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『七つの大罪』のアニメ完結はいつ?最終回と続編を解説

アニメ・漫画

皆さんは『七つの大罪』という作品を知っていますか?

2014年にテレビアニメがスタートしてから何年もシリーズが続いたため、「結局アニメは完結したの?」「最終回はどこ?」「まだ続きがあるんじゃない?」と混乱している人もかなり多い作品です。

しかも『聖戦の予兆』『戒めの復活』『神々の逆鱗』『憤怒の審判』とタイトルが毎回変わるうえ、映画まで挟まるので、久しぶりに追い直そうとすると普通に迷子になります。

なお、指定された関連検索語にはブラックフリーザの強さ、戦闘力、身勝手の極意、我儘の極意、悟飯ビースト、ビルス、何巻何話、誰に負けたといったワードもありますが、これらは『ドラゴンボール超』側の話題であり『七つの大罪』とは別作品です。

この記事ではそこを混同せず、『七つの大罪』のテレビアニメがどこで完結したのか、何期まであるのか、原作漫画のどこまで映像化されたのか、そして完結後に何を見ればいいのかまで順番に解説します。

僕自身、長期アニメを見るときは「ストーリーが終わったか」だけでなく、最終話のカット割りやシリーズ全体で映像表現がどう変わったかまで追いたくなるタイプなので、今回はそのへんも映像オタク目線で掘っていきます。

  • 『七つの大罪』のアニメが完結した時期
  • テレビシリーズ全体の話数と見る順番
  • 原作漫画とアニメ最終章の関係
  • 完結後に見る映画と『黙示録の四騎士』

『七つの大罪』のアニメは完結した?

先に一番気になるところからいきます。

『七つの大罪』本編のテレビアニメシリーズは完結しています。

最終章にあたる『七つの大罪 憤怒の審判』まで放送され、メリオダスたち〈七つの大罪〉を中心とした物語には、テレビシリーズとして明確な区切りがつけられました。

ただし、世界そのものがそこで終了したわけではありません。

次世代を描く『黙示録の四騎士』へ物語が引き継がれているため、「七つの大罪は完結」「シリーズ世界は継続中」という理解が一番わかりやすいです。

最終回は何話?

『七つの大罪』テレビシリーズの最終回にあたるのは、『七つの大罪 憤怒の審判』第24話です。

サブタイトルは「継がれゆくもの」。

2021年6月23日に放送され、公式サイトでも同日にテレビシリーズの完結が告知されています。

テレビシリーズの最終地点は『憤怒の審判』第24話です。

「第1期の24話」と混同しやすいので、作品タイトルまでセットで覚えておくのがおすすめです。

個人的にこの最終回で面白いのは、大型バトルのピークをそのままラストカットに持ってこなかったところです。

少年バトル作品って、最強の敵を倒した瞬間が視覚的な頂点になりがちなんすよ。

でも『七つの大罪』は、その後の時間をちゃんと使います。

戦闘の速度から日常の速度へカメラの呼吸を落とし、キャラクターたちが「戦うための人間」から「生活を続ける人間」に戻っていくところまで見せる。

ここが僕はかなり好きです。

逆に、終盤までバトルと設定開示が詰め込まれているため、「もっと余韻が欲しかった」という感覚もわかります。

ネット上でも後半は展開が駆け足に感じる、戦闘のインフレで一つひとつの危機の重みが薄れたという声があります。

ぶっちゃけ、そのツッコミは結構わかるんすよね。

序盤は一つの必殺技が出るだけでも画面全体がイベントになるのに、終盤は規模の大きな技が連続するので、観客側の驚きの基準までインフレしてしまう。

ただ、それでも最終話では物語を次世代へ渡すことを意識した静かな着地になっていて、シリーズ完結回としての役割はかなり明確です。

(出典:TVアニメ『七つの大罪 憤怒の審判』公式サイト)

何期まである?

