こんにちは、たたみの冷凍みかん箱管理人のtatamiです。鉄血のオルフェンズ2期はひどい、最終回がひどい、2期のストーリーが意味不明、そんな声を一度は目にしたことがあるんじゃないでしょうか。私のところにも、鉄血のオルフェンズ2期の感想を語ってほしい、なぜあそこまで叩かれるのか知りたい、という相談がちょこちょこ届きます。
検索欄に鉄血のオルフェンズ 2期 ひどいと打つと、鉄血のオルフェンズ 2期 評判、2期 つまらない、2期 炎上、鉄血のオルフェンズ 最終回 ひどい、オルガ 止まるんじゃねぇぞ ネタ、マクギリス 迷走、三日月 成長しない、鉄華団 全滅といった関連ワードがずらっと出てきますよね。「そこまで言われるほどなの?」と気になっているあなたと同じように、私も初視聴のときはモヤモヤを抱えたまま最終話を迎えたタイプです。
ただ、時間をおいて見直したり、1期と2期を通しで振り返ったり、当時のインタビューや周辺作品を追いかけていくと、「ひどい」と言われるポイントと、「狙っていることは分かるけど脚本がついてきてないな」というポイントがだんだん整理できてきました。感情的な「嫌い!」で終わらせるより、「どこがどうチグハグだったのか」を言葉にしておくと、作品との付き合い方も少し楽になるかなと思っています。
この記事では、鉄血のオルフェンズ2期がひどいと言われる理由を、1期との比較や鉄華団の描き方、マクギリスやラスタルたちギャラルホルン側の処理まで含めてがっつり掘っていきます。そのうえで、「それでもここは好きだった」「こう見るとまだ楽しめるかも」というポジティブ寄りの視点も置いていくので、モヤモヤを抱えたままのあなたの頭の中を、少しでも整理する手助けになればうれしいです。
- 鉄血のオルフェンズ2期が「ひどい」と言われる具体的な理由が分かる
- 1期との違いや、キャラの退場ラッシュが生んだ違和感を整理できる
- それでも作品として評価したいテーマや見どころを再確認できる
- 今から視聴・見直しする人向けに、どの配信サービスで見られるか把握できる
鉄血のオルフェンズ 2期 ひどいと言われる理由
まずは「ひどい」と言われる側の話から。ここでは作品そのものの概要やあらすじをおさらいしたうえで、1期との温度差、脚本の雑さ、キャラの死に意味が感じられない部分などを、私なりに分解していきます。感情としての「嫌だ」と、構造としての「ここが弱い」がごちゃっと混ざっていると余計にモヤモヤするので、一つずつほどいていくイメージで読んでもらえたらうれしいです。
作品概要
『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』は、ガンダムシリーズの中でも宇宙世紀とは別の時間軸「P.D.(ポスト・ディザスター)」を舞台にしたアナザー作品です。かつてモビルアーマーの暴走で人類がボロボロになった厄祭戦から約300年後、火星のスラム育ちの少年兵たちが、自分たちの居場所を掴むために戦う物語になっています。
制作はサンライズ(現バンダイナムコフィルムワークス)。監督は『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などで青春群像劇を描いてきた長井龍雪さん、シリーズ構成は岡田麿里さんというタッグです。いわゆる「泥臭いガンダム」を掲げていて、ビーム兵器ではなく実弾メイン、モビルスーツ同士が殴り合って装甲がバキバキ剥がれていく戦闘描写が特徴ですね。キャッチコピーは「いのちの糧は、戦場にある。」という、かなりストレートで重いフレーズ。
1期は2015年10月〜2016年3月、2期は2016年10月〜2017年4月に放送されました。2クール+2クールの全50話構成で、近年のガンダムとしてはしっかり尺のあるタイプ。公式の放送情報やスタッフリストは、バンダイナムコフィルムワークス(旧サンライズ)の作品紹介ページにまとまっているので、スタッフ名や放送話数を確認したい人は一度目を通しておくといいかなと思います(出典:バンダイナムコフィルムワークス公式サイト)。
