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『閃光のハサウェイ』はひどい?理由を徹底検証

劇場アニメ

皆さんは『閃光のハサウェイ』という作品を知っていますか?

ガンダムシリーズの中でも映像面でかなり高く評価されている作品なのに、検索すると『閃光のハサウェイ』はひどい、つまらない、わからないといったワードが出てきて、見るべきか迷っている人も多いはずです。

特に戦闘が暗い、ハサウェイはクズに見える、ギギが嫌い、会話が難しいといった感想は、この作品を語るうえで何度も出てきます。

ぶっちゃけ僕も、この映画は万人に「絶対面白いから見て!」と雑にすすめられるタイプではないと思っています。

ガンダムらしい派手なロボットバトルを期待すると肩透かしを食らう瞬間がありますし、登場人物も視聴者に感情を丁寧に説明してくれません。

一方で、その不親切さまで含めて映像演出として見ると、かなり異質で面白い映画なんすよ。

この記事では、なぜ『閃光のハサウェイ』がひどいと言われるのかを、年間数百本のアニメや映画を見ている僕tatamiが、ストーリーだけではなくカメラワーク、音響、画面の暗さ、人物同士の距離感まで含めて掘っていきます。

  • 『閃光のハサウェイ』がひどいと言われる理由
  • つまらない・わからないと感じる原因
  • 戦闘シーンや映像演出に隠された狙い
  • 賛否が分かれても評価される作品の魅力

『閃光のハサウェイ』がひどい理由

『閃光のハサウェイ』の否定的な感想を追っていくと、単純に「作品の完成度が低い」という話ではありません。

むしろ、視聴者がガンダムに期待するものと、この映画があえて見せようとしているものとのズレが大きいんですよね。

ロボットアニメなのに会話劇が長い。

戦闘が始まっても画面が暗い。

主人公に素直に共感できない。

ヒロインが何を考えているのかわかりにくい。

こうしたクセが全部同時に襲ってくるので、人によっては「ひどい」という感想まで振り切れてしまいます。

つまらない?

まず一番わかりやすいのが、『閃光のハサウェイ』はつまらないという評価です。

僕はこの感想、全否定する気はありません。

というのも、本作ってガンダムというタイトルから想像するほどモビルスーツ戦を連打しないんですよ。

巨大ロボット同士の戦闘をメインディッシュとして待っていると、「まだ会話するんかい」と感じる時間がかなりあります。

しかも、その会話が普通のエンタメ映画みたいに親切ではありません。

キャラクターが自分の目的や感情を全部口にしてくれるわけではなく、表情や視線、返答までの間、微妙な言い換えから察する必要があります。

なので、物語を追うというより人間を観察する映画に近いんすよね。

派手なモビルスーツ戦をテンポよく楽しみたい人には、かなり相性が分かれます。

ここは「理解できれば面白いから我慢しろ」という話ではなく、単純に娯楽として求めている方向が違う場合があります。

ただ、僕が面白いと思うのは、この退屈さがそのまま作品のテーマとつながっているところです。

ハサウェイが生きている世界は、ヒーローがわかりやすい悪を倒せば終わる世界ではありません。

政治も思想も個人的な感情も混ざっていて、本人ですら自分の行動を完全には割り切れていない。

そのモヤモヤを映画そのもののテンポにまで持ち込んでいるんです。

普通なら編集でテンポを上げ、目的地まで一直線に運びたくなるところを、この作品はあえて寄り道する。

その結果、娯楽性を犠牲にしてでもハサウェイという人間の停滞感を体験させてきます。

そこまで付き合えるかどうかが、「面白い」と「つまらない」の分水嶺だと思います。

わからない?

