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『11人目のストライカー』声優がひどい?棒読み評判を検証

声優

皆さんは『名探偵コナン 11人目のストライカー』という作品を知っていますか?

劇場版『名探偵コナン』第16作として公開された本作は、Jリーグとのコラボを前面に出し、遠藤保仁さんや三浦知良さんら実在のサッカー選手が本人役で出演した一本です。

ところが検索すると、11人目のストライカーの声優がひどい、棒読みが気になる、サッカー選手の演技で集中できない、といった言葉がかなり目に入ります。

一方で、桐谷美玲さんのゲスト声優は自然だった、Jリーグ選手が本人役で登場する企画自体は面白い、という反応もあり、全部を一括りにして声優がひどいと片付けるのは少し雑なんですよね。

この記事では、誰の演技がなぜ気になりやすいのか、プロ声優との違いがどこで生まれるのか、そして作品全体の評価まで落とすほど致命的なのかを、映像と音の噛み合わせから見ていきます。

  • 声優が棒読みと感じられる理由
  • サッカー選手本人の出演意図
  • 桐谷美玲を含むゲスト声優の評価
  • 作品全体で見た声の演技の影響

『11人目のストライカー』の声優がひどい理由

まず押さえたいのは、批判の中心がレギュラー声優ではなく、本人役で参加したJリーガーたちに向いている点です。

高山みなみさん、山崎和佳奈さん、小山力也さんらの芝居までまとめて低評価になっているわけではありません。

むしろプロの声優とアフレコ初挑戦の選手が同じ画面、同じ会話の中に入ることで、演技の質感の差が想像以上に目立ってしまった作品なんすよ。

声優の棒読み

『11人目のストライカー』で最も言われやすいのが、やはりサッカー選手のセリフが棒読みに聞こえるという点です。

これは単に感情がこもっていないから、で終わらせると少しもったいないです。

アニメのアフレコでは、完成した人物の口の動きやカットの尺に合わせつつ、声だけで距離感、視線、テンション、相手との関係まで作らないといけません。

実写なら表情や姿勢、目線がかなりの情報を補ってくれます。

しかしアニメでは、その身体情報を声優が声の速度、息の量、語尾、間で補完します。

プロの声優はこの変換が異様にうまい。

逆にアフレコ経験がない人は、台本の文字を正しく読むことに意識が向きやすく、セリフが一語ずつ独立して聞こえます。

本作のJリーガー出演パートでは、まさにこの差がそのまま画面に乗っている印象です。

日常会話なら普通でも、アニメの中に置かれた瞬間に不自然に感じる。

ここがポイントです。

しかも周囲には高山みなみさんをはじめ、長年キャラクターを演じ続けてきた人たちがいる。

その直後に本人出演のセリフが来ると、音の密度が急に変わって聞こえるんですよね。

ぶっちゃけ、棒読みそのもの以上に、プロとの落差が耳に刺さる作品です。

音響って、画面を見ている時は意識されにくいのに、少しズレた瞬間だけ急に存在感を持ちます。

たとえば作画が一瞬崩れれば目がそこへ行くのと同じで、会話のリズムが普段と違うだけで、観客は物語ではなく「今の言い方」に意識を奪われます。

本作の場合、その引っかかりが複数回あるので、鑑賞後にストーリーより棒読みの記憶が前へ出やすい。

ここはキャスト個人の問題だけでなく、編集と音響設計の問題として見るとかなり興味深いです。

気になる理由は発声の上手下手だけではありません。