シリーズ全体の狙いとしては、「任侠」「ヤンキー」「チームの絆」といった昭和〜平成の不良文化を、宇宙とモビルスーツの世界へ乗せ替えたようなイメージがかなり強いです。テイワズの「盃」文化や、鉄華団の「家族」感は、その辺りの文脈を知っていると「あ〜そういうことか」と腑に落ちるところが多いんですよね。ヒューマンデブリという設定も、単なるSFガジェットというより、現実の貧困や搾取をかなり露骨に持ち込んでいます。
2期は、1期で名を上げた鉄華団がテイワズ直系となり、アーブラウとのハーフメタル利権を手にしてからの話。地球支部を持つまでに膨張した組織が、ギャラルホルン内部の権力闘争に巻き込まれていく……というのが大きな流れです。ここまでは紙面で読むとすごく面白そうなんですが、実際のアニメの見せ方が「うーん……」となってしまったのが、今回のテーマですね。
あらすじ
ざっくり全体の流れをおさらいしておきます。1期は火星の民間警備会社CGSに所属する少年兵たちが、クーデリア・藍那・バーンスタインの護衛任務をきっかけにクーデターを起こし、「鉄華団」として独立するところからスタートします。途中で宇宙ヤクザ的なテイワズと義兄弟の契りを交わし、宇宙海賊ブルワーズとの激戦やドルトコロニーの労働者蜂起、地球降下作戦、エドモントンでの代表選挙防衛戦と続き、最終的にギャラルホルンの腐敗を暴きつつ、クーデリアの政治的な足場を整えて終わります。
2期はそこから2年後。鉄華団は火星でのハーフメタル採掘権を手に入れ、地球支部も抱える「新興の大企業」みたいな立ち位置になっています。一方ギャラルホルン側は、ラスタル・エリオンが率いるアリアンロッド艦隊が実質的な実力者として台頭しつつあり、マクギリス・ファリドがバエルを手にしてクーデターを起こす準備を整えている、という政治的な火種がいっぱい。
物語前半は、夜明けの地平線団との戦い、アーブラウとSAUの紛争、MAハシュマルの再起動と決戦など、1期にも近い「現場目線の戦闘と被害」を描く回が目立ちます。昭弘の弟・昌弘との悲しい再会や、シノの特攻など、1期の延長線上にある熱さもまだ感じられるところですね。
問題は後半。テイワズ内部の権力争いでタービンズが壊滅し、ラフタが一般人に紛れた刺客に撃ち抜かれ、名瀬やアミダも散り、鉄華団はテイワズを離脱してマクギリスの革命軍側につきます。そこからアリアンロッドとの全面戦争になだれ込み、フラウロスの一世一代の特攻が失敗し、シノが無念の死。最終盤ではマクギリスがガエリオに敗れ、オルガは路地で銃撃を受け、三日月と昭弘は殿として戦い抜いて力尽きる……という怒涛の退場ラッシュで幕を閉じます。
ラストは、クーデリアが火星連合の代表として火星自治を進め、生き残った鉄華団のメンバーが別人としてそれぞれの人生を歩み始めている、というエピローグ。アトラとクーデリアと三日月の子・暁が畑を走り回るシーンは、確かに一つの救いではあるんですが、それまでの積み重ねとのバランスが悪くて、「いやそこに行くまでの過程がドロドロすぎるんよ……」と感じた人も多いはずです。
登場人物
ここで主要キャラだけ軽く整理しておきます。誰がどこで何をしたのか、2期は特に情報量が多いので、一度頭の中をリセットして並べ直しておくと、後の「ひどいポイント」の話が入ってきやすくなりますよ。
鉄華団側
主人公ポジションは、火星出身の少年兵三日月・オーガス。阿頼耶識システムでガンダム・バルバトスと直結し、1期からずっと最前線で戦い続けるエースパイロットです。彼の「オルガが行けって言ったから」「オルガが決めたから」という徹底した依存姿勢が、2期では良くも悪くも極まっていきます。
鉄華団の団長オルガ・イツカは、カリスマ性と瞬発力の塊みたいなリーダー。1期ではビスケットという参謀がいたおかげで、感情と合理性のバランスがギリギリ取れていましたが、ビスケットの死後はブレーキ役不在のまま突き進んでしまいます。2期の悲劇の多くは、オルガの「ここで止まったら今まで死んだ仲間に顔向けできねぇ」という思考から生まれていて、その暴走ぶりが視聴者をざわつかせたポイントでもありますね。
他にも、昭弘・アルトランド、シノ、ユージン、アトラ、メリビット、タカキ、チャド、ハッシュなど、1期からのメンバーに新顔が合流して、2期の鉄華団はかなり大所帯になっています。人数が増えた分、一人ひとりの掘り下げが薄くなった感じも否めないのですが、細かいカットやセリフに「この子こんなこと考えてたんだな」と感じる瞬間も多いです。