ここが『七つの大罪』最大のややこしいポイントです。

日本でのテレビシリーズとして考えると、本編は第4期まであり、その途中に全4話のテレビスペシャル『聖戦の予兆』が入ります。

区分タイトル話数放送時期
第1期七つの大罪全24話2014〜2015年
テレビSP聖戦の予兆全4話2016年
第2期戒めの復活全24話2018年
第3期神々の逆鱗全24話2019〜2020年
第4期憤怒の審判全24話2021年

つまりテレビ放送作品を『聖戦の予兆』まで含めて数えると、合計100話になります。

ただし配信サービスによってシーズン表記が異なる場合があり、『聖戦の予兆』を独立したシーズンとして数えることで「シーズン5」などと表示されるケースもあります。

そのため、シーズン番号だけで判断するより作品タイトルで追うほうが圧倒的に安全です。

このシリーズ、制作会社まで途中で変わっています。

第1期と『聖戦の予兆』『戒めの復活』はA-1 Picturesが中心となり、『神々の逆鱗』『憤怒の審判』ではスタジオディーンへ制作体制が変化しました。

それによって線のタッチだけでなく、バトルのタイミングや画面の密度にもかなり違いが出ています。

初期はキャラクターを大きく動かし、衝突の瞬間に背景を流すことで速度を出すカットが多いです。

一方で後期は止め絵やアップを使って技の情報を見せる場面が増え、同じ「大技」でも体感速度が変わりました。

この変化を作画崩壊の一言だけで処理すると、ちょっともったいないんすよ。

もちろん気になるカットはあります。

ただ、制作スケジュールや作画枚数だけではなく、画面設計そのものが変化しているのも事実です。

この点は『七つの大罪』アニメの作画や演出がひどいと言われる理由でも詳しく掘っています。

原作は何巻?

原作漫画『七つの大罪』は、鈴木央先生による作品で全41巻です。

アニメ『憤怒の審判』では原作終盤までが映像化されており、テレビシリーズだけでもメリオダスたちの本編を最後まで追える構成になっています。

原作漫画は全41巻で完結しています。

アニメ最終章まで見ることで本編の大筋は最後まで把握できますが、漫画では会話の間や細かな表情など、映像版とは違うテンポで味わえます。

僕が漫画とアニメを比較するときに特に面白いと感じるのが、「時間を誰が支配しているか」です。

漫画では読者がページをめくる速度を決めます。

感情的なコマで10秒止まってもいいし、バトルを一気に読み抜けてもいい。

アニメでは監督と演出家がその時間を決めます。

セリフのあとに何秒止めるのか、BGMをいつ消すのか、カメラを寄るのか引くのか。

同じストーリーなのに印象が違うのは、その「時間の所有者」が変わるからなんですよね。

『七つの大罪』は特に能力や血筋、種族、過去の因縁が後半ほど密集します。

漫画なら少し戻って確認できますが、アニメでは情報が音と映像で流れていくため、終盤ほど「展開が早い」と感じやすいです。

ネット上で後半のストーリーについて、感情移入する前に次の展開へ進んでしまうという意見が出るのも、この媒体差がかなり影響していると思っています。

ただ、逆にアニメには声があります。

メリオダスを演じる梶裕貴さんの演技は、普段の軽さと、過去やエリザベスに関わる場面での低い声の落差がかなり大きい。

これによって、漫画では表情と吹き出しで読み取る感情が、一瞬の声色で伝わります。

アニメ版を見る価値って、こういうところなんすよ。

見る順番は?

本編を迷わず追いたいなら、基本的には放送順で問題ありません。

順番作品位置づけ
1七つの大罪第1期
2聖戦の予兆テレビスペシャル
3戒めの復活第2期
4天空の囚われ人劇場版
5神々の逆鱗第3期
6憤怒の審判第4期・最終章
7光に呪われし者たち本編完結後の映画
8怨嗟のエジンバラ 前編・後編次世代への橋渡し
9黙示録の四騎士続編シリーズ

「とにかくメリオダスたちの本筋だけ知りたい」という人は、テレビシリーズを順番に見れば大丈夫です。

映画は世界観を広げたい人向けという立ち位置で考えるとわかりやすいです。

特に『光に呪われし者たち』と『怨嗟のエジンバラ』は、テレビアニメを見終えたあとに触れるほうがキャラクターの現在地を理解しやすいです。

逆に途中で未来側の作品を先に見てしまうと、「この人物は結局どうなった?」という答えを先に目にする可能性があります。

僕は長期シリーズを見るとき、公開順をかなり信用しています。

時系列順に並べ替える楽しみ方もありますが、作品は基本的に「観客が前作を見ている」という前提で情報量を設計しているからです。

登場人物の顔を一瞬映しただけで意味が通じるとか、BGMのフレーズを再利用して記憶を呼び起こすとか、そういう演出は公開順で見たほうが効きます。

なので初見なら変に攻略しようとせず、放送・公開された流れで追う。

これが一番気持ちいいっすね。

時系列は?