『閃光のハサウェイ』がわからないという感想もかなり理解できます。

初見の人に対する情報の渡し方が、そもそも優しくないからです。

本作は宇宙世紀という長い歴史の途中にある作品で、特にハサウェイが過去に何を経験してきた人物なのかを知っているかどうかで、同じ表情の見え方まで変わってきます。

それなのに映画は、過去作品を授業みたいに説明してくれません。

人物たちも当然のようにその世界で生活しているので、「今から設定を説明します」という会話がほぼ存在しないんですよ。

これ、映画としてかなり攻めた判断だと思います。

普通なら新規客を逃さないために説明台詞を増やします。

しかし本作は逆で、説明を削って世界のリアリティを優先しています。

僕らも現実世界で友達と話すとき、「ところで日本という国はですね」なんて説明から始めませんよね。

知っている前提で会話する。

『閃光のハサウェイ』もそれに近く、キャラクターが視聴者のために会話していないんです。

この作りは映画として生々しい一方、初心者には容赦がない。

なので「意味がわからなかった」という感想は、視聴者の理解力が足りないというより、作品側が説明を削った結果でもあります。

最低限、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』とハサウェイの関係を把握しておくと、主人公の不安定さはかなり読み取りやすくなります。

ただし、細かい年表を全部暗記してから見る必要まではありません。

僕自身、映画って全部を一回で理解する必要はないと思っています。

むしろ『閃光のハサウェイ』は、二回目に「あ、この視線ってそういう意味だったのか」と拾い直す面白さが強い作品です。

戦闘が暗い?

これは苦言も含めて語りたいポイントです。

『閃光のハサウェイ』の戦闘シーン、普通に暗いっす。

暗闇の中で巨大兵器が高速移動し、そこへビームや爆発の光だけが差し込むため、モビルスーツの全身をじっくり鑑賞するタイプの戦闘ではありません。

自宅の画面設定や視聴環境によっては「何が起きてるかわからんやろ笑」となる人がいるのも当然です。

ただし、映像演出として見ると、この暗さにはかなり意味があります。

普通のロボットアニメでは、視聴者が機体の位置関係を把握できるよう、戦場全体を映すカットが挟まれます。

一方、本作では地上にいる人間の視点や建物の間から見上げるアングルを多用し、巨大兵器の全貌をあえて見せない。

結果としてモビルスーツが「かっこいいヒーローロボット」ではなく、突然街に飛び込んでくる巨大災害みたいに見えるんです。

これが個人的にはめちゃくちゃ好きです。

ビーム一本が建物の近くを通過するだけで、人間からすると十分に死ねる。

カメラがパイロット目線だけに寄らず、市街地側へ降りてくることで、ガンダム作品で何度も描かれてきた戦争の怖さを視覚的に体感させています。

暗さによって情報量を制限し、光と音で兵器の巨大さを感じさせる。

ここが『閃光のハサウェイ』の戦闘演出でかなり特徴的な部分です。

特にビームの発光と暗闇のコントラストが強烈で、光が「綺麗」ではなく「怖い」。

ここ重要なんすよ。

花火を見るような安心感ではなく、次の瞬間どこに着弾するかわからない光として設計されている。

ただ、それでも見えにくさが欠点になっている部分はあります。

演出意図があることと、視認性が高いことは別問題です。

映像オタクとしては好きだけど、初見時に機体の動きを全部追えたかと言われたら、ぶっちゃけ無理でした笑。

ハサウェイはクズ?

ハサウェイはクズなのか。

これも『閃光のハサウェイ』を見た人がかなり引っかかりやすい部分です。

というか、ハサウェイって「主人公だから好きになってください」という設計のキャラクターじゃないと思うんですよ。

理想を語る一方で矛盾を抱え、自分の感情を完全に制御できず、他人との関係でも妙に煮え切らない。

しかも、自分が何者なのかを隠しながら複数の顔を使い分けています。

だから見ている側は、「いや、お前それでええんか?」と何度もツッコミたくなる。

でも僕は、この格好悪さこそハサウェイの面白さだと思っています。

完全無欠の革命家だったら、本作はただの政治サスペンスになります。

しかしハサウェイは、理想を掲げる自分と一人の青年としての自分が噛み合っていません。

大きな理念を背負っているのに、目の前の一人の女性の言葉で心が揺れる。

このサイズ感の落差がものすごく人間臭い。

僕らも仕事や就活で「こういう人間になりたい」と立派なことを考えていても、たった一通のLINEの返信が遅いだけで気分が落ちたりしますよね。

思想は巨大でも、人間の感情はそんなに立派にできていない。

ハサウェイって、その矛盾を極端な状況まで拡大した人物に見えます。

公式でもハサウェイは、過去の戦争を経験しながら現在は別の立場で行動する人物として設定されています。

(出典:『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』公式サイト)