ギャラルホルン&その他
ギャラルホルン側では、マクギリス・ファリドとガエリオ・ボードウィンの関係が2期の軸です。1期のラストでマクギリスに裏切られたガエリオは、重傷を負いながらも生還し、「ヴィダール」として表舞台に戻ってきます。一方マクギリスは、バエルを手にしてセブンスターズに対するクーデターを仕掛けるものの、ラスタルやアリアンロッドの力を見誤った結果、完全に詰んでしまう。
ラスタル・エリオンは、2期の“勝者”側の象徴です。鉄血2期ひどい論争の中でよく槍玉に挙がる「ダインスレイヴ空爆」「情報操作」「ヒューマンデブリ利用」など、冷酷で汚い手を全部握っているおじさんですね。ジュリエッタ、イオクという“問題児”を抱えつつも、政治的には最後まで勝ち続ける立ち回りを見せます。
他には、テイワズの名瀬・タービンとアミダ、タービンズのラフタとアジー、火星の活動家アリウム、宇宙海賊サンドバルなど、2期から退場するために呼ばれたんじゃないかと思うくらい、悲しい役回りのキャラが多いのも特徴です。ここまでざっと並べただけでも、「キャラ多すぎ問題」「退場させすぎ問題」の匂いがしてきますよね。
1期との温度差
鉄血のオルフェンズ2期がひどいと言われるとき、真っ先に出てくるのが「1期との温度差」です。1期も決して明るい作品ではありませんが、「クーデリアを地球に送り届ける」「鉄華団として独立する」「自分たちの居場所を作る」という明確な目標があり、そのために一歩一歩前に進んでいく手触りがありました。
1期は、CGSクーデターから始まり、テイワズとの出会い、ブルワーズとの戦い、ドルトコロニーの蜂起、地球降下、エドモントンでの代表選挙防衛という流れが、わりと一本道で繋がっています。途中で人が死んだり、裏切りがあったりはするものの、「鉄華団が仕事を受ける→困難がある→仲間と協力して乗り越える→少し成長する」という構造が一貫していて、視聴者としても感情を乗せやすかったんですよね。
ところが2期になると、軸が一気に増えます。鉄華団の成り上がり、アーブラウとSAUの紛争、テイワズ内部抗争、マクギリスのクーデター計画、アリアンロッドの台頭、ヒューマンデブリ問題、MAハシュマルの再起動……と、どれも本来なら1クールの主役を張れるようなネタが、一気に押し込まれてしまった印象があります。
その結果、「鉄華団の物語」として見ていた視聴者のカメラが、途中からギャラルホルン側や大人たちの政治劇にどんどん持っていかれるんですよね。もちろんそれ自体は悪いことではないんですが、1期で築いた「少年兵の目線」がブレてしまったことで、「あれ、誰の話を見せられているんだっけ?」という感覚になりやすい。これがまず、温度差の正体のひとつかなと思っています。
さらに言うと、1期終盤のビスケットの死から2期冒頭にかけて、オルガの迷走はある意味“必然”ではあるものの、その迷走の描写が丁寧とは言い難い部分も多いです。鉄華団が急成長していく過程で、「組織運営」「政治的な駆け引き」「リスクマネジメント」といった要素がほとんど描かれないまま、いきなり「火星の王」「ギャラルホルン転覆」に話が飛んでしまう。ここが視聴者の体感として、「キャラたちの感情に物語が追いついていない」と感じる大きな要因だと私は思っています。
1期のあの泥臭くて手作り感のある戦いぶりを愛していた人ほど、2期の“話が大きくなりすぎたガンダム”感に拒否反応が出やすいのも、正直よく分かります。私も初見では、「いや鉄華団、こんなスケールの戦争を背負う話だったっけ?」と何度も首をかしげました。
キャラの死に意味がない
鉄血のオルフェンズ2期 ひどい論争の中心にいるのが、キャラの退場のさせ方です。鉄華団に限らず、多くのキャラクターが2期で命を落としますが、その死が物語やテーマにどう結びついているのかが、視聴者にとって分かりづらい、もしくは「雑に消された」と感じられてしまったケースがかなり多いんですよね。