『七つの大罪』の本編は基本的に時間の流れに沿って進むため、時系列自体はそこまで複雑ではありません。

ただし物語の途中で、数千年前に起きた出来事や各キャラクターの過去が何度も差し込まれます。

この回想が現在の戦いと直結しているのが、本作の特徴です。

普通の王道バトルなら、「新しい敵が現れる→修行する→倒す」という直線で進められます。

でも『七つの大罪』は、現在の敵を理解するために過去を掘り、過去を知ることで主人公側の正義までひっくり返す。

つまり物語の時間軸は前へ進んでいるのに、視聴者の理解だけは後ろへ後ろへ掘っていく構造なんですよ。

この構成が一番ハマるのがメリオダスとエリザベス周辺です。

序盤で「なんでこの二人はこんな距離感なんだ?」と感じた部分が、後半になるほど別の意味を持ち始めます。

ただしこの記事では重要なネタバレになるため、具体的な出来事までは触れません。

映像的にも、過去と現在では画面の雰囲気が少し変えられています。

色味、背景の光量、キャラクターの衣装、戦場の広さなどを使って、説明テロップを連発しなくても「今は昔の話だ」と理解できるようにしている。

アニメってストーリーだけ追うと見落としやすいですが、こういう視覚情報が地味に効いています。

そしてテレビシリーズ完結後は、メリオダスたちの次の世代へ時間が進みます。

そこで物語の中心が『黙示録の四騎士』へバトンタッチされるわけです。

『七つの大罪』のアニメ完結後は?

『憤怒の審判』でテレビシリーズが終わったからといって、『七つの大罪』の世界まで終わったわけではありません。

むしろここからがちょっと特殊で、本編完結後の映画を挟みながら、次世代シリーズ『黙示録の四騎士』へ世界が引き継がれます。

メリオダスたちだけを追いたい人は『憤怒の審判』で一区切り。

ブリタニアという世界そのものを追いたい人は、その先まで見る。

この分け方が一番わかりやすいです。

続編はある?