なので「クズだから作品として失敗」ではなく、簡単には支持できない主人公をどこまで見続けられるかを試す映画だと僕は見ています。

ギギが嫌い?

ギギが嫌いという感想もわかります。

このキャラクター、めちゃくちゃ人を振り回します。

普通のヒロインなら、主人公に安心感を与えたり、物語の目的を共有したりする役割を持ちます。

しかしギギは逆です。

登場するたびにハサウェイやケネスの精神を揺らし、本人たちが隠そうとしている感情を表面へ引っ張り出します。

つまりギギは、物語を安定させる人物ではなく、安定しているように見える人間関係を壊す人物なんです。

だから視聴者まで落ち着かない。

何を考えているのかわからないし、急に核心っぽいことを言うし、相手によって距離感も変わる。

苦手な人が出るのは当然だと思います。

ただ、映像的にはギギの扱いがかなり面白いです。

説明台詞ではなく視線と声のトーンで相手との距離を変えてくるので、同じセリフでも誰に向かって話しているかによって意味が違って聞こえる。

上田麗奈さんの芝居も、感情を一色に固定しないんですよね。

甘えているようにも、試しているようにも、本気で傷ついているようにも聞こえる。

その曖昧さ自体がギギというキャラクターです。

ギギは「理解して好きになるヒロイン」というより、最後まで完全には理解できないから目が離せないヒロインとして見ると印象が変わります。

僕らの現実の人間関係でも、全部説明してくれる人なんてほぼいません。

言葉の裏を読みすぎて勝手に疲れることもある。

ギギとハサウェイを見ていると、その面倒くささを映画館の巨大スクリーンにまで拡張した感じがして、なんとも居心地が悪い。

でも、その居心地の悪さが妙にリアルなんすよ。

『閃光のハサウェイ』はひどいだけ?

ここまで欠点や好き嫌いが分かれる部分を挙げてきましたが、『閃光のハサウェイ』を単純にひどい作品として終わらせるのはかなりもったいないです。

特に映像、音響、人物同士の距離感については、劇場アニメの中でもかなり独自の作りをしています。

むしろ普通のガンダム映画と違うことをやろうとした結果、その挑戦そのものが賛否を生んだ作品と考えたほうがしっくりきます。

会話が難しい?

『閃光のハサウェイ』では、会話を聞いていて「今なんの話してるん?」となる瞬間があります。

この難しさの原因は専門用語だけではありません。

キャラクターが本音を直接言わないからです。

ハサウェイ、ギギ、ケネスの会話では、表面上の話題とは別に、互いが相手の正体や感情を探っています。

要するに会話そのものが軽い心理戦になっている。

ここを台詞の意味だけ追うと難しいんですよ。

むしろ「誰が誰を見ているか」「返事まで何秒空いたか」「カメラが誰の顔を映しているか」を見ると理解しやすいです。

映像作品では、台詞以外も全部文章みたいなものです。

カットが切り替わるタイミングにも意味があります。

例えば誰かが発言した瞬間、その本人ではなく聞いている側の表情を映す。

これは発言内容より「その言葉を聞いた人がどう感じたか」を見せたいという演出です。

『閃光のハサウェイ』はこのリアクションショットがかなり重要なんですよね。

だから字幕みたいに台詞だけ拾っても、作品の半分くらいしか読めていない感覚があります。

逆に言うと、スマホを触りながら流し見するのとは相性が悪いです。

少し目を離した間に、関係性を読むための小さなカットが通り過ぎてしまう。

現代の倍速視聴文化に真っ向から逆らってくる映画です笑。

評価は高い?