分かりやすいところで言うと、ラフタの死。テイワズ内部抗争の中で、一般人に紛れた刺客に路地裏で撃ち殺されるシーンは、「現実的」と言えばそうなんですが、これまで丁寧に積み上げてきたキャラへの愛着を考えると、あまりにも唐突でショッキングでした。しかも、その死が鉄華団の選択や物語の方向性に大きく影響したかというと、正直そこまででもない。
名瀬とアミダの特攻も、「タービンズという家族の終わり」として見ると胸が熱くなる一方で、ジャスレイとイオクの小物ムーブと組み合わさることで、「こんな奴らの見せ場のために死なせたのか……」という虚しさが勝ってしまった人も多いはずです。シノのフラウロス特攻も、ラスタルの乗艦に当たるかどうかのサイコロにすべてを賭ける展開だっただけに、外した瞬間の「え、そこ外すの?」という虚脱感が強かった。
オルガの死に関しても、あえて路地裏での銃撃という“凡庸な死”にした意図は分かります。ギャラルホルンとの派手な戦場で散るのではなく、ノブリスの刺客に撃たれて終わることで、「少年兵が権力ゲームに巻き込まれた末路」という冷酷さを出したかったんだろうな、と。ただ、その意図が視聴者に届く前に、「止まるんじゃねぇぞ…」ミームだけが独り歩きしてしまったのが、なんとも悲しいところです。
キャラの死が多い作品自体は、別に珍しくありません。問題は、その死が物語のテーマを深める方向に使われたか、それともショック要員として消費されただけか、というところ。鉄血2期は、後者に見えてしまう場面がどうしても多かったと感じています。ひとつひとつの死に感情は乗るけれど、「この死があったからこそ世界がこう変わった」と言える瞬間が少ない。そのギャップが、「なんの意味もなく死なせすぎ」という評価に繋がっているのかなと思います。
個人的には、ラフタとシノの死は、もう2〜3話分、事前に“生きている時間”を積み増してほしかったな……というのが本音です。視聴者が「まだこのキャラたちと一緒にいたい」と思っているタイミングで奪うのがドラマの定石ではあるんですが、鉄血2期はそこの駆け引きがちょっと乱暴だったかなと。
マクギリスの迷走
2期のストーリー構造の中核にいるのが、マクギリス・ファリドです。彼はギャラルホルンの腐敗を誰よりも自覚し、内部から壊そうとしていた人物として描かれてきましたが、その計画が2期ではとことん迷走します。視聴者側の「この人、実はめちゃくちゃ有能なのでは?」という期待を、いい意味でも悪い意味でも裏切ってくるんですよね。
まず、バエルの扱い。マクギリスは「アグニカ・カイエルの魂が宿るガンダム・バエル」を手にすれば、セブンスターズは黙って従うと読んでいた節がありますが、ふたを開けてみれば「は?なんで今さら?」と冷たくスルーされる。この構図自体は、古い権威にしがみつく側と、すでに形骸化させている側のギャップを描くうえでは面白いんですが、「それを読めなかったマクギリスって、実はめちゃくちゃ視野が狭かったのでは?」という感想がどうしても出てきてしまう。
さらに、鉄華団の扱いも雑です。彼は鉄華団を「自分の革命の駒」として利用する一方で、彼らの限界やリスクを正しく見積もれていない。鉄華団側もオルガが「マッキーを信じるしかねぇ」と言い続けるだけで、具体的な取引条件や撤退ラインを詰める描写がほとんどありません。ここは「少年兵が大人の政治ゲームに巻き込まれる」というテーマ上、あえてそう描いている部分もあると思いますが、視聴者としては「いや誰か一人でいいから冷静に止めてくれ」と叫びたくなるポイントですよね。
ガエリオとの決着も、ドラマとしてのカタルシスより、「ここまで引っ張ってきてそれか……」という虚しさの方が勝ってしまった人が多いんじゃないかなと思います。1期終盤のグシオン戦や、カルタを巻き込んだ一連の騒動で、マクギリスがどれだけ冷酷な判断をしてきたかを考えると、ガエリオの復讐が実現するのはある意味当然なんですが、その過程が2期後半で一気に描かれてしまったことで、「マクギリス迷走編」の印象が強くなりすぎた感があります。
個人的には、マクギリスはもっと「鉄華団の外側」で失敗してほしかったんですよね。鉄華団側の視点から見たときに、「あの大人はああやって自滅していった」という反面教師として機能していれば、鉄華団の物語とも噛み合ったはず。現状だと、マクギリスの破滅と鉄華団の破滅がごちゃっと混ざってしまって、「誰のドラマとして見ればいいのか」がぼやけてしまった印象があります。