会話のテンポ、語尾の処理、相手のセリフを受けた反応まで含めて差が見えるため、視聴者が違和感を拾いやすくなっています。

サッカー選手

では、なぜ本職の声優ではなくサッカー選手を起用したのか。

ここは作品の企画そのものを見ると分かりやすいです。

『11人目のストライカー』はサッカーを題材にし、Jリーグとのコラボレーションを大きな柱にした劇場版です。

そのため、実在するスター選手が本人として画面に現れること自体にイベント性があります。

アニメキャラクターとして似せた人物をプロ声優が演じるより、本人の声で本人が登場する方が、サッカーファンには圧倒的に記念感がある。

この発想自体はめちゃくちゃ分かります。

映画館で観た子どもが、普段テレビの試合で見ている選手の声をそのまま聞ける。

2012年という時代感も含めると、Jリーグとコナンの大規模なコラボとしてかなり豪華です。

ただ、企画として豪華であることと、アニメの会話として自然であることは別問題です。

ここをごっちゃにすると評価が極端になります。

僕は、選手を出したこと自体は全然アリ、でもセリフ量と配置にはもっと工夫の余地があったと感じます。

例えば短い一言や歓声なら、本人の生っぽさがむしろ武器になります。

ところが説明を担う長めのセリフになると、演技経験の差が一気に露出する。

映像作品って、キャスティングだけでなく「どれだけ喋らせるか」も演出なんすよ。

しかも本人役は、キャラクターをゼロから作る声優とは別の難しさがあります。

観客が現実の本人の話し方を知っているぶん、「なんか普段と違う」がすぐバレるからです。

これは似顔絵が本人に似ているかどうかを見抜くのと近くて、知名度が高いほど判定がシビアになります。

だから有名選手を出すなら、演技させるより本人らしさを引き出す方向へ寄せた方が、企画と映画の両方が噛み合いやすかったはずです。

遠藤保仁の声優

遠藤保仁さんも本人役で出演しています。

サッカー好きなら存在そのものが嬉しいキャスティングですし、本作のテーマとの相性は抜群です。

ただ、声の芝居だけに注目すると、やはりプロ声優の会話と比べて平板に聞こえる場面があります。

特にアニメでは、画面上のキャラクターが口を開いた瞬間、視聴者は無意識に「この人物はいま何を感じているのか」を声から読み取ります。

そこで抑揚が一定だと、映像側は感情を示しているのに音側が追いつかず、ほんの少しズレが生まれる。

このズレが積み重なると「棒読み」という短い言葉に回収されます。

でも、僕は遠藤さんの出演を単純な失敗扱いするのも違うと思っています。

本人が画面にいるという事実は、本作のサッカー映画としての説得力を増しています。

プロ声優が完璧に似せて演じた場合、演技の完成度は上がっても、このコラボならではの記録性は薄れます。

いわば、演技の滑らかさと本人出演の価値を交換しているような状態です。

問題は、その交換条件を観客が受け入れられるかどうか。

コナンのミステリーへ没入したい人にはノイズになりやすいし、サッカーファンにはご褒美になりやすい。

評価が割れるのは当然なんですよね。

僕はこの手のコラボを見る時、「上手いか下手か」だけでなく、その人が登場した瞬間に映画の世界が広がったか、それとも現実へ引き戻されたかを見ています。

遠藤さんの場合は、その両方が同時に起きるのが面白いところです。

サッカーのリアリティは増すのに、アニメとしての没入感は一瞬ほどける。

このねじれが、本作のゲスト出演を語るうえでかなり本質的だと思います。