『閃光のハサウェイ』は否定的な声がある一方で、映像表現を高く評価する人もかなり多い作品です。

この両極端な評価は、むしろ作品の性質をよく表しています。

僕が面白いと思うのは、「映像はすごいけど話がわからない」という感想が成立しやすいことです。

普通の作品なら、物語が理解できなければ映像まで退屈に感じることがあります。

しかし本作は、ストーリーを完全に追えていなくても映像と音だけで引っ張る場面がある。

市街地の空気感、ホテルの照明、乗り物の重量感、夜の湿度まで、背景美術と撮影処理がかなり実写映画寄りです。

キャラクターだけが存在しているのではなく、その土地に気温や匂いまでありそうに見える。

これは個人的にかなり大事です。

アニメで背景が単なる舞台装置になっている作品を見ると、キャラクターがどこに立っているのか身体的に感じにくいんですよ。

本作は逆で、街そのものがキャラクターを包み込んでいます。

そのため人物が歩くだけのシーンでも、妙に見ていられる。

派手なアクションがない時間まで画面が持つんです。

評価を見るときは、単純な点数より「何を評価しているのか」を見るのがおすすめです。

ストーリーのわかりやすさ、モビルスーツ戦、映像美、人間ドラマでは、それぞれ評価軸がまったく異なります。

映像がすごい?

ここは僕がかなり語りたいところです。

ただ「作画が綺麗」で終わらせるのはもったいない。

『閃光のハサウェイ』で面白いのは、アニメ的な誇張より映画的なカメラ感覚を優先しているところです。

真正面からキャラクターを大きく映して感情を説明するより、少し引いた画角から人物と背景を同時に見せる。

そのため、キャラクターの感情が画面の中央で叫んでこないんです。

視聴者が自分で拾う余白があります。

さらにメカ描写では、CGを「CGですよ」と見せるのではなく、光源や空気遠近を背景側と合わせることで巨大な物体として画面になじませています。

巨大ロボットって、一歩間違えるとプラスチックの模型が背景の上を滑っているように見えるんですよね。

本作では光と影の情報をかなり絞ることで、むしろ質量を感じさせています。

そして僕が好きなのが音です。

モビルスーツの戦闘を「かっこいい効果音」だけで作らず、遠距離から聞こえてくる低音や遅れて届く爆発音によって空間の広さを作っています。

映像で見えない部分を音で補完する。

これが暗い戦闘とめちゃくちゃ相性がいい。

視界が限定されているからこそ、「あっちで何か動いている」という恐怖を耳で感じるんです。

ホラー映画と似た原理ですね。

ロボットアニメを見ているのに、一瞬戦争災害映画みたいな感覚になる。

ここは本作ならではの映像体験だと思います。

原作との違い

『閃光のハサウェイ』は富野由悠季さんによる小説を基盤とした作品で、漫画版も展開されています。

そのため「原作と映画ではどう違うの?」と気になる人も多いはずです。

ただ、ここで細かい変更点を全部並べると、それだけで重要な展開のネタバレになってしまいます。

なので本記事では、表現方法の違いに絞ります。

文章は人物の内面を直接説明できます。

一方、映画は表情、間、音、カメラ位置で感情を伝えなければいけません。

この違いがかなり大きいです。

小説であれば数行使って説明できる迷いを、映画では一瞬の視線だけで表現することがあります。

その結果、原作を知っている人には「ここをこう映像化したのか」と理解できても、映画から入った人には説明不足に見える場合があります。

でも僕は、全部をナレーションで説明するより今の形のほうが映像作品として面白いと思っています。

映画なのに原作の文章をそのまま読み上げ始めたら、せっかくの画面が死んでしまうからです。

もちろん削りすぎれば伝わらない。

このギリギリを攻めているから、『閃光のハサウェイ』は評価が割れるんですよね。

原作小説、漫画版、劇場アニメでは表現方法や扱われ方に違いがあります。

特定媒体の内容だけを基準に、別媒体も完全に同じだと考えないほうが楽しみやすいです。

結末がひどい?