ギャラルホルン側の雑さ
2期で一気に存在感を増すのが、ラスタル・エリオン率いるアリアンロッド艦隊です。彼らはギャラルホルンの“現実主義”側として、マクギリスの理想主義と鉄華団の突っ走りを、冷徹な手段で押し潰していく役割を担っています。ここまでは分かるんですが、問題はその描かれ方です。
ラスタルは常に一歩引いた場所から戦況を眺め、「ここで情報を流せ」「ここで世論を操作しろ」「ここでダインスレイヴだ」と指示を飛ばすタイプ。戦争のリアルさ、情報戦の重要性を描きたいなら、こういうキャラは絶対に必要なんですが、鉄血2期の場合、「なんでもラスタルが都合よく勝つ」展開が続きすぎて、視聴者のフラストレーションを溜め込む結果になってしまいました。
イオク様の存在も、「視聴者イライラ要員」として機能しすぎている感があります。彼はMAハシュマルを無駄に刺激して被害を拡大させ、タービンズ壊滅にも加担し、そのわりに最後まで大きな罰を受けない(最期は三日月たちに討たれるものの、そこに至るまでの過程での“反省”がほとんど描かれない)。このあたり、「視聴者のヘイトを集めることで感情を動かす」やり方が、あまりにも露骨で、ドラマとしての厚みには繋がっていないと感じました。
ジュリエッタに関しても、キャラ単体としては好きなんですが、鉄華団側との対比がうまく機能しきれていない印象があります。ラスタルの“犬”として生きる彼女と、オルガに人生を預けた三日月たちは、もっと鏡合わせの関係として描けたはずなんですよね。実際には、最終的にジュリエッタが「正義側の代表」として三日月を討つ構図が強調されすぎて、「勝った側の自己正当化」に見えてしまった人も多いと思います。
ギャラルホルンそのものの構造や、セブンスターズ、ヒューマンデブリ廃止条約など、世界観設定レベルではめちゃくちゃ面白い要素が詰まっているだけに、「そこをもっと掘ってほしかった」という欲はどうしても出てきます。ラスタルを完全悪として描かないバランス感覚は好きなんですが、物語の都合で“勝たせすぎた”結果、鉄華団やマクギリスの積み上げが安く見えてしまったのは、やっぱりもったいなかったな……というのが正直なところです。
テーマと脚本がチグハグ
ここまで個別の要素を見てきましたが、一番大きいのは「テーマと脚本が噛み合っていない」という点かなと思っています。鉄血のオルフェンズ全体を通してのテーマは、おそらく「貧困と搾取」「少年兵の生存戦略」「家族と居場所」「任侠的な義理人情」といったあたりです。1期では、それがかなりいいバランスで物語と結びついていました。
たとえば、ヒューマンデブリという存在は、鉄華団の少年たちの過去であり、彼らが乗り越えようとしている現実そのもの。ブルワーズや夜明けの地平線団との戦いを通じて、「自分たちと同じ境遇の子どもたちをどう救うのか」「そもそも救えるのか」が問われていました。その延長線上に、クーデリアの政治的な戦いもあったわけです。
ところが2期では、鉄華団の行動原理が「火星の王になる」「オルガの夢を叶える」みたいなふわっとしたスローガンにすり替わってしまう瞬間が多いんですよね。本来であれば、1期で描いた貧困や搾取の構造に対して、鉄華団がどう向き合い、どこで妥協し、どこで抗うのか、という問いを深掘りするフェーズだったはず。実際、ヒューマンデブリ廃止条約の成立など、世界は着実に変わりつつあります。
でも、視聴者が追いかけるカメラは、どうしても「オルガと三日月の悲劇」側に引っ張られてしまう。脚本レベルで、「世界は少し良くなったけれど、彼らは報われなかった」という構図を描きたかったのは分かるんですが、その“良くなった世界”の描写がエピローグの数分に詰め込まれているだけなので、「報われなさ」だけが強く残るんですよね。
テーマと脚本のチグハグさは、他作品でもよくある問題です。私自身、同じように「アニメひどい」と言われがちな作品について、原作との違いやテーマの活かし方を解説した記事を書いてきましたが、だいたい共通しているのは「やりたいことは分かるけど、尺や構成が追いついていない」という点です。鉄血2期もまさにその典型例で、1期で提示したテーマを回収しきれないまま、キャラの死と政治劇で押し切ってしまった印象があります。