あります。

ただし、『七つの大罪』第5期としてメリオダスたちの本編が再開する形ではありません。

物語は次世代を主人公とした『黙示録の四騎士』へ続いています。

ここ、ゲームで例えると大型追加コンテンツというより、同じ世界を使った正式な次回作に近いです。

前作キャラクターや設定が土台として存在しつつ、主人公の目線を一度リセットする。

だから『七つの大罪』を知らない人にも入口を作れるし、知っている人には過去とのつながりがご褒美になる。

この設計はかなり賢いです。

長期シリーズって主人公が成長しすぎると、新しい敵を出すたびに「前より強いやつ」を用意する必要があります。

結果、宇宙規模、神規模、世界崩壊規模とどんどん話が巨大化していく。

『七つの大罪』も後半ではかなりインフレしました。

だからこそ主人公を次世代へ替えることで、再び「知らない世界を旅するワクワク」を取り戻せるんです。

現実でも似た感覚があります。

学生時代に頼りになった先輩が社会に出たあと、その人のコピーになろうとしてもうまくいかない。

次の世代には次の世代のやり方があります。

『黙示録の四騎士』も、前作を神棚に置くのではなく、その歴史の上で別の主人公が自分の冒険を始める作品として見ると面白いです。

黙示録の四騎士

『黙示録の四騎士』は、『七つの大罪』と同じ世界を舞台にした続編作品です。

作者も引き続き鈴木央先生で、前作の未来を舞台に新たな主人公たちの冒険が描かれます。

ここで僕が一番面白いと感じるのは、単に「七つの大罪の子ども世代を並べました」で終わっていないところです。

続編作品でありがちなのが、前作キャラの人気に頼りすぎて、新主人公がずっと先輩たちの影に隠れてしまうパターン。

でも『黙示録の四騎士』は、最初から視点を新キャラクター側へ置きます。

前作の英雄たちは、僕ら視聴者にとってはよく知っている人物でも、新世代から見れば「歴史上のすごい人」に近い。

この視点差がめちゃくちゃ面白いんすよ。

自分がリアルタイムで見ていた人物が、作中ではすでに伝説として語られる。

Z世代の僕らが子どもの頃に見ていた作品でこれをやられると、普通に時間の流れを感じて刺さります。

アニメの演出も前作をそのままコピーしているわけではありません。

『七つの大罪』初期はメリオダスの異常な強さを早い段階で見せ、「この小さい男は何者なんだ」というギャップを推進力にしていました。

一方で次世代側は、世界そのものを知らない主人公と一緒に視聴者も情報を得ていく冒険色が濃い。

カメラもキャラクターの強さを見せつけるだけでなく、背景の広さや未知の場所を見せるショットが重要になります。

なので『七つの大罪』を完走して「もう全部終わったのか」と寂しくなった人は、『黙示録の四騎士』まで進んで大丈夫です。

ただし、前作とまったく同じテンションを期待すると少し違います。

世代交代そのものを楽しむ作品として見るのがおすすめです。

憤怒の審判

『七つの大罪 憤怒の審判』は、テレビアニメ本編の最終章です。

全24話で、長く積み重ねてきたメリオダスとエリザベスの物語、〈七つの大罪〉それぞれの戦い、そしてブリタニアを巡る大きな因縁に区切りがつきます。

「七つの大罪のアニメはどこまで見れば完結?」と聞かれたら、『憤怒の審判』第24話までです。

ただ、ここは作品評価がかなり割れるところでもあります。

ネットの感想を見ると、第1期はテンポが良くて熱いという評価が多い一方、後半になるほどバトルのインフレ、作画への不満、死や復活の扱いによって緊張感が薄れたという声も目立ちます。

僕も「あえて苦言を呈する」なら、後半の戦闘はパワーの数字ではなく、画面の説得力が追いつかない瞬間があります。

設定上はとんでもない一撃なのに、カメラが固定気味だったり、衝撃前後のタメが短かったりすると、視聴者の体には「すごい攻撃」として入ってこないんです。

アニメの迫力って作画枚数だけじゃありません。

攻撃前に一瞬無音にする。

カメラを遠景に置いて爆発の規模を見せる。

ヒット直前にアップへ切り替える。

画面外へ吹き飛ばして距離を想像させる。

こういう演出の組み合わせで初めて「重い一撃」になります。

初期の『七つの大罪』はこのメリハリがかなり気持ちいいんですよね。

巨大な魔力を見せたあとにホークのギャグへ切り替えるなど、緊張と脱力の落差も大きかった。

終盤は世界の命運、種族の因縁、恋愛、親子、仲間、神話設定まで全部回収しなければならないため、一つの感情に長く滞在する余裕が減っています。

それでも、エスカノールをはじめキャラクター単位では「ここを見るために追ってきた」と感じる場面があります。

ネット上でも終盤全体には厳しい声を出しつつ、特定キャラクターの戦いだけは高く評価する人がいるのが面白いところです。

つまり『憤怒の審判』は完璧だから見るべき最終章ではありません。

粗さも含めて、7年近く続いたテレビシリーズがどこへ着地したのかを見る最終章なんです。

僕はその見方のほうが、この作品には合っていると思っています。

映画の順番

『七つの大罪』には映画も複数あるため、「テレビアニメが完結したあと何を見るの?」という疑問も出てきます。

大きく分けると、『天空の囚われ人』『光に呪われし者たち』『怨嗟のエジンバラ』があります。

作品おすすめ視聴位置特徴
天空の囚われ人戒めの復活のあと七つの大罪メンバー中心の劇場作品
光に呪われし者たち憤怒の審判のあと本編後の物語を描く
怨嗟のエジンバラ 前編光に呪われし者たちのあと次世代へ移る物語
怨嗟のエジンバラ 後編前編の直後黙示録の四騎士へつながる