三浦知良の声優

三浦知良さんも特別出演で本人役を演じています。

キング・カズが『名探偵コナン』の世界に本人として存在する。

この時点で企画のインパクトはかなりあります。

一方、声優として見ると、三浦さんも普段のインタビューや試合後コメントとは違う環境で、決められた尺とセリフに合わせる必要があります。

普段しゃべるのが上手な人でも、アフレコになると急に不自然になるのは珍しくありません。

自分の言葉を自分のタイミングで話すのと、台本に書かれた言葉をキャラクターの時間で話すのは、ほぼ別競技だからです。

ここ、サッカーに例えるなら分かりやすい。

ボールを蹴れる人に、いきなりフットサルの細かい連係へ入って同じリズムで動いてください、と頼むようなものです。

似ているようで必要な技術が違う。

だから「プロの有名人なのに下手」という見方より、声優という職業の専門性が露骨に見える場面として観た方が面白いです。

僕はこういうゲスト出演を見るたび、普段キャラクターの声を当たり前のように聞いている自分が、どれだけ高度な技術に慣らされているか思い知らされます。

違和感を覚えた瞬間こそ、プロの声優の凄さが逆照射されるんすよ。

普段の僕らは、キャラクターが自然に会話しているだけで、それを技術だとは感じません。

でも実際には、マイクとの距離、ブレス、語尾、相手のセリフを待つ時間まで計算されています。

そこへ別ジャンルのトッププレイヤーが入ると、声優の仕事だけ急に輪郭が見える。

サッカーの名手がアニメの現場では新人になるという構図も、職業の専門性を考えるうえで妙にリアルです。

Jリーグ声優

本作では遠藤保仁さん、楢﨑正剛さん、今野泰幸さん、中村憲剛さん、三浦知良さんが本人役として参加しています。

制作側の狙いはかなり明快で、サッカーを扱う劇場版に、本物のJリーガーを連れてくることで現実とフィクションを接続することです。

こういう企画は、映画単体の完成度だけでは測れません。

公開当時のイベント性、Jリーグ側のファンへの広がり、子どもたちの憧れまで含めて成立しています。

公式の作品情報でも、ゲスト声優の桐谷美玲さんとは別に、選手たちは特別出演として記載されています。

(出典:トムス・エンタテインメント『名探偵コナン 11人目のストライカー』作品ページ)

ここから分かるのは、最初から彼らをプロ声優と同じ枠で売っていたわけではないということです。

あくまで本人出演のスペシャル感が核なんですよね。

それでも映画として観る以上、セリフが聞き取りづらい、感情が伝わりにくいと感じれば批判が出るのは当然です。

なので「素人だから文句を言うな」も違うし、「棒読みだから起用自体が失敗」も極端。

僕なら、企画としては成功、音響演出としては好みが割れるくらいに見ます。

この二つを同時に認めた方が、作品をフェアに見られます。

僕はZ世代で、コラボ企画や有名人起用がSNSで即座に評価される時代に作品を見ています。

だからこそ、話題性だけで「豪華」と言うのも、違和感だけで「失敗」と切るのも雑に感じるんですよね。

キャスティングは宣伝であると同時に演出でもある。

その二つがうまく重なるかどうかで、同じゲスト出演でも記憶の残り方はまるで変わります。

本人出演の面白さは、上手な芝居とは別の価値です。

声の完成度だけで採点すると取りこぼす魅力がある一方、映画への没入を優先する視聴者が違和感を抱くのも自然です。

『11人目のストライカー』の声優は本当にひどい?