最終回の受け止め方
そして、最終回。鉄華団が事実上壊滅し、マクギリス・ファリド事件として歴史に刻まれ、火星連合の誕生とクーデリアの活躍、暁を中心とした新しい日常が描かれて終わるエピローグは、賛否が極端に分かれた部分です。
肯定派の意見としては、「少年兵の物語としては、これ以上ない形のバッドエンド」「彼らの犠牲があったからこそ、次の世代が平和に生きられる」という受け止め方があります。実際、鉄華団の生き残りが別人として暮らし、新しい居場所を見つけている姿を見ると、「彼らの物語はここで終わりではなく、続いている」と感じられるのも事実です。
一方で、「そこに至るまでの過程が雑すぎる」「オルガと三日月の死を、もう少し丁寧に積み上げてほしかった」という不満も根強いです。特にオルガの死は、演出としてはインパクトがありましたが、その後の処理がミーム化によって軽く見えてしまったのが本当にもったいない。脚本の厚みが足りなかった結果、視聴者側の「ネタにして消化する」動きの方が強くなってしまったのは、令和のネット環境だからこその現象かもしれません。
私個人の感想としては、「エピローグ単体は好きだけど、そこまでの道筋が荒すぎる」というのが正直なところです。暁が畑を走り回る姿や、クーデリアとアトラの関係性、火星連合という新しい枠組み自体は、「あの地獄のような日々の先に、こういう世界があるなら救われる」と思わせてくれるだけの力があります。でも、その手前で「ダインスレイヴ空爆」「オルガ射殺」「マクギリス敗北」「三日月&昭弘の玉砕」と、視聴者のメンタルをゴリゴリに削ってくるので、素直に受け止めるにはかなりパワーが必要です。
結局のところ、鉄血のオルフェンズ最終回は、「物語としてやりたかったこと」と「視聴者がついてこられるライン」のすり合わせに失敗したケースだと、私は捉えています。だからこそ、「ひどい」と切り捨てるだけでなく、「どこが刺さらなかったのか」を自分なりに言葉にしておくと、作品との距離の取り方が少し変わってくるんじゃないかなと思います。
『鉄血のオルフェンズ』2期 ひどい中での楽しみ方
ここまでかなり辛口で語ってきましたが、「じゃあ2期に見る価値はないのか」というと、私はそうは思っていません。むしろ、欠点やモヤモヤを自覚したうえで見ると、「ここはやっぱり好きだな」「このテーマはちゃんと刺さるな」と感じられる部分もたくさんあります。この章では、鉄血のオルフェンズ2期 ひどいと言われる中でも、どうやって楽しみに変えていくか、私なりの見方をいくつか共有していきますね。
テーマを整理する
まずおすすめしたいのが、「テーマを決めて見る」という見方です。2期は情報量が多く、あれもこれも追いかけようとするとどうしても疲れてしまうので、「今日はヒューマンデブリの話として見る」「今日は鉄華団の組織論として見る」「今日はマクギリスの破滅譚として見る」といった感じで、視点をしぼって再視聴してみると、意外と新しい発見が多いんですよ。
たとえばヒューマンデブリに注目すると、2期冒頭の夜明けの地平線団との戦いで、鉄華団がかつての自分たちと同じ境遇の子どもたちと向き合う姿がよりくっきり見えてきます。昭弘が弟・昌弘を説得しようとしてすれ違い、最悪の結果を招いてしまう流れは、単なる悲劇ではなく、「搾取の構造の中で育った子ども同士が、簡単には分かり合えない現実」を象徴しているとも読めるんですよね。
また、組織論として見ると、鉄華団がいかに急激な成長に耐えられる土台を持っていなかったかがよく分かります。ビスケットという参謀を失った状態で、地球支部の設立やテイワズ直系への昇格、アーブラウ防衛軍の軍事顧問といった大役を次々に引き受けていくのは、冷静に考えたら無謀そのもの。ここを「少年兵の限界」として捉えると、2期後半の悲劇も少し違った見え方をしてきます。
マクギリスの破滅譚として見る場合は、彼の幼少期やガエリオとの関係性、カルタとの因縁など、1期からの積み重ねが効いてきます。彼は一貫して「自分の過去を正当化するために世界を変えようとしていた」人間で、その歪みが2期で一気に噴き出したとも言えます。そう考えると、バエルを過信したのも、「アグニカ・カイエルという英雄像に自分を重ねたい」彼の願望の延長線上にある行動として、ちょっとだけ納得できるんですよね。