『閃光のハサウェイ』を検索すると、結末がひどいという話まで目にすることがあります。

ただし、この部分は作品の体験を大きく左右するので、具体的な展開には触れません。

言えるのは、『閃光のハサウェイ』という物語自体が、最初から明るい英雄譚として設計されているわけではないということです。

ハサウェイの抱えているもの、彼が立っている政治的な位置、過去から引きずっている感情を考えると、単純な成功物語として見る作品ではありません。

なので「爽快なガンダム作品」を期待していると、作品全体の方向性そのものがしんどく感じる可能性があります。

でも、僕は重い展開と「ひどい作品」は別だと思っています。

見ていてつらい。

納得できない。

キャラクターの選択に腹が立つ。

そういう感情まで含めて作品が狙っている場合があります。

むしろハサウェイみたいな人物を描いておいて、最後だけ都合よく全部が丸く収まったら、そっちのほうが僕は違和感があります。

現実でも、大きな理想を持って行動したからといって必ず報われるわけではありません。

正しいと思って始めた仕事が、人間関係やお金や自分の弱さによって全然違う方向へ転がることもある。

Z世代としてこれからの働き方を考えていると、「思想だけでは人生は動かない」という当たり前の怖さをハサウェイから感じます。

だからこそ、この作品は単なるロボットアニメ以上に後味が残るんだと思います。

『閃光のハサウェイ』はひどい?

結論として、『閃光のハサウェイ』がひどいと言われる理由はかなりはっきりしています。

  • 会話が難しく初見では状況をつかみにくい
  • モビルスーツ戦が期待より少なく感じやすい
  • 夜間戦闘が暗く動きを把握しにくい
  • ハサウェイに素直に共感しづらい
  • ギギの言動が読みにくく好き嫌いが分かれる

この不満点だけを見れば、「ひどい」「つまらない」という感想が出るのも別に不思議ではありません。

ただ、僕の評価はかなり逆です。

『閃光のハサウェイ』は欠点がない作品ではなく、わかりやすさを捨ててでも独特の映画体験を優先した作品だと思っています。

特に暗闇の使い方、巨大兵器を人間側から見せるカメラ、CGと背景のなじませ方、台詞ですべて説明しない人物演出はかなり面白いです。

逆に言えば、ガンダムの機体が派手に必殺技を撃ち合う作品を期待している人にはすすめにくい。

そこはぶっちゃけ相性です。

僕が一番好きなのは、ハサウェイが「正しい主人公」として描かれていないことです。

理想を持っている。

でも迷う。

人の言葉に揺れる。

過去も引きずる。

それでも前へ進もうとする。

この面倒くささって、現実の僕らにも結構近いんですよね。

就活でも仕事でも恋愛でも、人間は自分で決めたはずなのに普通に迷います。

昨日まで正しいと思っていたことが、今日誰かと話しただけで揺らぐこともある。

『閃光のハサウェイ』は、そんな人間の格好悪さを巨大なガンダムより前に置いている作品です。

だから爽快ではない。

でも妙に忘れられない。

もし「ひどい」という評判だけを見て避けていたなら、一度自分の目で確かめてみる価値はあります。

逆に一度見てわからなかった人も、人物の表情やカメラの切り替わりに注目して見直すと、かなり違って見えるはずです。

上映、配信、Blu-rayなどの提供状況は変更される場合があります。

正確な情報は公式サイトをご確認ください。

購入や有料サービスの契約など費用に関わる場合は内容や料金を十分に確認し、最終的な判断に不安がある場合は専門家や各サービスの公式窓口にご相談ください。

「ひどい」の一言で切るには、あまりにも変で、面倒くさくて、映像的に面白い。

それが僕にとっての『閃光のハサウェイ』です。

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