中でも完結後に押さえておきたいのは『光に呪われし者たち』です。

テレビシリーズ後のキャラクターたちを見ることができるので、『憤怒の審判』を見終えた勢いで続けると入りやすいです。

ただし、バトルについては賛否があります。

ネット上でも日常シーンやキャラクター同士の関係は良かった一方、敵との決着が思ったより早く、盛り上がり切る前に戦いが終わったという感想があります。

僕もここは結構わかります。

映画ってテレビシリーズより上映時間が限られるので、敵の登場、動機、戦闘、決着をかなり圧縮しなければいけません。

その結果、キャラクターの日常を見せる時間を取ればバトルが短くなり、バトルを伸ばせば人間関係が薄くなる。

『光に呪われし者たち』はどちらかというと、本編後の人物関係を見る楽しさに比重がある作品だと感じます。

そして『怨嗟のエジンバラ』では、視覚表現そのものが大きく変わります。

テレビシリーズの2D作画中心の見た目から、CGアニメーションを前面に出した画面になるため、最初はかなり印象が違います。

ここは好みが分かれるでしょうね。

でもCGは、カメラをキャラクターの周囲へ自由に回り込ませやすいというメリットがあります。

2Dでは作画負荷が高い長い回り込みや立体的なアクションも、3D空間では設計しやすい。

なので「前作と顔が違う」で止めず、カメラの動きまで見ると印象が変わります。

『怨嗟のエジンバラ』は『七つの大罪』から『黙示録の四騎士』へ時間をつなぐ役割もあるため、シリーズを最後まで追いたい人には相性がいいです。

『七つの大罪』アニメ完結

最後にまとめます。

  • 『七つの大罪』のテレビアニメ本編は完結済み
  • 最終章は『七つの大罪 憤怒の審判』
  • テレビシリーズの最終回は『憤怒の審判』第24話
  • 日本での本編テレビシリーズは第4期まで
  • 『聖戦の予兆』を含めたテレビ作品は合計100話
  • 原作漫画『七つの大罪』は全41巻で完結
  • 本編完結後には『光に呪われし者たち』などの映画がある
  • 物語世界は続編『黙示録の四騎士』へ続いている

なので、「『七つの大罪』アニメ完結って結局どういうこと?」への答えはかなりシンプルです。

メリオダスたち〈七つの大罪〉を主人公としたテレビシリーズは『憤怒の審判』で完結しています。

一方、ブリタニアの歴史そのものは終わらず、映画を経て『黙示録の四騎士』という次の物語へ受け継がれました。

僕は、この「終わったけど世界は続いている」という形が結構好きです。

全部を永遠に同じ主人公へ背負わせるより、役目を終えた人物には人生を歩ませて、次の世代が別の悩みを引き受ける。

現実の人間関係や仕事も同じで、ずっと自分が主人公であり続ける場所なんてほとんどないんですよね。

誰かから役割を受け取り、いつか誰かへ渡す。

そう考えると『七つの大罪』の完結は、単なる連載終了ではなく「継承」という作品テーマそのものに見えてきます。

もちろん、シリーズ後半には作画やテンポ、戦闘のインフレなどツッコミたくなる部分もあります。

ぶっちゃけ、第1期の勢いがずっと同じ品質で続いた作品かと聞かれれば、僕はそうは言いません。

でも、長い年月をかけてキャラクターたちが背負ってきたものを最後まで映像で見届けられるという価値はデカいです。

「昔途中まで見たけど止まってる」という人ほど、最終章まで追ってみてほしいっすね。

序盤では意味がわからなかった表情や関係性が後半で別の意味を持ち始めるので、時間を空けて見返すと意外なほど印象が変わります。

作品の配信先、見放題対象、レンタル料金、販売状況などは時期や地域によって変更される場合があります。

正確な情報は公式サイトをご確認ください。

料金や契約、権利などに関して重要な判断が必要な場合は、各サービスの利用条件を確認し、必要に応じて最終的な判断は専門家にご相談ください。

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