推しキャラ視点で見る
もうひとつの楽しみ方は、「推しキャラにカメラを固定する」こと。これはどのアニメでも使えるテクニックですが、鉄血2期のように群像劇+退場ラッシュな作品ほど、推し視点で見ると印象がガラッと変わります。
昭弘推しで見ると、彼の背負ってきたものの重さに改めてぐっときます。弟・昌弘の死を経て、グシオンを乗りこなし、鉄華団の“拳”として前線に立ち続ける昭弘。2期終盤で三日月と共に殿を務め、最後の最後まで仲間の脱出を支える姿は、まさに「鉄華団の漢」です。昭弘のセリフや表情だけを追いかけていくと、「あ、ここでちゃんと覚悟を決めてたんだな」と感じるカットが驚くほど多いです。
アトラ視点で見ると、また別の物語になります。彼女は1期からずっと、鉄華団の“日常”を支える存在でしたが、2期ではクーデリアとの距離感や、三日月に対する想いの形がかなりはっきり描かれます。終盤での「三日月の子どもを産みたい」という決意表明は賛否もありましたが、「戦場でしか生きられない彼の命を、別の形で未来につなぐ」という選択としてみると、すごく彼女らしいんですよね。
ギャラルホルン側なら、ガエリオ推し視点もおすすめです。彼は1期では少しお坊ちゃん寄りのキャラでしたが、2期で「ヴィダール」として復活してからは、マクギリスへの復讐と、自分なりの正義との間で揺れ続けます。ラスタルに利用されている自覚もありつつ、それでもマクギリスだけは許せない、という感情の複雑さは、セリフよりも表情や間で語られている部分が多いので、2周目以降でじっくり見ると味わいが増します。
推し視点で見るコツは、「そのキャラがいないシーンは、思い切って流してしまう」ことです。全部を理解しようとするのではなく、「今日はこの子の物語だけ追う」と決めることで、情報の取捨選択がしやすくなります。何周かするうちに、最終的には全体像も見えてくるので、気長に付き合っていくのがいいかなと思います。
好きになれたポイント
ここまでかなり批判的に語ってきましたが、それでも私が『鉄血のオルフェンズ』2期を完全には嫌いになれないのは、やっぱり「好きなポイント」がそれなりにあるからです。いくつか挙げてみますね。
まず、メカ戦の見せ方はやっぱりかっこいいです。バルバトスルプスレクスの暴れっぷり、フラウロスの長距離砲撃、ハシュマル戦の立体的な戦闘シーンなど、画面としての迫力はシリーズ全体を通してかなり高水準だと思っています。特に、ハシュマル戦のラストで三日月が阿頼耶識のリミッターを外して突っ込んでいくシーンは、「ここまでやるか……」と震えました。
音楽も、2期になってさらに馴染んできます。横山克さんのサウンドは、1期では少し異質に感じる部分もあったんですが、2期では世界観に完全に溶け込んでいて、鉄華団の戦いを象徴するようなフレーズが随所に流れます。戦闘シーンだけでなく、日常パートや別れのシーンで流れる静かな曲も、何度も聴くうちに心に残ってくるんですよね。
あと、細かいカットやモブの動きに、スタッフの愛を感じる瞬間が多いのも好きなところです。鉄華団の子どもたちがわちゃわちゃしている背景カット、テイワズのクルーたちの日常、クーデリアが書類と格闘しているシーンなど、セリフにはならない部分で、「この世界で暮らしている人たち」の息づかいがちゃんと描かれている。そこがあるからこそ、余計に退場ラッシュがつらいんですけどね……。
他作品との比較で言うと、同じように「アニメひどい」と言われがちな作品でも、テーマ性やディテールの作り込みが評価されて後から再評価されるケースがあります。鉄血2期も、時間が経てば経つほど、「ここはやっぱり攻めたチャレンジだったな」と感じられる部分が増えていくタイプの作品だと思っています。
配信状況
2025年時点での配信状況は変動する可能性があるので、ここではざっくりとした傾向だけ書いておきます。『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』は、ガンダムシリーズの中でも比較的新しいタイトルということもあり、大手の動画配信サービスではだいたい押さえられていることが多いです。