ここからは「声優がひどい」という検索ワードを、そのまま作品全体の評価にしていいのかを見ていきます。

結論から先に言うと、ゲスト出演の選手陣には棒読みに聞こえる場面があるものの、キャスト全体まで低評価にするのはかなり乱暴です。

むしろ桐谷美玲さんとJリーガーの違い、レギュラー声優の安定感を見ると、同じゲスト枠でも結果が大きく変わることが分かります。

桐谷美玲の声優

桐谷美玲さんは香田薫役でゲスト出演しています。

検索すると選手陣の棒読みと一緒に名前が出ることがありますが、実際の評判はかなり分けて考えた方がいいです。

桐谷さんについては、ネット上でも意外と自然だった、思ったより上手かったという感想が見られます。

僕もこの差は分かりやすいと思います。

俳優は普段から、台本に書かれた言葉へ感情を乗せ、相手役の芝居を受けて返す仕事をしています。

もちろん実写とアニメの芝居は同じではありません。

それでも「文章を人物の言葉へ変える」という基礎体力があるぶん、初アフレコでも対応しやすい。

桐谷さん自身も当時のインタビューで、声だけで距離感を表現する難しさや、普段は表情や仕草に頼っていることを実感したと語っています。

この感覚はまさにアニメ芝居の核心です。

画面上の香田薫は表情が動いていても、収録する本人は声だけでそこへ入らなければならない。

だから多少のゲスト感は残っても、会話の流れが止まりにくいんですよね。

本作の声優批判を桐谷美玲さんまで一括で含めるのは、実際の聞こえ方とは少しズレています。

香田薫は本人役ではなく、作品内の人物として成立しなければならない役です。

そのため、単なる顔見せよりも会話の中へ入る必要があります。

ここで大崩れしていないのはかなり大きいです。

ゲスト声優というだけで身構える人もいますが、肩書きではなく実際の芝居を聞いた方がいい。

本作はその差が分かりやすく出ているので、比較教材みたいな面白さすらあります。

ゲスト声優

劇場版アニメのゲスト声優は、毎回かなり議論になります。

作品を宣伝するうえでは、有名俳優やスポーツ選手の名前は大きな入口になります。

普段アニメを見ない層が映画へ来るきっかけにもなる。

一方で、アニメファンは声の芝居に敏感です。

毎週のようにプロ声優の演技を聞いているので、呼吸の置き方や語尾の抜き方が少し違うだけでも気づきます。

ここで制作側と視聴者の期待がズレるんですよ。

制作側は「本人が出る豪華さ」を足したつもりでも、視聴者は「キャラクターとして自然か」を見ている。

両方とも間違っていません。

だから大切なのは、ゲストを使うか使わないかではなく、どう使うかです。

短い登場にして存在感を楽しませるのか、物語へ深く関わらせるなら収録で何度も調整するのか。

ここまで設計して初めてキャスティングが演出になります。

僕は有名人起用そのものには否定的ではありません。

むしろハマった時は、その人の声質が作品の異物感やリアリティになる。

ただ、本作は人数が多いぶん、ゲスト感が連続してしまい、映画の流れから意識が外へ向く瞬間がある。

そこはあえて苦言を呈したいところです。

映画って、観客の集中力をどこへ向けるかの連続です。

ミステリーなら次の手掛かりへ、アクションなら危機へ、感情劇なら人物の心へ視線と耳を誘導する。

そこで「今の人、本人だ」と気づかせることが目的なら成功です。

でも「今の演技ちょっと気になる」に変わると、誘導先が作品外へずれる。

ゲスト声優の難しさは、まさにその一線にあります。

声優キャスト

誰がどの役を担当しているのかを見ると、「声優がひどい」という印象がどこから来たのかがさらに分かりやすくなります。

キャラクター・本人役キャスト区分
江戸川コナン高山みなみレギュラー声優
毛利蘭山崎和佳奈レギュラー声優
毛利小五郎小山力也レギュラー声優
工藤新一山口勝平レギュラー声優
灰原哀林原めぐみレギュラー声優
香田薫桐谷美玲ゲスト声優
遠藤保仁遠藤保仁本人役
楢﨑正剛楢﨑正剛本人役
今野泰幸今野泰幸本人役
中村憲剛中村憲剛本人役
三浦知良三浦知良本人役

