進むほど古びるどころか、むしろ現実社会と重なってきます。
スマートフォン、SNS、生成AIなど、私たちの生活にも「本来は便利な道具」が次々登場しています。
そして結局問題になるのは、その技術自体ではなく人間がどう使うかです。
私自身、新しいツールを触ると最初は「これで全部楽になるやん」とテンションが上がります。
でも便利になった分だけ仕事を増やしてしまったり、別の悩みが出てきたりする。
のび太がひみつ道具を手にしたときと、構造的にはそこまで変わらないんですよね。
だから『ドラえもん』は未来の道具を描きながら、本質的にはずっと人間を描いている。
ここが半世紀近くテレビ朝日版が続いても物語の芯が古くならない理由だと私は思います。
歴代声優
『ドラえもん』のアニメ史を理解するなら、歴代声優の変化も外せません。
主要な3つの時代を並べると、シリーズごとの差がかなり分かりやすくなります。
| 時代 | ドラえもん | のび太 | しずか | ジャイアン | スネ夫 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1973年版 | 富田耕生→野沢雅子 | 太田淑子 | 恵比寿まさ子 | 肝付兼太 | 八代駿 |
| 1979年版 | 大山のぶ代 | 小原乃梨子 | 野村道子 | たてかべ和也 | 肝付兼太 |
| 2005年版 | 水田わさび | 大原めぐみ | かかずゆみ | 木村昴 | 関智一 |
こうして見ると、肝付兼太さんが1973年版ではジャイアン、1979年版ではスネ夫を担当しているのが面白いです。
声が変わると関係性まで変わる
私は声優交代を比較するとき、声質そのものより「他のキャラクターとの距離感」に注目しています。
大山のぶ代さんのドラえもんは低い声と落ち着いた間によって、のび太より少し大人びた存在として見えやすいです。
一方、水田わさびさんは感情の上下動が軽快なので、のび太と同じ目線で騒いでいる友達感が強くなります。
同じ台本でも、返事を0.5秒早くするだけで「冷静に見守っている人」から「一緒に焦っている人」へ印象が変わります。
アニメにおける声優の芝居って、そのくらい映像の意味へ食い込んでいるんです。
声優の違いを見るときは、声の似ている・似ていないだけでなく、台詞の速度や間、他キャラクターへの返し方まで比べると、それぞれの時代の演出意図が見えやすくなります。
現実の会話でも同じですよね。
同じ「大丈夫」という一言でも、即答するのか、一瞬黙ってから言うのかで意味がまるで違います。
映像作品をたくさん観るようになってから、私は日常会話でも言葉そのもの以上に「間」を気にするようになりました。
『ドラえもん』は長い歴史があるからこそ、声と演出の関係を比較する教材としてもかなり面白い作品です。
『ドラえもん』のアニメはいつから?まとめ
『ドラえもん』のアニメがいつから始まったのかを整理すると、最初のテレビアニメ化は1973年4月1日です。
一方、現在まで続くテレビ朝日版が始まったのは1979年4月2日。
さらに水田わさびさんたち現在の主要声優陣によるシリーズは、2005年4月15日にスタートしています。
『ドラえもん』アニメ史のポイント
- 初代テレビアニメは1973年の日本テレビ版
- 現在につながるテレビ朝日版は1979年開始
- 大山のぶ代版は1979年から2005年まで
- 水田わさび版は2005年4月15日から開始
- テレビ朝日版は2026年時点で約47年の歴史を持つ
ここまで歴史を並べてみると、『ドラえもん』のすごさは単純に長く続いていることではないと分かります。
1973年、1979年、2005年では、声優も作画も放送環境も違います。
テレビそのものの画質も、アニメを見る子どもたちの生活もまったく違います。
それなのに、ドラえもんとのび太が部屋で話している画面を見れば、私たちは一瞬で「ああ、ドラえもんだ」と理解できます。
長寿作品の本当の強さは、何も変えないことではなく、変化し続けながら作品の核だけを残すことなんだと思います。
大山のぶ代さんから水田わさびさんへ声が変わり、セル画中心の時代からデジタル制作の時代へ移っても、「便利な道具を前にした人間はどう行動するのか」という物語の基本は変わりません。
私みたいなZ世代からすれば、1970年代の『ドラえもん』は生まれるずっと前の作品です。
それでも見返してみると、技術を使いこなせず欲に負けるのび太の姿に普通に心当たりがある笑。
半世紀前から続いているのに、未来を描いた作品としてまだ現代人へ刺さる。
ドラえもんのアニメがいつから始まったのかを知ることは、そのまま日本のテレビアニメがどのように時代へ適応してきたのかを見ることでもあります。
年代を知ったうえで旧作と現在版を見比べると、声の芝居、カットの間、色彩、リアクションの速度まで違って見えてくるので、ぜひそんな映像的な部分にも注目してみてください。
アニメ・映画が大好きで毎日色んな作品を見ています。その中で自分が良い!と思った作品を多くの人に見てもらいたいです。そのために、その作品のどこが面白いのか、レビューや考察などの記事を書いています。
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