見放題として扱われることが多いのは、U-NEXTやdアニメストア、DMM TVなどのアニメ強めなサービスですね。特にU-NEXTはガンダムシリーズ全般に強く、宇宙世紀からアナザーまでまとめて見られるラインナップになっていることが多いので、「鉄血2期の後に別のガンダムも見たい」という人には相性がいいかなと思います。
一方で、期間限定でAmazonプライム・ビデオやNetflixなどに入っていることもあるので、すでに加入しているサービスがある場合は、まずはそちらの検索機能で『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』を探してみてください。配信状況や課金形態(見放題か、レンタルか)は頻繁に変わるので、最終的には各サービスの公式サイトで最新情報をチェックするのがいちばん確実です。
円盤やダウンロード購入で手元に置いておきたいタイプの人は、Blu-ray BOXや各巻単位での購入も選択肢に入ってきます。特典ブックレットやオーディオコメンタリーなど、配信では触れられない情報も多いので、「鉄血のことをもっと深掘りしたい」という人にはおすすめです。ただし、金額はそれなりにするので、無理のない範囲で検討してください。
配信サービス選びについては、月額料金や作品ラインナップ、自分が普段見ているジャンルとの相性など、いくつかチェックするポイントがあります。サービスによっては無料トライアル期間も用意されているので、まずはお試しで使ってみて、操作性や作品数を体感してから本契約するのが安心かなと思います。正確な配信状況や料金体系は、必ず各サービスの公式サイトを確認したうえで、自分に合ったものを選んでくださいね。
こんな人にはおすすめ
最後に、「鉄血のオルフェンズ2期をあえておすすめしたい人」のイメージを、私なりにまとめておきます。「ひどい」という評判を聞いて身構えているあなたが、この作品とどう付き合うかを考えるヒントになればうれしいです。
まず、キャラクターの悲劇やバッドエンド耐性がそこそこある人。鉄血2期は、とにかくメンタルにくる展開が多いので、「推しが死んでもギリギリ耐えられる」「悲劇も含めて作品の一部として受け止めたい」というタイプの人向けです。逆に、救いのあるハッピーエンドじゃないとしんどい、という人には、正直おすすめしづらいところがあります。
次に、社会構造や貧困テーマに興味がある人。少年兵やヒューマンデブリ、経済圏と治安維持組織の関係、既得権益の崩し方など、鉄血が扱っているモチーフはかなり生々しく、現実世界ともリンクしています。そういったテーマを、ロボットアニメというフィクションを通じて考えてみたい人には、刺さる部分が多いと思います。
そして、「完璧ではない作品の、歪みごと愛したい」タイプのアニオタ。鉄血2期は、間違いなく構成や脚本に問題を抱えた作品ですが、そのぶん語りがいもあります。友だちと「ここがダメ」「ここは最高」とわいわい話したり、自分なりの解釈をブログやSNSに書き散らしたりするには、これ以上ない題材です。
たたみの冷凍みかん箱では、ほかにも「最終回がひどい」「アニメ化でモヤモヤした」と言われがちな作品について、原作との違いやテーマを掘り下げる記事を書いています。そういう作品たちと同じ棚に、『鉄血のオルフェンズ』2期もそっと並べておきたい。完璧じゃないけれど、だからこそ語り続けられるアニメとして、この先もときどき見返していくつもりです。
この記事の内容はあくまで私個人の解釈と感想に基づくもので、「これが唯一の正解」というつもりはまったくありません。あなた自身の感じたことやモヤモヤも、ぜひ大事にしてくださいね。そして、作品や配信サービス、関連グッズなどの具体的な情報については、必ず公式サイトや信頼できる一次情報を確認したうえで、最終的な判断をしてもらえたらなと思います。
アニメ・映画が大好きで毎日色んな作品を見ています。その中で自分が良い!と思った作品を多くの人に見てもらいたいです。そのために、その作品のどこが面白いのか、レビューや考察などの記事を書いています。
詳しくはこちら



コメント