こうして見ると、作品の中核を担うキャラクターはいつもの声優陣です。

つまり「全編ずっと棒読みが続く映画」ではありません。

違和感が出やすいのは、主にJリーガー本人が登場する場面です。

しかもその違和感が妙に記憶へ残るため、鑑賞後に「声優がひどかった」という大きな印象へ変換されやすい。

人間って、一つだけ音量の違う楽器が混じっていると、曲全体よりその音を覚えてしまうんですよ。

本作の声優問題もかなりそれに近いです。

高山みなみさんたちの芝居は普段通り安定しているから、逆にそこは話題になりません。

普通にうまいものは、意外と検索されない。

違和感だけが検索ワードになる。

ネット評価を見る時は、この偏りを忘れない方がいいです。

検索結果は、何も問題を感じなかった人より、何かに引っかかった人の言葉が残りやすい場所です。

だから「声優 ひどい」という候補が見えるからといって、多数の視聴者が作品全体を否定しているとは限りません。

逆に、同じ指摘が何年も繰り返されるなら、そこには実際に共有されやすい違和感がある。

この両方を見た上で、自分の耳で確かめるのがいちばんです。

演技の評判

現在もレビューサイトでは、サッカー選手の棒読みが気になったという感想が繰り返し見られます。

一方で、桐谷美玲さんは上手かった、サッカー選手が本人役で出てくるのは豪華だった、サッカー描写そのものは楽しめたという反応もあります。

要するに、評判は「声優全員がダメ」という形ではありません。

本人出演の価値を楽しめるか、会話の自然さを優先するかで分かれています。

僕が面白いと思うのは、棒読み批判がこれだけ長く残っていることです。

公開から時間が経っても、初見の人が同じポイントで引っかかる。

これは単なる当時の空気ではなく、映像と音のズレとして今も認識されるということです。

ただし、作品にはサッカーを使ったアクション、スタジアムのスケール感、選手本人がいるから成立するお祭り感があります。

声の違和感だけを理由に全部を切り捨てると、本作が狙った楽しさまで見落とします。

映像オタク目線だと、むしろ「なぜこのセリフだけ浮くのか」を考えながら見ると面白いです。

カットの長さに対して声のテンポが合っているか。

相手のセリフを受けて間が変化しているか。

そういう細部を見ると、声優という仕事がどれだけ映像編集と密接か分かります。

個人的には、棒読みが気になる場面だけを切り抜いて笑うより、本編の前後まで見た方がずっと面白いです。

直前のプロ声優のセリフと比べると、音量ではなく「情報量」が違うことに気づきます。

一言の中に焦りや余裕、相手との距離が入っているのがプロ。

対して本人出演では、言葉の意味が前面に出る。

この差は、映像を学ぶうえでもかなり分かりやすい教材になります。

レビューの「ひどい」は主観です。

同じ演技でも、サッカーファンには本人出演の喜びが先に立ち、アニメの芝居を重視する人には棒読みが先に耳へ入ります。

声優への評価

僕の評価はかなりシンプルです。

レギュラー声優陣は問題なし。

桐谷美玲さんはゲスト出演として十分に作品へ馴染んでいます。

Jリーガー本人の芝居は、確かに棒読みに聞こえる瞬間があり、会話劇としては引っかかる。

でも、それだけで「キャスティングが全部ダメ」とする気にはなれません。

なぜなら、本作は最初からサッカーという現実の文化をアニメの世界へ持ち込む企画だからです。

選手本人の声には、プロ声優が再現できない現実との接点があります。

これは技術とは別の価値です。

ただし、制作側にもう一段求めるなら、本人の声を生かす演出へ寄せてほしかった。

例えば長い説明ではなく、短いやり取りや自然な掛け声に寄せる。

台詞を細かく切り、実際の本人の話し方に近いリズムへ調整する。

アニメ側がゲストに合わせる設計もできたはずです。

ここまでやれば、棒読みという印象はかなり減ったかもしれません。

キャストのせいだけにするのではなく、演技経験のない人をどう画面へ乗せるかは演出側の仕事でもある。

僕はここを一番言いたいです。

仕事でも、未経験の人をいきなりベテランと同じ土俵へ置けば差が出ます。

そこで新人だけを責めるのは簡単ですが、任せ方や役割設計まで見ると景色が変わる。

本作のゲスト出演も同じです。

選手本人の魅力を生かす台詞と、芝居の技術が必要な台詞は別物です。

そこを見極めて配置することまで含めて、映画づくりなんだと思います。

11人目の声優はひどい?

まとめると、『11人目のストライカー』の声優がひどいと検索される最大の理由は、Jリーガー本人のセリフが棒読みに聞こえやすいことです。

遠藤保仁さんや三浦知良さんを含む選手たちは、本職の声優ではありません。

プロ声優と同じ会話の中に入ることで、抑揚、間、呼吸、相手への反応の差が目立ち、それが「ひどい」という印象につながっています。

ただし、これはレギュラー声優陣まで含めた評価ではありません。

桐谷美玲さんについては自然だったという反応もあり、ゲスト出演を全部同じ評価にするのは無理があります。

そしてJリーガー本人が登場することには、サッカー映画としての記念性があります。

僕なら本作を、声の演技にはかなりクセがあるけれど、そのクセまで含めて2012年のJリーグコラボを刻んだ作品として見ます。

ぶっちゃけ初見では「そこ、そのままOK出したんかい」とツッコミたくなる場面もあります笑。

でも、その違和感のおかげでプロ声優の技術がどれだけすごいかも分かる。

高山みなみさんたちの会話が自然に聞こえるのは、自然だからではなく、自然に聞かせる技術が積み上がっているからです。

仕事でも同じで、上手い人ほど難しいことを簡単そうに見せます。

僕らは完成形だけを見て「普通」と思いがちですが、その普通を作る技術はめちゃくちゃ深い。

『11人目のストライカー』は、少し皮肉な形ではあるものの、それを体感できる劇場版でもあります。

声優の棒読みが気になって避けていた人も、そこだけで切らず、サッカーとのコラボ企画や映像のテンポまで含めて観ると印象が変わるかもしれません。

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